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永久の果肉13
212 乙×風 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:01:38 ID:Q2wLCt6z
>>211様
すいません。ドルキのエロシーンとか無理です。作者的に。
設定が30代とかだったら若作りにしてまだまだエロもいけたと思いますが。
という訳で十三話投下です。
(エロ無し、暴力的表現有り、バトル多め、流血有り<微>、決着、ちと長いかも)
NGワードをお確かめ下さい。
エロが無いのはご容赦を。
前回に引き続きバトル多め、というかほぼ全編通してバトルです。
それでも、と思われる方はお読み下さい。
以下本編です。25レス程消費します。
213 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:03:37 ID:Q2wLCt6z
第十三話 愛憎劇―後編―
実の母親を殴り飛ばしたところで、マリオンは正気に戻った。
「…あ、やっちゃった」
『ドルキ様ーーっ!?』
外野がやいのやいのと慌てふためいている。
まあ、自慢の娘に問答無用で殴り倒されたのだから当然か。
しかしよくもまあこの程度の攻撃が通用したものだ。
魔女とか名乗っているが実は大した事無いのではないかと思ってしまう。
(母様、弱い)
当然だが。
不器用なマリオンが母親の気持ちに気付く事はなかった。
ドルキがどれだけマリオンに愛を注いでいたか。
汚らわしい腹違いの娘の存在もあればこそ、正当な血筋の末娘であるマリオンには手を掛けたのだ。
しかし、ドルキはそのマリオンに口汚い言葉で罵られ、あまつさえ攻撃された。
その時の動揺が彼女の判断を鈍らせ――今に至る。
だが殴った本人がドルキの愛情に気付いていないのだから、皮肉な話である。
「マリオン様、お退き下さい!」
周りの門下生達がドルキを取り囲み、回復魔術を掛け始める。
他にも貴女は正気か、だの、悪魔にたぶらかされてる、だの大変五月蝿い。
折角溜まったストレスを発散させたのにまたイライラしてしまう。
構っていたらキリが無いと判断し、突っかかってくる門下生達を取り合えず無視。
リオの元へと駆け寄った。
「……姉様…」
ドルキの拘束魔術から開放されたリオは呆然としながらこちらを見上げている。
鮮やかな桃色の髪は不自然な色をしながら伸び。
背中からは蝙蝠の翼。そして二本の尻尾。愛らしい猫耳。
それに卑猥なゴスロリ衣装を見ていると、彼女が人間でなくなってしまったと痛感する。
「――ほんとに、悪魔になったんだね」
「…っ」
びくり、と妹の体が震える。
(あ、しまった)
こちらを上目遣いで見上げる少女の目は捨て犬のそれと同じだ。
いや、この場合捨て猫か。いやいやそんな事はどうでもいい。
きっと人間を止めた事に少なからずコンプレックスを抱いている筈だ。
だというのに今の言い方は、ない。
(ほんと、私は喋るのがへたくそ)
自分の不器用っぷりが恨めしい。
「大丈夫。私はリオがどんな姿になっても、気にしない」
たとえ、いつかアネモネになってしまうとしても、妹は妹だ。
愛らしい猫目が、『両方とも血のような赤だとしても』、それは変わらない。
「っ……姉様ぁ…」
うるうると瞳を潤ませながら最愛の妹が見詰めてくる。
(う。可愛い)
二年も見ない間に随分と見違えてしまった気がする。
最後に見た時はもっと小さかった気がするが。
そんな事を思いながら改めて妹の姿を観察する。
(あの、でも、やっぱりその格好は、目のやり場に困る)
開いた胸元から明らかに自分より成長した膨らみが覗いている。
それに何だかいい匂いがしてきて――どきどきする。
そんなこちらの心中を察してか妹は微笑み、小さな口を開く。
「姉様、助けてくれてありがとう」
「と、当然の事、しただけ…」
クールぶっても、照れ隠しというのはバレバレなのだろう。
妹はくすくすと可笑しそうに笑ってから言葉を続けた。
214 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:05:13 ID:Q2wLCt6z
「お陰で義母様に止めを刺す事が出来ます」
一瞬、何を言ったのか理解できなかった。
そしてそれを理解する暇も無く、リオが先手を打った。
「『姉様はそこで見ていて下さい』」
赤い猫目が、魔力を放つ。
それはマリオンの精神を容易く侵蝕した。
体から力が抜け落ち、膝をついてしまう。
リオに対して心を開いていた為、チャームの影響を強く受けてしまった。
(……だめ、りお…)
妹の表情が豹変していた。
捨てられた小動物から、残虐な悪魔へと。
だが、靄の掛かったような意識の中、マリオンは彼女を見詰める事しか出来ない。
ゆっくりと立ち上がるリオに周りの門下生達が気付いた。
その直後にリオが力を解放する。
小さな体から黒い霧を噴き出し、周囲の人間達を制圧する。
黒い霧は彼女の魔力そのものであり、人間にとっては毒以外何物でもない。
それを吸い込んだ門下生達が、一人、また一人と膝を折っていく。
命に別状は無いが、行動を制限するだけなら十分だった。
「さあ、これで邪魔者は居なくなったかな♪」
リオは足取りも軽く、倒れ伏すドルキに元へと向かう。
腕を背に回し、恋人に会う少女のように笑顔を浮かべた悪魔は人畜無害そうに見えたが――
「さっきのお返し、しないとね♪」
スキップでもするようにリオはドルキに近付くと、
まるでボールでも蹴るように、親の体を蹴飛ばした。
どすっ、と肉を打つ音が響き、ドルキの体が宙を舞う。
悪夢を見ているようだった。
母親が植え込みの木の幹にぶつかり、地面に落ちる瞬間を呆然と見詰める事しか出来ない。
先程マリオン自らドルキに暴力を振るったが、あれは我を忘れていただけだ。
今、目の前で行われているのはもっと残虐的な行為。
「あはっ♪ 飛んだ飛んだー♪」
翼を広げ、悪魔がドルキを追いかける。
ドルキは地面で何度も咳を吐いた。
びしゃり、と音がして、地面に赤い液体が散る。
老体には過度の暴力だったのだ。このままでは本当に死んでしまう。
ところが淫魔は血反吐を吐いた女を見ても笑顔を絶やさない。
それどころか地面に倒れ伏したドルキに近付くと、ブロンドを鷲掴みにし、引き上げた。
「なーに? 義母様もう死にそうなの?
リオ、つまんなーい。もっと…遊んでよぉっ!!」
掴み上げたドルキの頭を地面に叩きつける。
加減はしたのだろう。地面に脳髄をぶちまけるような事は無かったのが救いだった。
だがマリオンに殴られた頬は青く腫れ上がっていた。
地面に叩きつけられた衝撃で鼻がひしゃげた。
更にぶちぶちと金髪が千切れ、ドルキの顔は見るも無残な事になっている。
「あははははっ!! 義母様変な顔ーーっ♪」
腹を抱えて笑い声を上げるリオ。
狂気を含んだ、少女の声に混じって、『助けて…』とドルキの懇願が聞こえた気がした。
「うにゃぁ? なーに? 聞こえなーい♪」
だが淫魔は許しを請うドルキに容赦しない。
じゃきん、と笑顔で爪を伸ばし、ドルキの頬にあてがう。
「ひ、あぁぁぁぁっっ!?」
ぎぎぎぎ、と顔面を横断する爪の感触にドルキが悲鳴を上げる。
無残だった顔が爪に引き裂かれ更に無残な事になった。
ドルキの悲鳴が余程良かったのか、リオは艶かしい吐息を漏らす。
215 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:06:42 ID:Q2wLCt6z
「はぁ…♪ はぁ…♪ 義母様の悲鳴…気持ちいい…♪
おマンコ、濡れちゃうよぉ…♪」
リオはドルキの血が付着した爪先にぞろり、と舌を這わせる。
「ねぇ? 義母様ぁ…♪ もっと、義母様の悲鳴をリオに聞かせてぇ…♪
義母様の絶望する声をリオに聞かせてぇ…♪ ねぇ、どうすればいい声で鳴くのぉ?
痛い事すればいい? それとも、そのお顔をもっとぐちょぐちょにすればいい?
――あ、そうだ! 両方同時にしよう!
目玉を抉り取るの! きっといい悲鳴で鳴いてくれるよね!?
あはっ――あははははははははははははっっっ!!!」
駄目だ。今のリオは、狂ってる。
彼女を救ったのは、間違いだったのだろうか。
他に何か、方法があったのだろうか。
このままでは、取り返しの付かない事になってしまう気がする。
ドルキを殺してしまったら、きっともうリオは戻って来ない。
その魂すら、完全に邪悪に染まり、人の心を忘れてしまうのだろう。
(私、また、リオを助けられない…)
マリオンの頬を涙が伝った。
悔しかった。リオの事を思って行動してきたこの十年余りの歳月。
それらが全て無駄なのだと言われている気がした。
どれだけ努力しても、結局誰も報われない。
妹の命は助かるかもしれないが、魔へと堕ちた彼女は悪逆非道の限りを尽くすだろう。
それでは何の救いにもならない。
誰か、誰か。
リオを止めて。
自分では、妹を止められない。
彼女を愛する余り、彼女の本質が見えていなかった。
世界に絶望し、他者を恨み、何より孤独を知っているものだけが、リオを理解出来るのだ。
そうでない者以外、彼女を止める事なんて出来ないのだ。
けれど、そんな人間が、ここに居るのだろうか。
「悪い子はどこだああぁぁぁっっ!!!」
その声は空から響いた。
リオがそれの存在に気付き、獣の目で空を見据える。
次の瞬間、美しい花が空から降ってきた。
正門から続く石畳の通路を踏み砕き、一匹の魔物が大地に降り立つ。
着地の衝撃で黒い霧が吹き飛ばされ、薄暗い視界に日の光が差した。
浅葱色の肌。
腰まで伸びる、肌と同じ色の髪。
女神にも引けを取らないほど美しい顔立ち。
豊満な、果実を思わせる双房。
上半身は絶世の美女。
下半身に肉の花を持つ魔物。
(……来るのが、遅い…)
胸の前で偉そうに腕を組むアネモネを見て、マリオンは救われた気がした。
「…ネーアさん…」
だが、感動の再会である筈なのに淫魔の表情は晴れない。
それがマリオンには気に掛かってしょうがなかった。
「あたしだけじゃないわよ」
アネモネの言葉に答えるように、二人目の乱入者が姿を表した。
全身を覆う赤い鎧。
216 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:08:03 ID:Q2wLCt6z
獅子の鬣を連想させるブロンドの髪。
顎下まで立派な髭を生やし、顔には深い皺が刻まれている。
もうすぐ五十を迎える男の顔だ。だが、その眼光はどこまでも鋭い。
凶暴な獣性を真紅の鎧に封じ込めているようだった。
「父様…」
父グリーズの登場に淫魔の顔が僅かに強張った。
***
「随分と派手にやらかしてるみたいじゃない」
地上に降り立ったネーアは辺りを見回しながら眼前の仲魔に喋りかけた。
周りはリオの放つ黒い霧のせいで死屍累々といった様子だ。
「殺したの?」
「いえ? 皆さん生きてますよ? 第一そんな酷い事私がするわけないじゃないですか。
女の子は皆、アネモネになってもらうんですから♪
あ――そうだ。私も質問があります。どうしてネーアさんと父様が一緒に居るんですか?」
「ああ、そうね…説明しないとね」
立場を考えれば、二人が戦っても不思議ではないのだ。寧ろ、それが自然と言えよう。
ちらりと背後のグリーズに目配りをする。
彼は任せると言った様子で軽く頷いた。物臭な男だ。
「リオに会いに行く途中でばったり会っちゃってね。
貴女の居場所を教える代わりにここまで案内させてもらったの。
それと、クロトの安全も、ね」
「クロトさん? クロトさんが生きてるんですか!?」
「アドニスの繋がりは切れてるだろうから、やっぱり死んだと思った?
