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繭1+設定
42 fooltheyellow 2010/06/26(土) 20:08:41 ID:yPm7Oot/
ふと思い出して昔書いた小説の痕跡を探してみたら、このスレッドを発見しました。
もう10年も経つのに、すごいよインターネッツ。
まだ需要があるかもしれないので、テキストをうpしてみました。
「繭」&「蛹」
ttp://www1.axfc.net/uploader/File/so/46310.zip&key=cocoon
よろしければご賞味ください。
43 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/26(土) 21:53:54 ID:CQe5f0z1
あなたが作者ならいいのだが…
44 fooltheyellow 2010/06/26(土) 22:12:36 ID:yGzdtrZA
>43さん
作者です。証明する方法はぱっと思いつきませんが。
当時はfoolって名前で、「想像主の館」というWebサイトさんに投稿してました。
繭は2000年作、蛹は2001年作です。
小さいのをたくさん書き連ねようと思って開始した「ウロボロス」シリーズでしたが、力つきて終わってました(笑)。
以上でっす。
45 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/26(土) 23:09:17 ID:HCVpl13O
>>44
それ消えてないか?
見つからんチクショォォォォ
46 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/27(日) 00:30:56 ID:EZPvAibj
懐かしい
昔ネット巡回中に見つけて、htmlで保存してました
いい作品をありがとう
47 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/27(日) 07:55:01 ID:mBNjL4Lw
うおおお、懐かしい!
昔携帯で見つけて、次の日htmlで保存しようと思ったら消えていたので
ものすごくモヤモヤした作品でした!
すごい嬉しいです!
ありがとうございます!
48 43 sage 2010/06/27(日) 10:54:02 ID:PpxNcr/V
無用の言ご容赦
あまりにも出来がすばらしかったんで当時取ったハードコピーが
まだ今も手元にあったりしますがこれで安心できます
49 fooltheyellow 2010/06/27(日) 15:00:07 ID:EaM6pee3
おおーやっぱ覚えてくれていた人いたんだ、ありがとう。
ちなみに当時のバージョンとはほんの少しだけいじりました。
3点リーダーの代わりにナカグロ3つ使ってるのとか誤植とか校正レベル。
あと当時のメモが出てきたので、ついでに用語設定のとこだけ投稿しておきます。
ウロボロス症候群
突然変異的に処女懐妊ふうな症状となり、繭になる。すべての始まり。
発生の理由などは特になく、癌に近い。
ウロボロスの娘たち
処女懐妊で産まれた女性型。異形を生み出す。
異形
さまざまの形。当然触手有。
基本形 人型でどろどろぐちょぐちょ。触手と媚薬ばりばり。犯された女は繭に。
優秀形 女性型。ヒトの脳に神経を打ち込み、ヒトの求める幻影や感覚を再現する。
男性を倒すために産まれた攻撃担当。性交した男性は、死亡したり異形や繭に突然変異する。
繭(直径1m~5m)
近くの有機物を取りこんで成長していく。繭は強烈な快楽であらゆる生き物をひきつける。植物を取りこんだものは光合成する。はじめはヒトとしての意識を残しているが、生存欲求で行動する。成長すればするほどヒト意識を失って行く。
巣(直径5m~20m)
繭が成長しきったもの。小型の異形をひっきりなしに生み出す。新種の強力な砦。
近寄っただけでも性的興奮を覚える。光合成する。傷ついた生物をすべて癒す。
森(直径数100m~数km)
繭や巣の集まり。小型の繭を保有して、人間を格納して快楽を送りつづける。その意識を
両性具有 娘たちがまれに性交以外に単一生殖で産む。
「繭」
鼻腔の奥を濡らして漂い残る。そんな甘い匂いに愛理が気づいたのは昨夜のことだ。開け放した部屋の窓の向こうから、昨夜は微かに、今日は確かに感じる。
この甘ったるい匂いはなにかしら、庭の椿にはまだ早い、と閉めていたカーテンを重みを増した瞼と共にすっと開いたのだ。窓だけ開けて少し冷たい夜気を入れながら世界史の暗記を続けていた愛理は、昨夜と同じ行為によってそれを思い出した。
「昨日から……何かなぁ」