大丈夫よ。首を撥ねられただけだから。すぐにくっつくわ。
撥ねられた本人は自分が死んだと思ってるでしょうけどね」
アネモネと戦闘経験が無いものなら、切っても死なないなどとは思わないだろう。
しかし、かの剣神ともあろう人間が、その程度の事を知らないものなのだろうか?
「…そうですか。安心しました――でも私がやる事に代わりはありません」
リオが見せびらかすようにドルキの体を引きずり上げる。
滅茶苦茶にされた女性の顔面を見て、二人の顔が僅かに強張った。
「私は、この女に復讐します」
淫魔らしい、愛らしさと淫靡さを同時に備えた姿よりも、その性格の豹変振りに驚く。
「…変わったわね、リオ」
無邪気に微笑みながら大胆な発言をする少女に、諦めにも似た感情が胸を満たす。
この少女を『こちら側』に引き込んだのは間違いなく自分だ。
だが肉体が変わっても、精神がここまで堕ちるとは夢にも見ていなかった。
「それが、貴女の義理の母親?」
「はい。――うふふ♪ ネーアさん?
私達いまぁ、親子の絆を育んでいるところですぅ♪」
何も見ていなければそれが歳相応の少女が言う台詞に聞こえる。
だがリオが小さな手で引きずり上げているのはぼろ雑巾のようになった人間の体だ。
息も絶え絶えで、見てるこちらが痛々しく思えてしまう。
昨日の夜までは、他人を思いやれる優しい娘だった。
それが今では身内を笑顔でリンチするような残虐な性格になってしまった。
(…あたしのせいね)
リオに種子を植え付けたのは双方合意の下で行われた事だ。
しかし、孤独に耐え切れなかったネーアの弱さも原因の一つであるかもしれない。
自分がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかった。
そう思うと、本当にやり切れない。
「リオ。引き上げるわよ」
「……え? …え? …引き上げるって…何言ってるんですか、ネーアさん」
「昨日の夜にも言ったでしょ? 目立ち過ぎだわ。もうここには居られない」
いや、それもある。
だが本音はリオにこれ以上悪事を働いて欲しく無かったのだ。
きっとそこの義理の母を殺してしまったら、理性のタガが外れてしまうだろう。
他人を貶め、命を奪う行為に快楽を覚えるようになってしまうだろう。
217 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:10:16 ID:Q2wLCt6z
人を止めたとしても、そうはなって欲しくないのだ。
「……嫌です」
「あのねぇ。我侭言わないの。
人間達に延々と追いかけられるのがどれだけ苦痛か、話してあげたでしょう?
貴女も同じ目に遭いたいの?」
「襲ってくるなら、追い払えばいい」
リオの声のトーンが下がる。
ぞくり、とした。
先程まで無邪気な笑顔を浮かべていたのに、今その愛らしい顔は能面のように無表情だ。
「しつこいなら、殺せばいい」
獣の双眸に射抜かれ、本能が警鐘を鳴らした。
この娘は、危険だ、と。
真紅の両目を見ながら何とか説得する方法を考える。
「リオ、忘れないで。私達は人間が居ないと繁殖も出来ない。
ただ殺すだけならいつかあたし達自身が滅びるわよ」
「そんな事ありませんよう」
ふと、リオの顔が歳相応の少女のものへと破綻した。
「例えば――ほらっ、この街を私達で占領するんです!
アドニスの花をいっぱい咲かせてっ、必要最低限の人間だけを残して『飼う』んです!
鎖で繋いでぇ、エッチして人間の子供を産ませるだけの家畜にしちゃうんです!
そうすれば、アネモネを好きなだけ増やせますよ! 永遠に!」
名案だとばかりにリオは表情を輝かせた。
「…成る程、確かにあたし達アネモネからすればそれは理想の世界ね」
「ですよねっ? ネーアさんもそう思いますよね!?」
孤独と、人間達に追い掛け回されるストレスから開放される。
それだけでリオの考えは魅力的に聞こえた。
アネモネは水と日の光さえあれば半永久的に生きられるのだ。
アドニスの中で、人間の『餌』も生成出来るので何も問題は無い。
そしてこの街には結界がある。
事を知って追いかけて来た人間も、そうそう簡単には街には侵入出来ない。
ここをアネモネの拠点とするには最高の場所と言えた。
「でも駄目」
「――どうしてですか」
「今の、本当にあたし達の事を思って考えてくれていたのなら、まあ、いいわ。
でも、違うでしょ?」
リオのそれは、目的ではなく、手段なのだ。
彼女は、ネーアの、アネモネの未来を考えて語っているわけではない。
それは彼女の言動や行動を見ていれば馬鹿でも分かる。
「リオ、貴女はね。自分の復讐を果たす為にこの街を支配しようとしているの。
それは私の為なんかじゃない。リオ自身の我侭の為よ。
復讐を正当化する為に、あたし達アネモネを利用しないで」
(…言い過ぎたかしら)
だがここでその事をはっきりしておかないと彼女は間違いに気付かないかもしれない。
それに、ネーアは信じている。
リオの中にはまだ人の心が残っていると。
「どうして分かってくれないんですか」
獣の瞳がこちらを見据えた。
まるで石ころでも見るような目つきに、再び背筋に冷たいものが走る。
「私、ずっとずっとネーアさんの事を考えてたのに。
どうしたら喜んでくれるか一生懸命考えたのに」
違う。それは良い訳だ。
いや、ひょっとしたら本気でそう思っていた時もあったのかもしれない。
218 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:11:32 ID:Q2wLCt6z
でも今は違う筈だ。
赤くなった両目は、復讐に酔っているようにしか見えない。
どうやって自分を殺した女を苦しめてやろうか、それしか頭にないのだ。
「……ネーアさんも私を裏切るんですね。
父様と同じように。私を捨てるんですね」
「それは違うわ。あたしは今でもリオの味方よ。だからこそ、」
「うるさい裏切り者」
淫魔の肩が震えていた。
(しまった…あたしの馬鹿っ)
相手が年端も行かない子供だという事を失念していた。
正論だけで説得出来たのなら、誰も苦労はしない。
こちらから譲歩して、彼女の意思を少しでも尊重すべきだった。
「…私の味方は姉様だけ」
悪魔がドルキを放り捨て、翼を広げてマリオンの傍らへと移動する。
「……リオ…」
チャームでも掛けられていたのだろうか。
今まで事の成り行きを呆然と見ていただけのマリオンの瞳に、意思の光が戻る。
その傍らに悪魔が着地した。
「ね? 姉様だけは、私の味方だよね?
私が何をしても、許してくれるよね?」
そう問い掛けるリオの表情は歳相応の少女のそれと同じだった。
好きな人に嫌われたくない。
この人だけは甘えていい。
そんな、感情が垣間見える。
だが、マリオンはそれを理解せずに言葉を発した。
「お願いリオ。元のリオに戻って」
それも最悪のタイミングで、最悪の言葉を。
(…馬鹿…っ)
どうしてもっと慎重になれない。
何故そんなにも不器用なのだ。
自分が見限られた以上、マリオンがリオの支えにならなければならないというのに。
そのマリオンにさえ今の自分を否定されたリオは、一体どうなる?
だが、マリオンが不器用なのは元からだ。
それに同じミスをした自分が、彼女を責める資格などない。しかし、
「……姉様まで…」
ふらふらとリオがマリオンから離れた。
その足取りはおぼつかなく、まるで悪夢の中を彷徨う子供だ。
いや、今の彼女にとっては正に今この状況は悪夢以外の何でもなかった。
信じていた者達に裏切られ、独りぼっちになってしまう悪夢。
(何か、何か言葉を掛けてあげないと)
リオは首を振り、両手で頭を抱えている。
このままでは、孤独でリオが潰れてしまう。
思い出せ、この二百年間を。
たった一人で、人間という敵だらけの世界の中を生き抜いてきた苦痛を。
その重圧に、十二歳の子供が耐えられる訳が無い。
「リオ聞いて、あたしは、」
「――きらい」
「…リオ?」
ぼそりと呟いた彼女の言葉。
219 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:12:39 ID:Q2wLCt6z
それは悲しみの嘆きではない。
「義母様も、父様も、姉様も、ネーアさんもっ…っ!
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いきらいきらいきらいキライキライキライっ」
世界を憎む呪詛だ。
「みんな死んじゃええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!」
闇が膨れ上がった。
リオを中心に爆発的に放射される黒い霧に、マリオンの体が吹き飛ばされる。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁっっっっ!!!!!!!」
悪魔の魔力に、地面に転がっていたドルキや、門下生達も吹き飛んだ。
ネーアは地面に触手を突き立てながら体を固定し、衝撃波をやり過ごす。
更に飛ばされるマリオンの体を何とか捕まえ、横目でグリーズの様子を伺った。
赤い鎧が吹き付ける黒い霧を遮っていた。グリーズは涼しい顔のままリオを見詰めている。
「…失敗か」
吹き荒れる魔力の中、ぽつりと彼の呟きが聞こえた。
リオの居場所を教える条件として、クロトの安全、ネーアの同行。
それにもう一つ、リオの説得を引き受ける、という三つの条件を要求したのだ。
街の領主が相手だというのに我ながら身勝手な要求だなとは思った。
しかし意外にも彼は懐の深さを示し、その三つの要求全てを呑んでくれた。
今頃クロトは魔術士達により街の外へと転移させられただろう。
そして彼のエスコートのお陰でこの屋敷まで、無事辿り付けた。
(リオの説得は、出来なかったけど)
歯痒い。分かったつもりで、彼女の事を全然理解してあげられなかった。
森の中でマリオンにあれだけ偉そうな事を言っておいて――自分が情けない。
(こうなったら強硬手段ね)
力ずくでリオの戦闘能力を奪い、それから再び説得する。
これだけの被害を出しておいてグリーズがそれを認めてくれるかは甚だ疑問だが。
今は現状を何とかするしかない。
幸い、魔力総量ならばまだこちらの方が上だ。
『繋がり』を利用した、強制力もある。こちらが有利な事には、
「――え?」
(ちょっと、何これ? あの子の魔力、どんどん上昇している!?)
これだけの量の魔力を放出しておきながら、減るどころか増えている?
一体どんな手を使っているのか、それを考え――ふと気付いた。
屋敷の中に、同類達の反応がある。
恐らくリオが屋敷に潜入した際種付けした者達だろうが――
その者達のアドニスから急激に力が失われていくのだ。
このままではアドニスが枯れ果ててしまう、それくらいの勢いで。
そして失われていく魔力と反比例するように膨れ上がるリオの魔力。
(『繋がり』を利用して、アドニスから直接魔力を吸収しているの!?)
吸精能力を持ったネコマタと魔力の扱いに長けた悪魔。
そしてアドニスを胎内に持つリオだけが可能な芸当なのだろう。
それを理解した瞬間、がくん、と体から力が抜けた。
「そんな、あたし、までっ」
「あはははははははははっっ!!! すごいっ!! 力が溢れてくる!!」
狂ったように笑うリオの魔力は既にこちらと引けを取らない。
「『止めなさい、リオ』!!」
「っ!?」
びくり、と悪魔の体が仰け反った。
そう思った次の瞬間にはにんまり、と彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「い、や、で、す♪」
悪魔が腕を一薙ぎ。
それだけで黒い霧がうねり、烈風となり、こちらに叩き付けられた!
220 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:14:11 ID:Q2wLCt6z
「きゃあっ!?」
触手で固定していた地面ごと巨体が吹き飛ばされる。
マリオンを放り出しはしなかったものの、べちゃり、と無様に着地した。
(強制力も効かないっ)
そしてこの体からも魔力が奪われていく。
十やそこらの生まれたての魔物に下克上を突き付けられ、絶体絶命を迎えていた。
(これは、本気でやばいわね)
リビディスタの門下生達が戦術を組んで挑み掛かれば勝てるだろう。
だが彼らの主戦力は街の外で待機している魔物達の殲滅で手一杯だ。
魔物達を倒したその頃には屋敷の人間は全滅である。
となれば最後の望みは。
ネーアの縋る視線に答えるように、一人の男が地を蹴った。
***
リオは視界の端で、何かが猛烈に近付いてくるのを捉えた。
特殊な加工がされた鎧はある程度の魔力耐性を所持しているらしい。
こちらが放つ魔力をものともせず一直線に突っ込んで来た。
さしずめそれは赤い弾丸。
年齢を感じさせない鋭い踏み込みに、こちらも爪を伸ばし、迎撃を試みる。
(ふふふ♪ 今の私なら、父様だって倒せる♪)
屋敷のメイド達やパセットに植え付けたアドニス。
更にネーアからも魔力を吸収し、今では全快状態のネーアと同等の力を得ている。
ただ、あの赤い鎧は精神防御能力すらもあるようで、彼の思考を読む事は出来なかった。
まあ、その程度、丁度いいハンデになるだろう。
向こうは五十近い老体。
対してこちらは魔力を補充したばかりの魔物。
負ける筈が無い。
人を止め、手にした力を思う存分見せ付けてやる。
(大体、父様丸腰じゃないですか)
黒い霧の中を掛ける男の手は空っぽだ。
かと思った瞬間、その手から青い魔術陣が生み出される。
(ああ、そっか。そう言えば父様、剣を転移させる魔術を使えるんですね)
あらゆる剣を状況に応じて使い分ける。
それが剣神と謳われる由縁だ。
だが種が明かされていれば怖いものではない。
力でねじ伏せてやる。
「行くぞ」
ご丁寧にも父親は攻撃前に声を掛けてくれた。
子供だと思って舐めているのか。
その手に握れられているのは細い、変わった意匠の黒い鞘。
『反り』のある刀身を封じ込めた鞘を左手に携え、右手でその柄に触れる。
刀身の大きさはそれほどではない。
鯉口を切り、闇の烈風の中僅かに覗いたそれは細く、薄い。
そんなナマクラ、へし折ってやる。
こちらから間合いを詰める。
右手に魔力を集約。ブレード状に固定した赤い爪を振り被り――袈裟切りに叩き付ける!
同時に、グリーズが黒い鞘から刀身を引き抜いた。
常人には捕らえる事の出来ない神懸り的な居合いも、今のリオはしっかりと捉えていた。
ぎいん!
赤い爪と異国の剣。それが交わった瞬間、高々と剣戟の音が響き――
「――えっ!?」
あっさりと消滅した赤い爪を見て、愕然とした。
そしてそれを見逃すグリーズでは無かった。
221 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:15:24 ID:Q2wLCt6z
返す刀が悪魔の首を狙う。
「こ、のぉっ!!」
左手の爪に瞬間的に魔力を集約。
惜しみなく魔力を消費して、頑丈な刃を生成した。
ぎいいいいぃぃぃんんっ!!
白刃と赤い爪が、鍔迫り合い、魔力の光を散らす。
それが予想外だったのか、グリーズが『ほう…』と感嘆の声を静かに漏らした。
(どうですか、父様? 驚きましたか?
舐めないで下さい。私はもう、一人前のモンスターなんですよぉ!!)
左手で攻撃を受けている間に右手に再び赤い刃を生み出す。
それをがら空きになったグリーズの左脇に繰り出そうと思った――その直前、
赤い鎧が僅かに捻れた。
グリーズが逆時計回りに体を回転させたのである。
それだけで白刃を受け止めていた左の刃が紙切れのように引き裂かれた。
「っ!!?」
ひゅんっ、と耳元で風切り音が唸る。
反射的に翼をはためかせて後方へと跳躍、斬撃を回避する。
(危なかった…!)
反応が一瞬でも遅れていたら首を切り落とされていた。
何が五十近くの老体だ。冗談じゃない。
楽に倒せると思ったのがそもそもの間違いだった。
これだけの魔力を得ても、やった対等に渡り合える――とでも言うのか。
ぎり、とリオは歯を食いしばりグリーズを睨み付けた。
彼は鉄面皮のまま、こちらを見据えるだけだ。
あれだけ重そうな鎧を着ているのに汗一つかいていない。化け物じゃないのか。
(魔力の放射は、無駄かも)
先程から爆発的に垂れ流している黒い霧もあの鎧の前では目くらまし程度にしかならない。
大量に吸収した魔力も無限ではない以上、使い過ぎは只の浪費だ。
リオは自身の体から放射していた黒い霧を再び自分の体へと吸収する。
庭とも言える玄関先に日の光が再び差し込み、視界が回復していく。
「片刃の剣は、叩く事よりも切る事に特化されている。
この剣もそうだ。刀身の『反り』は叩き付けただけでは効果を成さない。
これを引くか、押すか、そうする事で初めて対象を『切る』事が出来る」
「そう、でしたね」
姉の剣の訓練を何度か見た事があるが、そんな話をしていたかもしれない。
何年も前の事なのでうろ覚えだったが、今しがた体で経験して、それを思い知らされた。
「そして――」
グリーズが鞘を放り投げ、剣を地面に突き立てる。
と思った瞬間には何かがこちらに向かい飛来してきた。
「っ!?」
ひゅひゅんっ!!
こちらの体を射抜こうとするのは二本のナイフだ。
それを大きく横に跳躍し、かわす。
「距離をとったからと言って安心するな。
ワシは、何処からでも貴様を狙えるぞ」
じゃらり、と両手で計八本のナイフを扇状に広げて見せる。
さっきはあれを投擲して攻撃してきたのか。
「だったら、こっちにも考えがありますっ」
ばさり。翼をはためかせて飛び立つ。
グリーズは屋敷の地下にある専用の武器庫から獲物を転移させ、手元へと呼び寄せる。
その数も有限ではあるだろう。
だがあのサイズのナイフくらいならほぼ無限と言って差し支えないほどのストックが在る。
弾切れを狙うには時間が掛かりすぎる。
それなら、こちらも同じ事をしてやればいい。
リオは体内に蓄積させた魔力を消費。中空に大量の赤い刃を生成する。
大きさはグリーズが手に持つナイフとほぼ同等。それらの刃先がグリーズに狙いを定める。
222 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:16:54 ID:Q2wLCt6z
「…む」
「いけぇぇぇっっ!!!」
ひゅひゅひゅひゅん!!
リオの掛け声と同時に、魔力の刃がグリーズに向けて降り注いだ!!
ずががががががががががっっ!!!
「…おっかないわね…っ」
少し離れた所でネーアが小さく声を上げていた。
グリーズを狙う赤い雨とも言うべき攻撃は石畳の地面を粉砕し、辺りに破片を撒き散らす。
赤い雨に穿たれた地面は深く掘り返され、その下の土を露出させた。
人間が喰らえば、その鎧ごとミンチにしてしまうほどの威力だ。
だがそれも当たれば、の話だ。
「このっ、このぉっ」
リオは次々と赤い刃を生み出してはグリーズへと放つが――当たらない。
鎧を着たままグリーズが軽やかなに地を駆ける。
その動きは五十近くの中年とは思えない程、素早い。
グリーズは植え込みの木を縫うように庭の中を縦横無尽に駆け回る。
「このっ! 速いっ、当たらないっ――にゃうっ!?」
不意に飛んできた八本のナイフを空中でなんとか回避する。
グリーズが走りながら投擲したものだ。
(き、器用な事をっ)
だが飛び回りながら攻撃すれば、向こうの攻撃もなかなか当たらない。
疲れて動きが鈍くなった所を仕留める!
と思った矢先に彼の体が屋敷の陰に隠れて見えなくなった。
「に、逃げるの!?」
いや、追いかけて来たところを不意打ちを食らわすつもりだ。
ここは慎重になって――いやいや、こちらが尻込みをしている間に体力を回復させる気か?