すん、すん、と小ぶりな鼻をひくつかせると、匂いの存在感がぐっと強まる。昨夜は気がつかなかった。いい匂いと言えば容易いが、花や香水で当てはまるものは愛理の記憶にはない。
生き物。
姿形までは想像が届かぬものの、ただ何か生きて命あるものをちらと脳裏に走らせて、ぱし、とアルミ窓を閉めた。窓ガラスに元々垂れ気味の目がさらに眠たげに細められた愛理自身の顔が映った。しゃっとカーテンを閉じて目をこする。
「お腹空いた」
愛理はそう声に出して、ゴム紐で止めていた髪を下ろした。そしてベッドに放り投げてあったニットのカーディガンを手に取る。健康と美容には良くないが、愛理は欲求に正直な性質だった。冷蔵庫にロクなものが入っていないのは開けてみるまでもない。留守がちな両親を持つ神田家の食事情は極めて悪かった。良くて、母が残した食べかけのヨーグルトを発見する程度だ。
薄手のキャミソールの上にカーディガンを羽織りながら階段を降りる。案の定まだ両親は帰っていない。玄関口でサンダルを突っかけて家を出た。道路の彼方に見える、煌煌と灯るコンビニの明かりが空腹の愛理を誘う。
大学受験を控えた愛理の最近のささやかな愉しみを邪魔する者は誰もいない。とっとっと小走りにコンビニへ向かう。
するり、と愛理の細い鼻筋を通って喉下まで届いた匂いが、歩みを止めさせた。今ははっきり甘ったるいと感じる。
(この匂い……)
甘さと湿り気を帯び、その裏にかすかな刺激をともなう複雑な匂い。ふとまた愛理は何かの生き物を想像した。明らかに有機的なのだ。すっ、と短く、続けて長く深く、吸い込んでみる。初めて嗅ぐ匂いなのに、なにか懐かしい気もした。
愛理の視線の先には隣の氷上家があった。切れかけた街灯の明滅に暗い一戸建ての壁が照らされている。
氷上家は母子家庭だった。隣人の氷上未央は同じ高校の一級上、妹の美樹は今年中学3年生。姉妹と幼い頃は良く遊んだが年を取るに連れて疎遠になった。
気がつくと、愛理は氷上家の門の前に立っていた。空腹感が一層際立って胃の辺りに圧迫感がある。
(……あたし、お腹空いて)
再び、甘い匂いが愛理の鼻腔を捕らえた。わずかに吸い込んだ匂いが、さらなる吸引を誘った。愛理は深く吸い込んでいた。はあっ、と吐き出すと、言い知れぬ充足感があった。
「いい、匂い」
愛理はまた声に出していた。瞼が落ちる。知らず、視覚を閉ざすことで嗅覚に閉じこもった。すうう、と細く長く吸って肺を満たすと、ふくよかな胸の奥から痺れとも甘さともつかぬ感覚が血流に乗って全身に巡っていくような錯覚すら覚えた。
そしてゆっくりと重い瞼を開く。部屋にこもっていた時よりもそれは重く感じられた。いつの間にか心地良いけだるさに優しく包まれていることにぼんやりと気がつく。開いた瞳も半眼と言った方が近い。どうしてもくっきりと開ききる気にはなれなかった。
街灯に氷上家の玄関が浮かび上がっている。その右手の方にある窓が少し開いていた。厚手のカーテンがかすかに風に揺れ動いて、それと愛理に知らせたのだ。直感的に、匂いのもとはそこだと確信した。
愛理は門の柵に片手をかけた。ひんやりとした感触におののいて、愛理は手を引っ込めた。冷たい金属が、愛理に今自分が何をしようとしていたのか思い出させた。
「……なにやってんだろ、あたし」
住居不法侵入という罪名を思う以前に、明らかに非常識極まる。恥ずかしさと馬鹿馬鹿しさが急速にけだるさを追いやり、愛理はきびすを返した。
そのとき。
たしかに、人の声を聴いた。短く、甲高いそれはたしかに女性のもので、しかも日常普通に耳にする声とははっきりと属性が違っていた。
愛理は振り返って門に駆け寄った。柵に両手をかけ、じっと耳をすます。
「んんんっ」
女性のうめき声が、愛理の耳に実際のそれよりも大きく聞こえた。どくん、と心臓がひとつ冷ややかな拍動を打つ。愛理はなぜかきょろきょろと辺りを見回した。心拍数が上がってくる。数瞬考えた後、柵を引き開けた。
大股に数歩歩けば小さな庭を渡りきり、すぐ玄関の前だ。ちらと右手の方を見て、いまだわずかに揺れるカーテンが気になった。そのカーテンをそっと手繰れば、先刻の声の主とその理由が氷解する。そんな誘惑に駆られながらも、愛理は扉の脇の呼び鈴を選んでしまった。緩慢とした混乱に対して、わずかに日常に近い選択でささやかな抵抗を試みたのだ。
ぴぃんぽぉぉぅん。
切れかけた電池のせいでひどく低く間延びした呼び鈴の音が響く。返事はない。玄関口の電灯はついておらず、扉の前に立つ愛理の視界は暗い。街灯からの頼りなげな明かりが扉に愛理の小柄な影を斜めに落としていた。
もう一度呼び鈴を押そうとしたところで、あの濃密な匂いがふわりと鼻先から侵入した。いや一時の緊張が、それが意識に上るのを阻止していたに過ぎない。