(技術では、敵わないのは分かってる)
まともに戦っては勝てない。
となれば向こうのスタミナ切れを狙うのがやはり得策なのだ。
人質を取る事も考えたが――それは何だか嫌だった。
卑劣な手段を用いるのは、ドルキだけでいい。
(私は、実力で父様を倒すっ)
決意を固めて中庭の方角へと走り去ったグリーズを追う。
ただこれが罠である事は分かっている。
文字通り足元を掬われないよう、注意しながら建物の角から顔を出した。
(――居ない?)
逡巡していたのはほんの数秒だ。その間に、どこに消えたというのだ。
「どこを見ている」
声は『頭上』から聞こえた。
「え?」
慌てて振り仰げば、上から長大な剣を構えたグリーズが降って来た。
(っ、何で、上からっ!?)
避けられるタイミングではない。
慌ててブレードを両手で生成。それを交差して、剣を受ける。
次の瞬間、二の腕に千切れるかと思うほどの衝撃が走った。
良く見ればグリーズが振り下ろしたのは彼の背丈よりも遥かに長い剣だ。
ツヴァイハンダーと呼ばれる両手持ちの大剣よりも更に大きい。
剣などと言うのもおこがましい、鉄板だ。
どうやって屋敷の上まで上ったのか知らないが、こんな物を叩き付けられたら、
(お、ちるっ)
落ちるだけなら兎も角、地面と剣でサンドイッチにされてしまう。冗談じゃなかった。
「こ、のおおぉぉぉっっ!!!」
自由落下する体を捻り、一方向に目掛けて魔力を放出する。
噴出した黒い霧は推進力となり、体を捻った動きを合わせて小さな体を回転させた。
がんっ!!
裂帛の掛け声と共にリオが放ったのは蹴りだ。
223 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:18:25 ID:Q2wLCt6z
体を回転させ、斬撃から横に脱出しながら、同時にその剣の腹を蹴り飛ばす。
「っ…!」
破れかぶれの行動だったそれは功を制した。
蹴り飛ばされた大剣は中庭の中央に弾き飛ばされ、リオは蹴りの反動を利用して着地した。
「と、ととととっ…!」
と思ったが脚にも腕にも負担が掛かっていたらしい。
たたら踏んで、その場で情けなく尻餅をついてしまう。
(生きていただけ、よしとしなきゃね)
鎧同士が擦りあう音を立てながら、グリーズが僅かに離れた位置に着地した。
あいも変わらずポーカーフェイスで、うんざりしてしまう。
「良く凌いだものな」
「…お褒め頂き光栄です」
「だが油断していたのも事実だ。
自分が飛べるからと言って、相手が常に自分よりも下に居ると思わない事だ」
言いながらグリーズは屋敷のある一点を指差した。
そこはグリーズを追撃するリオから見て、丁度死角になっていた場所だ。
建物の角から少し離れた壁に、剣が何本が突き刺さっている。
剣は屋敷の上を目指し、およそ一、二メートル間隔で突き立てられていた。
「まさか、壁に突き刺した剣を足場にして、上ったのっ?」
「空を飛ぶ魔物相手には重宝する戦術だ。
そういうものに限って、まさか相手が自分より高い場所にいるとは思わないだろうからな」
「…くっ」
図星を突かれて、歯噛みした。
伊達に歳は食っていないという事か、実戦経験が違いすぎる。
下手な戦術は、こちらの身を滅ぼすだけだ。
(だったらっ)
再び両手にブレードを生成。
「真っ向勝負ですっ!」
「その意気や良し」
突っ込むリオに答えるように、グリーズも両手から剣を生み出した。
***
剣戟の音が高々と響いていた。
両手にブレードを生成したリオと、同じく二本の曲刀を生み出したグリーズ。
父と子が、真正面から切り結んでいる。
(……凄い)
リオとグリーズの切り合いを見詰めながら、マリオンは心底感心していた。
何が凄いかって、あのグリーズとまともにリオが戦っている、という事が、だ。
最初は怒りに我を忘れたリオにどうしようかと頭を悩ませていた。
だが親子で繰り広げられる死闘は意気を呑むほど激しく、目が離せない。
気が付けばマリオンは剣神と悪魔の戦いに見惚れてしまっていた。
「……助けないの?」
この体を抱きとめるアネモネの女が至極当然の疑問を口にした。
助ける対象がリオだとしてもグリーズだとしても。
戦いを止めなければどちらかが死ぬ事になるだろう。
「そんな事しない」
だがそれは、父親の――剣神に対する侮辱だ。
「何となく、分かったの」
「何を?」
「父様の事」
今まで、グリーズという個人を何も理解してなかった。
無表情で。口数が少なくて。何を考えているか分からない。
リオをレイプした鬼畜かと思ったら、アネモネのネーアをこの場まで案内してくれた。
リオを陵辱した父が、本当の父なのか。
それとも――
224 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:19:41 ID:Q2wLCt6z
『違わないわよ。あの人、ちゃんと優しいところもあるもの。
病気だって分かった時、真っ先に様子を見に来てくれたしね。
週に一度はお見舞いに来てくれるし。不器用だけなのよ』
リオの母、リシュテアが遺してくれた言葉を思い出す。
彼女が言った通り、グリーズは不器用なだけで、優しい人間なのだろうか。
結局どちらが本当の彼なのかは分からない。
だが、一つだけはっきりしている事が分かる。
彼は今、リオとの戦いを愉しんでいる。
「攻撃が単調だ。そんな事ではすぐに裏をかかれる」
「うるさいっ! じゃあ、こうだっ」
ブレードによる斬撃に混じり、不意に赤い爪による射撃攻撃が放たれた。
だがそれも読まれていたのかグリーズが二本の剣で弾き、防御している。
「攻撃のバリエーションを増やすのはいい。だが、決定打にはならんな」
「くぅっ…!」
グリーズとリオが切り結ぶ度に彼は何かしらのアドバイスを与えているようだった。
そしてリオも彼の言葉を覚え、学習し、急激に成長しているのだ。戦士として。
グリーズは、そうして成長しているリオと戦う事を、愉しんでいるように見える。
(そういえば、私も、父様に剣を教えてもらった時は、こんな感じだった)
足りない所、至らない所を淡々と指摘される。
そして体が間違いを直すまで何度も何度も同じ訓練が繰り返される。
当時のマリオンはそんなグリーズに優しさは感じる事は無かったが……
(父様…嬉しそう…?)
リオと切り結ぶグリーズはかつて無いほど口数が多い。
それにリオの繰り出す攻撃や挙動に微かだが表情を動かしている。
笑みの形に。
「くっ、正面からじゃっ」
「来ないのか? ならばこちらから行くぞ」
距離を取ったリオを追いかけるようにグリーズが踏み込む。
リオは二本のブレードで迎撃しょうとするが――
ぎんっ! ぎんっ、ぎぃんっ!
一回、二回、三回と、剣を交える毎に小さな体が後退する。
グリーズのから放たれる斬撃は一発一発が重く、速い。
それを二本の腕からあらゆる角度、速度で放たれるのだ。
緩急のついたその連撃はまさしく電光石火。
赤い刃と交わる度に火花を散らし、悪魔の細腕を跳ね上げる。
「このっ…はなれろぉ!!」
ばしゅう!
悪魔がグリーズ目掛けて魔力を放射した。
黒い霧は赤い鎧の防御効果によりすぐに霧散した。
「目眩ましか」
グリーズの言葉のすぐ後に赤い凶弾が彼を貫こうと飛来する。
それをあっさりと二刀で弾き飛ばした。
「……ほう。魔力の放射を目眩ましと移動に使うか。成る程、線がいい」
ほらまただ。
リオのアクションに対して、グリーズが僅かに微笑んだ気がした。
彼は、リオと決闘している――のではないのだろう。
恐らく、稽古をつけているつもりなのだ。
「リオよ。気付いただろう。戦いには――人には間合いというものがある。
個人の力を最大限に発揮出来る距離だ。
このワシと正面から切り結ぼうなどと、愚の骨頂と言えよう」
「……みたいですね」
225 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:21:29 ID:Q2wLCt6z
「逆に、貴様にはそれが無い。
戦い方に幅はあっても、自分を活かせる間合いが無い。
一対一の戦いにおいては。
相手の間合いに入らず、いかに自分の間合いで戦うかが勝利の鍵となる。
リオよ。先ずは、自分の間合いを見つけろ……でなければ死ぬだけだ」
「敵に塩を送っているのですか? …余裕ですね、父様?」
「…そうでもない」
(あ、笑ったっ)
自嘲気味に言った彼は、確かに笑っていた。
慣れない顔の筋肉を引き攣らせて、子供が見たら泣きそうな顔だったけど。
実の娘との決闘の最中、剣神と謳われた男は人間らしい、笑みを浮かべていた。
「父様、今笑ってたっ?」
「…みたいね…なんか、あの人、想像していたのとはイメージ違うわねぇ。
本当にリオをレイプした人と同一人物なのかしら?」
(それはこっちが聞きたい)
だが真実は当人達しか知らない事だ。
自分達には、この戦いを見届ける事しか出来ない。
勿論、リオが危機的状況に陥るような事になれば割り込むつもりだが。
グリーズの表情を見ていれば、彼は間違っても娘を殺すような事は無いと確信できた。
***
(良くぞ、ここまで成長した)
射出された赤い爪を弾き飛ばしながらグリーズは感嘆していた。
リオが居なくなった時は本気で心配したものだ。
あの体で森にでも入ったら命は無い。
だが妻であるドルキを蔑ろにも出来なかった。
自分を慕い、これまで背中を預け、子を産み、そして共に歩んで来た伴侶。
周りが見えなくなる時もあるが、彼女を愛しているのもまた事実なのだ。
そのドルキが、愛人であるリシュテアを憎む理由も分かる。
そしてその娘を憎む理由も。
何より母子揃ってグリーズと交わったのだ。
ドルキにしてみれば寝取られたようなものなのだろう。
彼女には悪い事をした。
それはリオにも言える。
かつてリシュテアと交わった時の様に鬼畜のように責め立ててしまった。
慙愧の念に駆られながら、それでもリオを求めて止まなかった。
娘の瞳が。香りが。その髪までも。
リシュテアの面影を強く遺していたせいで、歯止めが利かなかったのだ。
「ふっ、シャアァァッ!!」
魔力の放射を利用し、リオが急激に間合いを詰める。
振りかざされた赤い凶刃を受け止め、流れのまま受け流す。
勢い余った娘の体は僅かに離れた地面へと吹き飛び、すぐに体勢を整え着地した。
娘は傷付いただろう。
心も、体も。
だがそうやって彼女を傷つける事が、彼女を屋敷に置く為の理由にもなったのだ。
剣も魔法も使えないのだからせめて夜伽の相手だけでも勤めろ、と。
そんな言い訳を続けて、ドルキと、リオの二人をずっと苦しめてきた。
だからリオの行方不明は他言無用で、信頼出来る門下生だけに娘の捜索を依頼した。
ドルキの精神的負担も考え、何らかの形でリビディスタからは出て行ってもらおう。
そう考え、準備していた矢先の事なので素早く対応する事も出来た。
事が上手く運べば、ドルキの精神も安定する。
リオは隣町の娼館『セイレン』に引き渡される予定だった。
226 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:22:45 ID:Q2wLCt6z
『セイレン』はリシュテアの勤めていた店で、今も営業を続けている。
店にはリシュテアに好意的なスタッフが何人も居る。
彼女達はリシュテアの忘れ形見であるリオの到着を心待ちにしている筈だった。
(それがまさか、アネモネに拾われるとはな)
再びリオが突貫してくる。
学習が早い。正面に立っての切り合いはめっきり減ってしまった。
今ではこうやって着かず離れずの距離から一撃離脱の戦術を取っていた。
これがモンスターリオの『間合い』らしい。
悪魔の飛行能力。ネコマタの俊敏さ。
それに魔力放射による急速移動を使い、縦横無尽に駆け回る。
目で追い切れない事は無いが、中々速い。
腕利きの門下生でも捉えるのは難しいだろう。
「しゃあっ!!」
ぎいんっ! ぎいんっ!