ふとまた目を閉じて嗅覚に集中したいという欲求に駆られる。匂いというもので今ほど心地よい刺激を受けた覚えは間違いなくない。いつまでもここに佇んで、この匂いに包まれていたい。そんな衝動を動物的に感じたのに続けて、大脳の片隅が何気なく演繹した。
この扉を開ければ、もっと近づける。
愛理は取っ手をひねった。鍵がかかっているという当たり前の予測はちらりともしなかった。かちゃり、と扉は開いた。愛理には当然のように思えた。
ふわ、と匂いの見えざる手が愛理を迎える。優しくかすかに湿り気を帯びた匂いが無数の手をのばして愛理の体を包み込み、家の中へと招き入れた。
家の中はさらに暗い。玄関から奥に廊下が伸びているが、数歩先で闇の塊と同化している。
見えないはずだが愛理は玄関を上がった。サンダルを脱ぐことも忘れて歩みを進める。己の目を頼まずとも、匂いの手が愛理の体を支え導いてくれていた。導きながら、匂いは愛理を悦ばせることをやめない。しとやかな愛撫のように撫で、包み、染み込んで、愛理を満たした。
「はあああぅ」
再び奥のほうから声が聞こえたが、愛理は特別驚きもしない。ああ、いる、とだけ思った。
歩みを進めるに連れて匂いの愛撫は質と量を増した。はあっ、と溜息すらこぼれる。愛理の下腹部が湿り気を帯びてきて、自然にそこを意識させられた。まるでこの匂いがゆっくりとそこに結露しているかのようだ。疑問に思う前に、そこから広がる軽い熱を愛理は受け入れた。
半分開いた扉の前に愛理はいた。わざわざドアノブに手をかけるまでもなく、するりと中に体を滑り込ませる。厚手のカーテンを通して重くぼんやりとした窓からの明かりでかすかに、そこそこの広さの部屋だとわかった。
触ることもできそうなほどあまりに密度の濃い匂い。短く途切れるくぐもった女声の吐息。薄暗がりの中で蠢く何か巨大な影。ひっきりなしに続く粘着質ななにかがひきずられる音。
はあっ、はっ、はあっ、うん、うはっ、ふっ。
ずちゃっ。ぐちゅっ。ずるっ。ずずず。
それら異様なモノを五感してようやく、愛理は酩酊の淵からわずかな理性を揺り起こした。
「なに……?」
暗闇に目が慣れるにつれ、律動し続けるそれが影から形へと変わっていった。
入り口とは反対側の隅を、不恰好な丸みを帯びた塊が占領していた。その塊に半分埋もれるようにして、こちらに背を向けた若い娘が不定期的なリズムで体をくねらせている。塊からは様々な形と長さの蠢く筒状のものが方々へ伸びているようだ。
ふうっ、うん、うっふぅううっ、うううっうはぅぅ。
不随意的に体をくねらせながら、娘は低くくぐもった喘ぎ声を上げる。四肢は塊の中に埋もれていて見えない。
美樹ちゃんだ、と愛理は直感した。細いうなじと少しくせのある肩まで伸びた髪型は彼女の後姿だ。
そう想起してようやく、ここでなにがなにをしているのかを理解し始めた。
美樹ちゃんがなにか得体の知れないモノに犯されている。
「いっ……や」
ほとんど唇が動かずに喉の奥からかすれた声が漏れる。大声を上げることや驚いて飛び退ることもかなわない。思考も行動もすべてが緩慢になっていた。
なぜ美樹ちゃんがこんなことに。どうして自分はこんなところへ。
巨大な圧迫感を伴った疑問が愛理の脳裏に浮かんでは揺らめくが、それに明確な答えを導くどころか、帰納も演繹も進まない。代わりに、ひどく非服従的に重い手足の感覚が、目に見えぬ捻れ縒り合わされた糸に縛られた自分の姿をぼんやりと想像させた。
ふと思い出して昔書いた小説の痕跡を探してみたら、このスレッドを発見しました。
もう10年も経つのに、すごいよインターネッツ。
まだ需要があるかもしれないので、テキストをうpしてみました。
「繭」&「蛹」
ttp://www1.axfc.net/uploader/File/so/46310.zip&key=cocoon
よろしければご賞味ください。
43 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/26(土) 21:53:54 ID:CQe5f0z1
あなたが作者ならいいのだが…
44 fooltheyellow 2010/06/26(土) 22:12:36 ID:yGzdtrZA
>43さん
作者です。証明する方法はぱっと思いつきませんが。
当時はfoolって名前で、「想像主の館」というWebサイトさんに投稿してました。
繭は2000年作、蛹は2001年作です。
小さいのをたくさん書き連ねようと思って開始した「ウロボロス」シリーズでしたが、力つきて終わってました(笑)。
以上でっす。
45 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/26(土) 23:09:17 ID:HCVpl13O
>>44
それ消えてないか?