息をつく暇も無くリオのヒット&アウェイが続く。
勘を掴んできたのか回数を重ねる毎に速さと一撃の重みが増してきた。
この鎧には魔力遮断の効果以外に、筋力強化や、体力増強の効果をも持つ。
先程から人外の力と真っ向から切り合い、力で押し勝っている事にはそういう理由がある。
だが、それにも限度はあるのだ。
戦い方を徐々に学び、急激に強さを増していくリオに、段々と手加減する余裕が無くなる。
(…流石に堪えるな。歳には勝てんか)
そうだ。ネーアと名乗ったアネモネ。
彼女はどことなくリシュテアと似ていた。
顔の形も、声も、髪も、何もかも違うが、纏っている空気、というか雰囲気が似ていた。
モンスターの分際で人間臭く、他人の世話を焼きたがる不思議な女だった。
リオにアドニスの種子を植え付け、悪魔へと堕とした張本人でもあるらしい。
だが、それが魔物の凶暴性に任せて行った事ではないのだろう。
それは人間的な優しさや思考の末の選択であったと理解出来る。
(クロトの身の安全。屋敷までの連れ添い。リオの説得、か)
リオの居場所を聞き出すのに求められた条件だ。
街の領主である自分に対し臆さず、よくもまあこうも傲慢に物を頼んだものだ。
その厚かましさもリシュテアそっくりだった。
だからだろう。周りの門下生達の声もろくに聞かずに、ネーアの言葉に従ってしまった。
説得が失敗したのも、仕方が無い。
今のリオは心までもが魔へと堕ちてしまっている。
聞く耳など有って無いようなものだ。
それに、
(説得が成功していたら。こうして一戦交わる事も無かったか)
襲い掛かるリオの攻撃を受け流そうと剣を走らせ、
同時に悪魔がその軌道を大きく変えた。
「っ!?」
(魔力噴射かっ)
矢のように一直線に伸びてきたブレードの突き。
それが交差する直前でリオが横へと魔力を噴射した。
只の突きが、体を回転させながらの斬撃へと一瞬で切り替わり、反応が僅かに遅れる。
ぎいぃんっ!
二人の影が交差し、リオが地面へと着地する。
「…これでも、駄目なんだ」
「いや、危なかった」
227 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:23:58 ID:Q2wLCt6z
鎧の左わき腹部分がばっくりと切り裂かれている。
反応が遅れた分、ブレードが鎧を掠ったのだ。
対魔力防御も兼ねた鎧がこうも易々と破壊されるのだから直撃を受ければ只では済まない。
(本当に、良くもここまで強くなったものだ)
行方不明になってから一日と経たない内に非力な少女は立派な戦士になっていた。
魔物になった影響も少なくはないだろう。
だが咄嗟の機転や、飲み込みの速さ、それに戦いのセンス。
それらは魔物になっただけでは身につかないものだ。
あえて言うなら、それらは生まれ持ったリオの才能。
(お前は、本当に、ワシの娘なのだな)
健康な体で育っていれば、今頃立派な戦士になっていたかもしれない。
それも、詮無い事か。
(そろそろ、潮時か)
深呼吸をし、高鳴る心臓を落ち着かせる。
反応が遅れたのは不意を突かれた事だけが原因ではない。
疲労が溜まってきたからだ。
(血湧き肉踊るが…年寄りには少し堪えるな)
リオと戦う前から魔物を迎撃していたのだ。
鎧の力を差し引いても、体力が持たない。
それを悟られないように立ち振る舞っては来たが所詮はやせ我慢。
「もう、終わりにするか」
ひびの入った二本の曲刀を地面に突き刺し、新たな剣を呼び出す。
オーソドックスな、両刃の剣だ。
決闘も終局を迎えようとするこのタイミングで使うのだから、勿論考えがある。
切り結ぶ度に少しずつ移動し、今では二人とも玄関前の広場に居るのだ。
ここには、地面に突き刺さったままのムラマサが存在する。
耐魔力効果を持った異国の名剣。
物理攻撃の殆どを、魔力で生成した刃に頼るリオにとってこれは天敵。
だがムラマサを使っていたのは最初だけだ。
時間も経ち、一度手放した武器を使い回されるとは思うまい。
だが刀に向かって一目散に向かえばリオもその意図に気付いてしまうだろう。
それでは意味が無い。
「…父様?」
「少し名残惜しいが…楽しかったぞ」
言ってから自分でも驚く。が、さもありなん。
戦う事しか出来ない根っからの武人が、娘と対等に渡り合ってきたのだ。
あの、リビディスタの汚点とまで言われてきたリオが、剣神である自分と、である。
嬉しいに、決まっていた。
娘の成長を誇りに思う。
「…え…?」
案の定というか、リオは呆気に取られた顔をしていた。
殺し合いの最中、敵から掛けられた言葉はアドバイスでもなんでもない。
毒気が抜ける――とまではいかないものの、人間らしい言葉に困惑しているようだった。
(だがそれでは困るな)
「行くぞ。リオ」
まだだ。まだ伸びる筈だ。
生まれ持つ天賦の才を、この目に見せてみろ。
「最後の教訓だ。利用出来る物は何でも利用しろ」
無論、それは人質を取る、という意味では無い。
遮蔽物や地面に落ちている武器となり得る物。
地形や敵の携帯物など、戦場に常に目を見張り、利用しろという事だ。
転移させた剣を大地へと突き立てた。
ずんっ!!
同時に大地が鳴った。
地鳴りと共に足元が揺れ――突如石畳の床をめくり上げて、大地が隆起した。
ずどんっ!! ずどんっ!!
228 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:25:35 ID:Q2wLCt6z
「っ!?」
リオの足元から、その小さな体をミンチにしようと大地が襲う。
隆起した地面の先は尖り、直撃すれば風穴が開いてしまう。
リオはそれを嫌がり、後方へと下がった。
その隙を見逃さず、ムラマサの元へと走り、回収する。
隆起した地面が視界を塞いでおり、リオからは見えなかっただろう。
大地の隆起は一瞬で元に戻る。
美しい広場を滅茶苦茶に破壊した岩の槍は崩れ、砂塵となって視界を殺す。
グリーズはその中に踏み込んだ。
ムラマサを鞘に納刀し、いつでも居合いを放てるようにする。
同時に黒い霧が吹き付けてきた。
間合いを詰めるこちらに対する牽制なのだろう。
構わない。このまま突っ込んで、
黒い霧の中に、爛々と光る猫目を見た気がした。
打ち合うつもりなのだろう。
視界が悪いなら人外の瞳を持つ方が有利と踏んだのか。
それもいい、だが賭けはこちらの勝ちだ。
ぶうんっ。
黒い霧の中、旋風が巻き起こる。
(そういえば、ブレードの光が見えんな)
構わず鞘から白刃を滑らせて、
眼前から鉄板とも言うべき巨大な剣が振り下ろされた。
「っ!?」
反射的に居合いの角度をずらす。
本来ならば真横一文字に『切り裂く』太刀筋を、斜め下へと『受け流す』太刀筋へ。
だが、
ぎぃんっ!
圧倒的な質量の前に、あっけなくムラマサが粉砕された。
当たり前だ。どれだけ技術が高くとも、刀で鉄板は切れない。
(ワシの剣を使うか…っ)
ずがぁんっ!!
リオの身の丈の倍以上がある大剣が、地面を粉砕し、土と石をばら撒く。
剣の軌道を逸らしたお陰で体への直撃は防いだが、腕に激痛が走っていた。
骨にひびでも入ったか。
それでもリオは容赦しない。
地面を穿つ大剣を引き抜き、振りかぶり、
「うああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
横薙ぎの一撃が襲い掛かる。
回避は無理だ。リーチが長すぎてかわし切れない。
両手に剣を転移。
それを交差した瞬間、体が粉々になるような衝撃が走った。
***
「うああぁぁぁぁぁっっ!!」
ぎぃいぃんっ!!
返す刀がグリーズの体を弾き飛ばした。
防御の為に交差した二本の剣を粉砕し、赤い鎧の胸部を砕く。
決まったか?
229 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:26:30 ID:Q2wLCt6z
咄嗟の思い付きだった。
利用出来る物は何でも利用しろ。
その言葉にグリーズが使った規格外の大剣を使おうと思ったのだ。
大地の隆起により互いの視界が塞がれた時。
魔力を鎖状へと変換し、中庭に突き刺さったままの大剣を絡め取り、手元へと引き寄せた。
魔力の霧を放射すれば向こうの視界を更に封じる事が出来る。
結果、グリーズに読み勝つ事が出来た。
向こうがあの刀を使わなければ、また少し違った結果になるかもしれなかったが。
兎も角これで終わりだ。
あのダメージではいくらグリーズと言えども――
(…いや、まだっ)
赤い鎧を纏った英雄は無様に地面に倒れる事無く着地した。
顔を上げたグリーズの目から戦意は消えていない。
鋭い眼光が、未だに負けを認めないようにこちらを見据えている。
(だったらっ)
大剣を放り投げ、両手にブレードを形成する。
ダメージも与えた。動きも鈍っている。
もう、彼との戦力差は殆ど無い筈だ。
「父様あぁぁぁっ!!」
何の策も無しに突っ込む。
ブレードへ魔力を惜しみなく注ぎ込み、赤い刃を最強の剣へと変える。
対してグリーズも両手に再び剣を転移させ、こちらへと果敢に踏み込んできた。
疲労を感じさせない獅子奮迅の勢いだ。
青い瞳が、殺気すら放ち、こちらを睨みつける。
(容赦はしませんっ!)
背中から魔力を噴射、後方へとGが掛かり急加速する。
地から脚が離れ、悪魔の体はまるで矢のようにグリーズへと突貫した。
瞬く間に、二人の距離が縮まっていく。
その中で、リオは次の手を既に考えていた。
この突進で終わるとは思っていない。きっと回避されるだろう。
だが魔力噴射を利用して再突撃を仕掛ける。
グリーズはもうこちらの速さに対応し切れない。
当たるまで、何度でも何度でも突撃してやる。
「ああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
眼前のグリーズを見据える。
彼はこちらを迎撃しようと脚を止め、両手に持った二本の剣を振りかぶった。
ぎりぎりのタイミングだ。
向こうが捨て身の覚悟で切り替えして来れば、こちらも只では済まない。
グリーズを倒しても、この後リビディスタの門下生達とも戦わなければならないのだ。
体力を少しでも温存しておく必要がある。それは分かっているのだが。
(構うもんかっ)
後の事なんて考えていられない。
だって、こんなにも『楽しいのだ』。
あの父との戦いが。血湧き肉踊る死闘が。
それを無下に出来る訳が無い。
手を抜く事も、尻尾を巻いて逃げる事も、打算で戦う事もありえない。
自分の出せる力を全て使い、敵を倒す。それが、快感なのだ。
だから後先の事など考えない。
今は目の前の敵を、鼻先まで迫った父親を倒し、
『少し名残惜しいが…楽しかったぞ』
230 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:27:55 ID:Q2wLCt6z
(あ…何で、)
このタイミングで、雑念が。
先程のグリーズの言葉が、微笑が、脳内でリフレインされ、動きが僅かに鈍る。
だがコンマ何秒の時間すら、この戦いでは致命的だ。
ほら、グリーズの剣が今にも、この体を叩き切ろうと振り抜かれ――
――無い。
彼は剣を振りかぶったままで、こちらに攻撃してこない。
まるで時が止まったかのようにその体は硬直したままで、
直後に、赤い凶刃が深々とグリーズの腹へと突き刺さった。
突進の勢いのまま、彼を刺してしまった。
『…それでいい』
鎧を貫通した腕から、グリーズの思考が伝わって来た。
『最後の最後で油断したな……危うく切ってしまう所だった』
(…え?)
危うく、切ってしまう? 何だそれは。
まるで、最初から殺す気が無かったような言い方ではないか。
(…まさか、さっきの)
こちらの隙を狙って攻撃しなかったのは、ワザとなのか。
「…どうして…?」
ブレードを解除する。これはもう必要ない。
こちらの勝ちだ。
ただ、この勝利はおそらく『最初から約束された』ものなのだろう。
グリーズと視線が交わった。
さっきまで殺気を纏わりつかせていた戦士のそれとは違う。
彼は、穏やかな――そう。父親の顔をしていた。
『気付いたか…流石、リシュテアの娘だな……勘がいい』
「そんなの誰でも気付きます! 母様の娘だとかそんなの関係無い!
卑怯ですっ! 父様っ、ワザと負けるだなんてっ、そんなの納得出来ません!」
『……そうか…心が読めるのか…鎧が無ければ、ワシは最初から負けていたな』
「そ、そんな事、やってみないと、」
びしゃり。
「きゃっ!?」
唐突に、顔面に熱い何かが吹き付けられた。
目には入らなかったものの開いた左手で目元を拭う。
そして再び目を開いた時、視界が真っ赤に染まっていた。
グリーズの血だ。
「…あ…ああぁぁぁっ…!?」
(わ、わたし、なんで、こんなっ)
戦いの興奮が冷め、人間的な感情が蘇る。
(死んじゃうっ、父様が死んじゃうっ)
慌てて腕を引き抜く。
げぼっ、と血の塊が再びグリーズの口から零れ、黒いスカートを赤く染めた。
「父様、父様っ」
呼びかけると返事の代わりに掌を握られた。
豆だらけの大きな手。
昨日までは、この手は幼い体を叩き、蹂躙するものだと思っていた。
だが今は…違う。
温もりを感じるのだ。彼の穏やかな心と共に。
『喋らなくてもいい、というのは便利なものだな……
勝負は、お前の勝ちだ……リオよ…』
231 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:29:22 ID:Q2wLCt6z
「そ、そんな事、」
『どうした…? もっと喜べ…仮にもワシに勝ったのだ…誇ってもいい』
「そんなの…っ、そんなのどうだっていいですっ!
確かに、父様と戦っている時、少し楽しかったっ!
でも、私、父様の命まで、欲しくなんか無いっ!」
そうだ。
ドルキに復讐する事も大切だ。これはいまでも変わらない。
でもそれとは別に、もう一つささやかな願いを持っている事に今更気付いた。
「私、父様にもっと甘えたかった!」
自分には母親は居ないが、父親なら居る。
ならその男に甘えれば良かったのだと気付いたのだ。
「エッチな事も、剣の修行でも、何だってやります!
でも、その分だけ、私に甘えさせて下さいっ。
一緒に、ご飯を食べたり、一緒に本を読んだりっ…!
そんな当たり前の事で良いんですっ!
ちゃんと、私の『お父さん』をして下さいっ!!」
悲痛な声が、広場に響き渡った。
『…すまん。駄目な父親だったな』
そっと、血に濡れたグリーズの右手が頬を触る。
熱い血潮が左の頬へと塗りたくられると、それを離すまいと上から押さえつけた。
『以前写真で見せてもらった事がある……
幼い日のリシュテアとそっくりだ…』
「だったらっ、私に、もっと母様の事、教えて下さいっ!
私っ、何も知らないんですっ!
母様の顔もっ、声もっ、好きな物とかっ、嫌いな物とかっ…
全部、全部教えてくださいよっ!
父様、剣神なんでしょう!? 英雄なんでしょう!?
こんな事で、死にませんよねっ!?」
自分でも無茶な事を言っているのは分かっている。
だがネコマタの眼が、彼から大量の血液と共に精気が抜け落ちていくのを捉えるのだ。
『無茶な事を言う…そんなところまで…あいつに似たのか?』
ふ、と口の端から血を流したままグリーズが不器用に微笑んだ。
穏やかなブルーの瞳に、少女の顔が映っている。
猫耳を生やした悪魔の瞳は、青と赤の猫眼だ。
父と同じ、ブルーの右目だ。
『やはり、お前はワシの娘だよ…愛しい……我が子……よ……』
彼の手から力が抜ける。
抜ける空のような瞳から徐々に意思の光が消えていく。
グリーズから、命の火が消える。
「…あ、ヤダ…っ、死んじゃ嫌ですっ! 父様っ、父様ぁっっ!!」
「……リオ、退いて」
瀕死のグリーズに泣き付く所を、背中から引っ張られた。
232 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:31:14 ID:Q2wLCt6z
振り向くと、強張った表情をしたマリオンが立っている。
「…姉様…っ、父様がっ、父様がっ」
「分かってる」
マリオンがグリーズを治癒しようと試みる。
回復を意味する白い魔術陣がグリーズの体を取り囲み、淡い光で包み始めた。
春の木漏れ日を連想させる暖かな光が、グリーズの腹に開いた傷を徐々に塞いでいく。
「ほら!! アンタ達も回復魔術が使えるでしょうっ!! 何をぐずぐずしているの!?
この人はアンタ達の大将でしょうが! 死んじゃってもいいの!?」
遠巻きに見ていたネーアが、何時の間にか眼を覚ましていた門下生達に檄を飛ばす。
治癒専門の魔術士達が顔を見合わせると、事態の深刻さに気付きグリーズへと駆け寄った。
白い魔術陣が一つ二つと数を増やし、グリーズの全身を眩い光が包み込む。
しかし何重にも治癒魔術が発動しているにも関わらず、彼の顔は土気色のままだ。
血が足りない。傷が塞がっても、それでは意味が無いのだ。
そしてそれを理解しているのだろう。
門下生達の諦めに似た表情を浮かべたいた。
『こんなの無理よ…』
『駄目、助からない…』
『この化け物のせいだ…』
『グリーズ様が…グリーズ様が…っ』
彼女達の絶望の声が聞こえる。
口に出さなくても、心の中では諦めていているのだ。
そして誰のせいで剣神と呼ばれた男が生死を彷徨っているのか。
彼が死んだら怒りの矛先を誰に向ければいいのか。
密かに叩き付けられる憎悪を敏感に感じ取って、リオはすっかり萎縮してしまった。
だがその中で、マリオンだけは希望を捨てていなかった。
『絶対助ける』
無駄だと分かっていても治癒魔術を止める気配は無い。
『本当に、不器用なんだから。
私ちゃんと分かった。父様、最初からリオを殺す気なんて無かった。
ずっと手を抜いて戦ってた。馬鹿。甲斐性無し。鬼。鬼畜っ』
「さっさと眼を覚ませこの駄目オヤジっ!」
悲鳴同然に叫んだマリオンの瞳にも薄っすらと涙が浮かんでいた。
「リオに謝って! 眼を覚ましてっ、酷い事して済まなかった、って! 謝るのっ!