見つからんチクショォォォォ
46 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/27(日) 00:30:56 ID:EZPvAibj
懐かしい
昔ネット巡回中に見つけて、htmlで保存してました
いい作品をありがとう
47 名無しさん@ピンキー sage 2010/06/27(日) 07:55:01 ID:mBNjL4Lw
うおおお、懐かしい!
昔携帯で見つけて、次の日htmlで保存しようと思ったら消えていたので
ものすごくモヤモヤした作品でした!
すごい嬉しいです!
ありがとうございます!
48 43 sage 2010/06/27(日) 10:54:02 ID:PpxNcr/V
無用の言ご容赦
あまりにも出来がすばらしかったんで当時取ったハードコピーが
まだ今も手元にあったりしますがこれで安心できます
49 fooltheyellow 2010/06/27(日) 15:00:07 ID:EaM6pee3
おおーやっぱ覚えてくれていた人いたんだ、ありがとう。
ちなみに当時のバージョンとはほんの少しだけいじりました。
3点リーダーの代わりにナカグロ3つ使ってるのとか誤植とか校正レベル。
あと当時のメモが出てきたので、ついでに用語設定のとこだけ投稿しておきます。
ウロボロス症候群
突然変異的に処女懐妊ふうな症状となり、繭になる。すべての始まり。
発生の理由などは特になく、癌に近い。
ウロボロスの娘たち
処女懐妊で産まれた女性型。異形を生み出す。
異形
さまざまの形。当然触手有。
基本形 人型でどろどろぐちょぐちょ。触手と媚薬ばりばり。犯された女は繭に。
優秀形 女性型。ヒトの脳に神経を打ち込み、ヒトの求める幻影や感覚を再現する。
男性を倒すために産まれた攻撃担当。性交した男性は、死亡したり異形や繭に突然変異する。
繭(直径1m~5m)
近くの有機物を取りこんで成長していく。繭は強烈な快楽であらゆる生き物をひきつける。植物を取りこんだものは光合成する。はじめはヒトとしての意識を残しているが、生存欲求で行動する。成長すればするほどヒト意識を失って行く。
巣(直径5m~20m)
繭が成長しきったもの。小型の異形をひっきりなしに生み出す。新種の強力な砦。
近寄っただけでも性的興奮を覚える。光合成する。傷ついた生物をすべて癒す。
森(直径数100m~数km)
繭や巣の集まり。小型の繭を保有して、人間を格納して快楽を送りつづける。その意識を
両性具有 娘たちがまれに性交以外に単一生殖で産む。
「繭」
鼻腔の奥を濡らして漂い残る。そんな甘い匂いに愛理が気づいたのは昨夜のことだ。開け放した部屋の窓の向こうから、昨夜は微かに、今日は確かに感じる。
この甘ったるい匂いはなにかしら、庭の椿にはまだ早い、と閉めていたカーテンを重みを増した瞼と共にすっと開いたのだ。窓だけ開けて少し冷たい夜気を入れながら世界史の暗記を続けていた愛理は、昨夜と同じ行為によってそれを思い出した。
「昨日から……何かなぁ」
すん、すん、と小ぶりな鼻をひくつかせると、匂いの存在感がぐっと強まる。昨夜は気がつかなかった。いい匂いと言えば容易いが、花や香水で当てはまるものは愛理の記憶にはない。
生き物。
姿形までは想像が届かぬものの、ただ何か生きて命あるものをちらと脳裏に走らせて、ぱし、とアルミ窓を閉めた。窓ガラスに元々垂れ気味の目がさらに眠たげに細められた愛理自身の顔が映った。しゃっとカーテンを閉じて目をこする。
「お腹空いた」
愛理はそう声に出して、ゴム紐で止めていた髪を下ろした。そしてベッドに放り投げてあったニットのカーディガンを手に取る。健康と美容には良くないが、愛理は欲求に正直な性質だった。冷蔵庫にロクなものが入っていないのは開けてみるまでもない。留守がちな両親を持つ神田家の食事情は極めて悪かった。良くて、母が残した食べかけのヨーグルトを発見する程度だ。
薄手のキャミソールの上にカーディガンを羽織りながら階段を降りる。案の定まだ両親は帰っていない。玄関口でサンダルを突っかけて家を出た。道路の彼方に見える、煌煌と灯るコンビニの明かりが空腹の愛理を誘う。
大学受験を控えた愛理の最近のささやかな愉しみを邪魔する者は誰もいない。とっとっと小走りにコンビニへ向かう。
するり、と愛理の細い鼻筋を通って喉下まで届いた匂いが、歩みを止めさせた。今ははっきり甘ったるいと感じる。
(この匂い……)
甘さと湿り気を帯び、その裏にかすかな刺激をともなう複雑な匂い。ふとまた愛理は何かの生き物を想像した。明らかに有機的なのだ。すっ、と短く、続けて長く深く、吸い込んでみる。初めて嗅ぐ匂いなのに、なにか懐かしい気もした。
愛理の視線の先には隣の氷上家があった。切れかけた街灯の明滅に暗い一戸建ての壁が照らされている。
氷上家は母子家庭だった。隣人の氷上未央は同じ高校の一級上、妹の美樹は今年中学3年生。姉妹と幼い頃は良く遊んだが年を取るに連れて疎遠になった。
気がつくと、愛理は氷上家の門の前に立っていた。空腹感が一層際立って胃の辺りに圧迫感がある。
(……あたし、お腹空いて)
再び、甘い匂いが愛理の鼻腔を捕らえた。わずかに吸い込んだ匂いが、さらなる吸引を誘った。愛理は深く吸い込んでいた。はあっ、と吐き出すと、言い知れぬ充足感があった。
「いい、匂い」
愛理はまた声に出していた。瞼が落ちる。知らず、視覚を閉ざすことで嗅覚に閉じこもった。すうう、と細く長く吸って肺を満たすと、ふくよかな胸の奥から痺れとも甘さともつかぬ感覚が血流に乗って全身に巡っていくような錯覚すら覚えた。
そしてゆっくりと重い瞼を開く。部屋にこもっていた時よりもそれは重く感じられた。いつの間にか心地良いけだるさに優しく包まれていることにぼんやりと気がつく。開いた瞳も半眼と言った方が近い。どうしてもくっきりと開ききる気にはなれなかった。
街灯に氷上家の玄関が浮かび上がっている。その右手の方にある窓が少し開いていた。厚手のカーテンがかすかに風に揺れ動いて、それと愛理に知らせたのだ。直感的に、匂いのもとはそこだと確信した。
愛理は門の柵に片手をかけた。ひんやりとした感触におののいて、愛理は手を引っ込めた。冷たい金属が、愛理に今自分が何をしようとしていたのか思い出させた。
「……なにやってんだろ、あたし」
住居不法侵入という罪名を思う以前に、明らかに非常識極まる。恥ずかしさと馬鹿馬鹿しさが急速にけだるさを追いやり、愛理はきびすを返した。
そのとき。
たしかに、人の声を聴いた。短く、甲高いそれはたしかに女性のもので、しかも日常普通に耳にする声とははっきりと属性が違っていた。
愛理は振り返って門に駆け寄った。柵に両手をかけ、じっと耳をすます。
「んんんっ」
女性のうめき声が、愛理の耳に実際のそれよりも大きく聞こえた。どくん、と心臓がひとつ冷ややかな拍動を打つ。愛理はなぜかきょろきょろと辺りを見回した。心拍数が上がってくる。数瞬考えた後、柵を引き開けた。
大股に数歩歩けば小さな庭を渡りきり、すぐ玄関の前だ。ちらと右手の方を見て、いまだわずかに揺れるカーテンが気になった。そのカーテンをそっと手繰れば、先刻の声の主とその理由が氷解する。そんな誘惑に駆られながらも、愛理は扉の脇の呼び鈴を選んでしまった。緩慢とした混乱に対して、わずかに日常に近い選択でささやかな抵抗を試みたのだ。
ぴぃんぽぉぉぅん。
切れかけた電池のせいでひどく低く間延びした呼び鈴の音が響く。返事はない。玄関口の電灯はついておらず、扉の前に立つ愛理の視界は暗い。街灯からの頼りなげな明かりが扉に愛理の小柄な影を斜めに落としていた。