死ぬならそれから死ねばいいっ! この子の事も、考えてっ」
俯き、喚き散らすマリオンの姿は普段の彼女から想像出来ない。
生の感情を剥き出しにした彼女の姿に、門下生達も、リオも唖然としてしまう。
「マリオン様…お気持ちは分かりますが…」
「もう、無理です…私達の手には、負えません…」
「そんな事、無いっ、父様はっ」
「治癒魔術だって万能じゃないんですっ。
傷を塞ぐくらいがせいぜいで、死人を生き返らす事は勿論、致命傷だって治せないっ。
そんなのマリオン様でもご存知でしょうっ?」
例えるなら水が注がれたグラスが割れたとする。
治癒魔術は割れたグラスを直す事は出来るが、零れてしまった水はそのままなのだ。
「それじゃあ、『中身』を戻せばいいのね?」
何時の間にか近付いていたネーアが女の魔術士に問いかける。
「それが出来たら苦労しませんっ! 大体貴方達魔物が攻めて来たから、」
「罪を償えって言うなら、後でいくらでも償ってあげるわ。
でも、今はまだ出来る事があるでしょう?」
「そんな事っあるわけ、」
「あるわよ? 血が足りないなら、家族から貰えばいいじゃない。
幸い、血の繋がった娘さんがここには二人も居るわ」
言ってネーアはリオをマリオンを見詰め、ウィンクを一つ。
(あ、そうか…)
ネーアの試みを読み取り、リオは僅かに顔をほころばせた。
まだ、絶望するには早い。
233 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:32:34 ID:Q2wLCt6z
ネーアが触手を一本伸ばし、マリオンへと向ける。
その先端からは、注射器のような細い針が生え出していた。
「マリオン。腕を出して。血を抜くわ」
「…分かった」
「正気ですか!? ろくな設備も無いのに、輸血作業をっ!?」
「しかも魔物の手を借りるなんて、信じられませんっ」
「他に方法があるの?」
「それは…っ、でもっ」
「無いなら黙って見てて」
「――もういいかしら?」
ネーアの問い掛けにマリオンが頷く。
グローブを外して剥き出しになった細腕に、細い針が突き刺さった。
「失敗したら今度は縦に真っ二つにするから」
「馬鹿にしないでよね。あたしを誰だと思ってるの」
(…ネーアさんに姉様、何時の間にかとっても仲良しになってる)
自分が見ていない所で何かあったのだろう。
事が終わればそれも聞いてみたいと思った。
「――はい終わり。ほら、次はリオの番よ」
「はい。お願いしますネーアさん」
「貴女はあたしから散々魔力を吸ったからね。その分多めに血取るわよ」
返事をする前に針が刺さった。
僅かな痛みと共に、血液が抜き取られていく。
十秒か二十秒か、その待っている時間がもどかしい。
「――よし。こんなものね――どう、リオ? 辛くない?」
「大丈夫です。もっと取っても良かったくらいです」
「体力は温存しておきなさい。じゃないと――
眼を覚ましたお父さんに、元気な笑顔を見せられないでしょ?」
「あ、はいっ」
だが、楽観も出来ない。
いくら血の繋がった家族とは言え素人のする輸血など分の悪い賭けでしかないのだ。
拒否反応が出ればその場で終わりである。
リオはネーアが作業しやすいようにグリーズの腕からガントレットを外す。
「ありがと」
全員が固唾を呑んで見守る中、触手の針がグリーズの腕へと突き刺さった。
今、彼の中に娘二人の血液が静かに注入されている。
(父様…っ)
ごつごつとした腕を両手で握り締める。
人外の瞳が、自分と姉の血が僅かな精気を運んで父の体内へと流れ込んでいるのを見た。
「拒絶反応は、無いようね」
ネーアの言葉に一同が緊張と共に大きく息を吐き出した。
輸血自体は無事成功と言ったところか。
ネーアが体内で二人の血液を弄繰り回してグリーズの血と混じり易くしたらしい。
つくづくアネモネとは便利な体だ。
(でも、駄目…)
顔色は少し良くなった気がするが彼の体には生命力が――精気が足りていない。
「……グリーズ様、いつ目を覚ますんですか?」
「…さぁ、そればっかりは分からないわ。そもそもあたしは医者じゃないし。
まあ、色々やる事はやってるから人体には少し詳しいけどね?」
「そんな無責任なっ」
「死亡が確定するよりかはマシでしょう?」
「だまれアネモネ! 無様に生き恥を晒すくらいなら死んだ方がましだ!」
ほんとここは馬鹿ばっかりね――そんな呟きがネーアから聞こえた気がした。
「あんた達ねぇ…死にたがりもたいがいにしなさいよ?
人間の生存本能はどこに置いて来、」
「――グリーズ様、心臓止まってる」
女の魔術士の呟きに、周囲の人間が硬直した。
234 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:33:56 ID:Q2wLCt6z
「…嘘でしょ?」
「謀ったな魔物めっ!! もう容赦はせんっ!」
「グリーズ様の弔い合戦だ!」
周りの門下生達が次々と剣を引き抜く。
彼らの瞳には例外無く憎悪が浮かび上がり、二匹の魔物へと殺気を漲らせる。
「ちょ、ちょっと早まらないのっ! 心臓止まってるならまた動かせばいいじゃない!
電気ショックとかあるでしょっ!?」
「黙れっ! これ以上、グリーズ様の体を穢させてなるものかぁっ!!」
「うわっもう、しょうがないわねぇ! この馬鹿どもはっ」
何人かの門下生達がネーアに向かって切り掛かって来る。
「っ!? 皆止めてっ! このアネモネは敵じゃないっ」
「マリオン様の頼みでもそれは聞けませんっ」
「大体そのアネモネはグリーズ様を殺した悪魔の仲間だっ」
いがみ合い、剣先を突きつける門下生達をリオは他人事のように見ていた。
(どうして、皆そんなに怒っているの?)
グリーズは助けられるというのに。
「ちょっと退いて下さい」
「えっ、あのっ」
隣に座る女魔術士を強引に引き剥がし、グリーズへと密着する。
「な、何をする気よっ」
女達の声を無視し、グリーズの頬に手を這わす。
蓄えられた立派な髭。
皺ばかりの顔。
分厚い眉や、ごわごわのブロンドの髪を撫でる。
瞳を閉じた彼の顔は、とても愛しかった。
「父様…」
瞳を閉じ、グリーズの顔へと唇を寄せる。
ネコマタが精気を吸う事が出来るなら。
精気を分け与える事も出来る筈だ。
パセットや彼女の同僚達に魔力を分け与えたように、自分の精気をグリーズに注げばいい。
(私が、絶対救ってみせます)
そうして、リオは最愛の父親に口付けをした。
***
最初に視界に飛び込んできたのは愛する娘の顔だった。
猫耳を生やし、牙を生やし、オッドアイも獣のそれとなっているが、関係ない。
「父様ぁ…っ」
抱きついてくる娘を反射的に受け止める。
恐る恐る、その桃色の髪に触れてみると、あいつの髪と同じ感触がした。
(これは夢、か?)
死んだと、思ったのだが。
娘に勝ちを譲り、腹に大穴を空けられた。致命傷だった筈だが。
「ふふふ。ネーアさんが治してくれたんですよ」
(…そうか、生き長らえたか…)
それも、いいだろう。
娘に行った数々の行い、それらを死んで償おうと思ったのだが。
「そんな簡単に、死なないで下さい。
私、まだまだ父様としたい事が一杯あるんです」
泣き笑いの表情を浮かべる愛娘の顔を見て、まだまだ死ねないなと思った。
235 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:35:06 ID:Q2wLCt6z
体を起こし、周りを見渡すとドルキの門下生達が四名ほど、心配げな表情を浮かべている。
(心配を掛けたようだな)
「ワシに構うな。大事無い」
「ほ、本当に大丈夫なのですかっ?」
「大丈夫だと言っている」
むしろリオと戦う前より元気になったのではないだろうか。
体中から力が湧き出してくるようだ。
(それに、ゆっくりと寝てはおられんようだからな)
リオの体をそっと押しやり、二本の脚でしっかりと立ち上がる。
その姿を見て数人の門下生達が狐に摘まれたような顔をした。
だが復活したグリーズに気付かずネーアに、あるいはマリオンにさえ剣を向ける者が居る。
グリーズはそれを憤慨に思いながら大きく息を吸い込んで、
「全員ッ、剣を収めよッッ!!!!」
鼓膜をつんざく大音量で声を張り上げた。
その様相は正に鶴の一声。
殺気立っていた門下生達の動きがぴたりと止まると、一様にグリーズへと視線を向ける。
「グリーズ様っ!?」
「そ、そんなまさかっ」
露骨に浮き足立つ教え子達を見て嘆かわしく思う。
実戦では何が起こるか分からない。常に冷静に対処しろと常日頃から教えているのだが。
「二度は言わんぞ…!」
仏頂面に怒気を孕ませ、門下生達を睨み付ける。
それで殆どの門下生達は渋々と剣を収めていった。
「納得出来ませんっ!」
ところが一人、無謀にもグリーズに食って掛かる者が居た。
「マリオン様は兎も角っ、この二匹は街に侵入した魔物の一味ですよ!?
ドルキ様に手傷を負わせ、あまつさえ貴方にも重症を負わせた!
そんな化け物を野放しに、」
「今、化け物と言ったか?」
ひっ、と食って掛かった男が息を呑んだ。
グリーズが発する、殺気さえ孕んだ怒りを感じて、腰が引ける。
「このワシの娘と、命の恩人向かって、貴様は化け物と言ったのかっ?」
「あ、あぁぁ…っ」
グリーズに睨み付けられた男は哀れにも恐怖に足を竦ませ、歯をガチガチと鳴らしている。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが少しでも分かっただろうか。
「だが、貴様の言う事も一理ある。
リビディスタの戦士として、魔物を倒す事は至極真っ当な判断と言えよう。
故に、チャンスをやる」
右手から魔術陣を展開。
青く発光するそれから、屋敷の地下に安置された宝物庫から剣を転移させる。
魔術陣から生え出すように出現したのは大きな剣だ。
リオに利用された物に比べれば一回りも二回りも小さい。
それはツヴァイハンダーと呼ばれる騎乗兵を倒す為に造られた両手持ちの大剣だ。
「リビディスタの戦士なら、その強さを以って己の正しさを証明してみせよ」
ざしっ…!