もう一度呼び鈴を押そうとしたところで、あの濃密な匂いがふわりと鼻先から侵入した。いや一時の緊張が、それが意識に上るのを阻止していたに過ぎない。
ふとまた目を閉じて嗅覚に集中したいという欲求に駆られる。匂いというもので今ほど心地よい刺激を受けた覚えは間違いなくない。いつまでもここに佇んで、この匂いに包まれていたい。そんな衝動を動物的に感じたのに続けて、大脳の片隅が何気なく演繹した。
この扉を開ければ、もっと近づける。
愛理は取っ手をひねった。鍵がかかっているという当たり前の予測はちらりともしなかった。かちゃり、と扉は開いた。愛理には当然のように思えた。
ふわ、と匂いの見えざる手が愛理を迎える。優しくかすかに湿り気を帯びた匂いが無数の手をのばして愛理の体を包み込み、家の中へと招き入れた。
家の中はさらに暗い。玄関から奥に廊下が伸びているが、数歩先で闇の塊と同化している。
見えないはずだが愛理は玄関を上がった。サンダルを脱ぐことも忘れて歩みを進める。己の目を頼まずとも、匂いの手が愛理の体を支え導いてくれていた。導きながら、匂いは愛理を悦ばせることをやめない。しとやかな愛撫のように撫で、包み、染み込んで、愛理を満たした。
「はあああぅ」
再び奥のほうから声が聞こえたが、愛理は特別驚きもしない。ああ、いる、とだけ思った。
歩みを進めるに連れて匂いの愛撫は質と量を増した。はあっ、と溜息すらこぼれる。愛理の下腹部が湿り気を帯びてきて、自然にそこを意識させられた。まるでこの匂いがゆっくりとそこに結露しているかのようだ。疑問に思う前に、そこから広がる軽い熱を愛理は受け入れた。
半分開いた扉の前に愛理はいた。わざわざドアノブに手をかけるまでもなく、するりと中に体を滑り込ませる。厚手のカーテンを通して重くぼんやりとした窓からの明かりでかすかに、そこそこの広さの部屋だとわかった。
触ることもできそうなほどあまりに密度の濃い匂い。短く途切れるくぐもった女声の吐息。薄暗がりの中で蠢く何か巨大な影。ひっきりなしに続く粘着質ななにかがひきずられる音。
はあっ、はっ、はあっ、うん、うはっ、ふっ。
ずちゃっ。ぐちゅっ。ずるっ。ずずず。
それら異様なモノを五感してようやく、愛理は酩酊の淵からわずかな理性を揺り起こした。
「なに……?」
暗闇に目が慣れるにつれ、律動し続けるそれが影から形へと変わっていった。
入り口とは反対側の隅を、不恰好な丸みを帯びた塊が占領していた。その塊に半分埋もれるようにして、こちらに背を向けた若い娘が不定期的なリズムで体をくねらせている。塊からは様々な形と長さの蠢く筒状のものが方々へ伸びているようだ。
ふうっ、うん、うっふぅううっ、うううっうはぅぅ。
不随意的に体をくねらせながら、娘は低くくぐもった喘ぎ声を上げる。四肢は塊の中に埋もれていて見えない。
美樹ちゃんだ、と愛理は直感した。細いうなじと少しくせのある肩まで伸びた髪型は彼女の後姿だ。
そう想起してようやく、ここでなにがなにをしているのかを理解し始めた。
美樹ちゃんがなにか得体の知れないモノに犯されている。
「いっ……や」
ほとんど唇が動かずに喉の奥からかすれた声が漏れる。大声を上げることや驚いて飛び退ることもかなわない。思考も行動もすべてが緩慢になっていた。
なぜ美樹ちゃんがこんなことに。どうして自分はこんなところへ。
巨大な圧迫感を伴った疑問が愛理の脳裏に浮かんでは揺らめくが、それに明確な答えを導くどころか、帰納も演繹も進まない。代わりに、ひどく非服従的に重い手足の感覚が、目に見えぬ捻れ縒り合わされた糸に縛られた自分の姿をぼんやりと想像させた。
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