両手で剣を地面へと突き刺し、眼前の男を見据える。
236 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:36:37 ID:Q2wLCt6z
グリーズの背後はリオとの戦闘で使われた愛剣が何本も突き刺さっていた。
今の彼の姿は剣神アレスのレリーフそのままの姿だ。
その威風堂々とした姿にリオやネーアを含め、全ての人間が言葉を忘れて見入り――
「…も、申し訳ありません…っ」
グリーズに楯突いた男は震える手で、剣を収めた。
***
そのおよそ五時間後。
街に侵入した魔物と、結界の外に集結していた魔物をリビディスタの戦士達が撃退した。
ドルキの激励が効いていたのか、門下生達の活躍振りは目覚ましいものだった。
死人はおろか、怪我人も殆ど出なかったのだ。
意気揚々と凱旋する彼らを街の住民達は大手を振って喜び、喝采した。
奇跡的にも街の住民達にも殆ど被害は出ていない。
せいぜい民家がいくつか潰されたくらいだ。
今回の騒動で最も深手を負ったのはグリーズとドルキの二人とも言える。
その二人も今ではすっかり傷を癒し、回復している。
リオ=リビディスタが行方不明になってからおよそ20時間。
街一つ丸々飲み込んだ盛大な親子喧嘩は一応の収束を見せた。
***
全てが上手くいった。そう思っていた。
でもそれは只の思い込みで、問題は何も解決していない。
リオの身も心も、未だに悪魔のまま、人間に戻る手段も無い。
父親との和解は済ませたが、こんな体では屋敷に戻る事も叶わない。
何より、母を殺した魔女を再び襲ってしまうかもしれない。
その時は、今度こそお互い無事では済まないだろう。
仮に、リオが屋敷に戻るとしてもだ。
ネーアとクロトが取り残された形になってしまう。
そんなのは嫌だった。
――そうか。答えは最初から決まっていたのだ。
「私、リビディスタを出ていきます」
かくして、リビディスタから末娘が姿を消した。
「――あれ…? リオッち?」
大切な友達を一人残したまま。
次回、永久の果肉最終回、
『ずっと一緒』
237 乙×風 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:37:58 ID:Q2wLCt6z
お疲れ様です。シリーズ本編は今回で終了。
後は大団円(?)目指して詰めるのみですね。
しかしドルキの虐待シーンはちょっとやりすぎたかな。
まあもっと懲らしめてやっても良かったですが。
バトルシーンもちと気合が入り過ぎましたか。
エロが無くてもちゃんと読んで頂いていれば作者冥利に尽きるんですが。さてさて。
その辺りの感想もお待ちしております。
宜しければ誤字脱字等のご指摘も合わせてお願いします。
次回はエピローグのみとなります。
そしてエピローグの次には後日談と称してエロオンリー話をやる予定です。
あれ? 予定より一話多くなってる? きっと気のせいですねw
尚次回はエチシーン入れる予定です。
メインキャラの中で約一名、まだ処女のオニャノコが居ますよね?
潔く散って貰いますw あの子だけ綺麗なままなのは不公平ですからw
それではまた来週お会いしましょう。
幼女万歳。
>>211様
すいません。ドルキのエロシーンとか無理です。作者的に。
設定が30代とかだったら若作りにしてまだまだエロもいけたと思いますが。
という訳で十三話投下です。
(エロ無し、暴力的表現有り、バトル多め、流血有り<微>、決着、ちと長いかも)
NGワードをお確かめ下さい。
エロが無いのはご容赦を。
前回に引き続きバトル多め、というかほぼ全編通してバトルです。
それでも、と思われる方はお読み下さい。
以下本編です。25レス程消費します。
213 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:03:37 ID:Q2wLCt6z
第十三話 愛憎劇―後編―
実の母親を殴り飛ばしたところで、マリオンは正気に戻った。
「…あ、やっちゃった」
『ドルキ様ーーっ!?』
外野がやいのやいのと慌てふためいている。
まあ、自慢の娘に問答無用で殴り倒されたのだから当然か。
しかしよくもまあこの程度の攻撃が通用したものだ。
魔女とか名乗っているが実は大した事無いのではないかと思ってしまう。
(母様、弱い)
当然だが。
不器用なマリオンが母親の気持ちに気付く事はなかった。
ドルキがどれだけマリオンに愛を注いでいたか。
汚らわしい腹違いの娘の存在もあればこそ、正当な血筋の末娘であるマリオンには手を掛けたのだ。
しかし、ドルキはそのマリオンに口汚い言葉で罵られ、あまつさえ攻撃された。
その時の動揺が彼女の判断を鈍らせ――今に至る。
だが殴った本人がドルキの愛情に気付いていないのだから、皮肉な話である。
「マリオン様、お退き下さい!」
周りの門下生達がドルキを取り囲み、回復魔術を掛け始める。
他にも貴女は正気か、だの、悪魔にたぶらかされてる、だの大変五月蝿い。
折角溜まったストレスを発散させたのにまたイライラしてしまう。
構っていたらキリが無いと判断し、突っかかってくる門下生達を取り合えず無視。
リオの元へと駆け寄った。
「……姉様…」
ドルキの拘束魔術から開放されたリオは呆然としながらこちらを見上げている。
鮮やかな桃色の髪は不自然な色をしながら伸び。
背中からは蝙蝠の翼。そして二本の尻尾。愛らしい猫耳。
それに卑猥なゴスロリ衣装を見ていると、彼女が人間でなくなってしまったと痛感する。
「――ほんとに、悪魔になったんだね」
「…っ」
びくり、と妹の体が震える。
(あ、しまった)
こちらを上目遣いで見上げる少女の目は捨て犬のそれと同じだ。
いや、この場合捨て猫か。いやいやそんな事はどうでもいい。
きっと人間を止めた事に少なからずコンプレックスを抱いている筈だ。
だというのに今の言い方は、ない。
(ほんと、私は喋るのがへたくそ)
自分の不器用っぷりが恨めしい。
「大丈夫。私はリオがどんな姿になっても、気にしない」
たとえ、いつかアネモネになってしまうとしても、妹は妹だ。
愛らしい猫目が、『両方とも血のような赤だとしても』、それは変わらない。
「っ……姉様ぁ…」
うるうると瞳を潤ませながら最愛の妹が見詰めてくる。
(う。可愛い)
二年も見ない間に随分と見違えてしまった気がする。
最後に見た時はもっと小さかった気がするが。
そんな事を思いながら改めて妹の姿を観察する。
(あの、でも、やっぱりその格好は、目のやり場に困る)
開いた胸元から明らかに自分より成長した膨らみが覗いている。
それに何だかいい匂いがしてきて――どきどきする。
そんなこちらの心中を察してか妹は微笑み、小さな口を開く。
「姉様、助けてくれてありがとう」
「と、当然の事、しただけ…」
クールぶっても、照れ隠しというのはバレバレなのだろう。
妹はくすくすと可笑しそうに笑ってから言葉を続けた。
214 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:05:13 ID:Q2wLCt6z
「お陰で義母様に止めを刺す事が出来ます」
一瞬、何を言ったのか理解できなかった。
そしてそれを理解する暇も無く、リオが先手を打った。
「『姉様はそこで見ていて下さい』」
赤い猫目が、魔力を放つ。
それはマリオンの精神を容易く侵蝕した。
体から力が抜け落ち、膝をついてしまう。
リオに対して心を開いていた為、チャームの影響を強く受けてしまった。
(……だめ、りお…)
妹の表情が豹変していた。
捨てられた小動物から、残虐な悪魔へと。
だが、靄の掛かったような意識の中、マリオンは彼女を見詰める事しか出来ない。
ゆっくりと立ち上がるリオに周りの門下生達が気付いた。
その直後にリオが力を解放する。
小さな体から黒い霧を噴き出し、周囲の人間達を制圧する。
黒い霧は彼女の魔力そのものであり、人間にとっては毒以外何物でもない。
それを吸い込んだ門下生達が、一人、また一人と膝を折っていく。
命に別状は無いが、行動を制限するだけなら十分だった。
「さあ、これで邪魔者は居なくなったかな♪」
リオは足取りも軽く、倒れ伏すドルキに元へと向かう。
腕を背に回し、恋人に会う少女のように笑顔を浮かべた悪魔は人畜無害そうに見えたが――
「さっきのお返し、しないとね♪」
スキップでもするようにリオはドルキに近付くと、
まるでボールでも蹴るように、親の体を蹴飛ばした。
どすっ、と肉を打つ音が響き、ドルキの体が宙を舞う。
悪夢を見ているようだった。
母親が植え込みの木の幹にぶつかり、地面に落ちる瞬間を呆然と見詰める事しか出来ない。
先程マリオン自らドルキに暴力を振るったが、あれは我を忘れていただけだ。
今、目の前で行われているのはもっと残虐的な行為。
「あはっ♪ 飛んだ飛んだー♪」
翼を広げ、悪魔がドルキを追いかける。
ドルキは地面で何度も咳を吐いた。
びしゃり、と音がして、地面に赤い液体が散る。
老体には過度の暴力だったのだ。このままでは本当に死んでしまう。
ところが淫魔は血反吐を吐いた女を見ても笑顔を絶やさない。
それどころか地面に倒れ伏したドルキに近付くと、ブロンドを鷲掴みにし、引き上げた。
「なーに? 義母様もう死にそうなの?
リオ、つまんなーい。もっと…遊んでよぉっ!!」
掴み上げたドルキの頭を地面に叩きつける。
加減はしたのだろう。地面に脳髄をぶちまけるような事は無かったのが救いだった。
だがマリオンに殴られた頬は青く腫れ上がっていた。
地面に叩きつけられた衝撃で鼻がひしゃげた。
更にぶちぶちと金髪が千切れ、ドルキの顔は見るも無残な事になっている。
「あははははっ!! 義母様変な顔ーーっ♪」
腹を抱えて笑い声を上げるリオ。
狂気を含んだ、少女の声に混じって、『助けて…』とドルキの懇願が聞こえた気がした。
「うにゃぁ? なーに? 聞こえなーい♪」
だが淫魔は許しを請うドルキに容赦しない。
じゃきん、と笑顔で爪を伸ばし、ドルキの頬にあてがう。
「ひ、あぁぁぁぁっっ!?」
ぎぎぎぎ、と顔面を横断する爪の感触にドルキが悲鳴を上げる。
無残だった顔が爪に引き裂かれ更に無残な事になった。
ドルキの悲鳴が余程良かったのか、リオは艶かしい吐息を漏らす。
215 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:06:42 ID:Q2wLCt6z
「はぁ…♪ はぁ…♪ 義母様の悲鳴…気持ちいい…♪
おマンコ、濡れちゃうよぉ…♪」
リオはドルキの血が付着した爪先にぞろり、と舌を這わせる。
「ねぇ? 義母様ぁ…♪ もっと、義母様の悲鳴をリオに聞かせてぇ…♪
義母様の絶望する声をリオに聞かせてぇ…♪ ねぇ、どうすればいい声で鳴くのぉ?
痛い事すればいい? それとも、そのお顔をもっとぐちょぐちょにすればいい?
――あ、そうだ! 両方同時にしよう!
目玉を抉り取るの! きっといい悲鳴で鳴いてくれるよね!?
あはっ――あははははははははははははっっっ!!!」
駄目だ。今のリオは、狂ってる。
彼女を救ったのは、間違いだったのだろうか。
他に何か、方法があったのだろうか。
このままでは、取り返しの付かない事になってしまう気がする。
ドルキを殺してしまったら、きっともうリオは戻って来ない。
その魂すら、完全に邪悪に染まり、人の心を忘れてしまうのだろう。
(私、また、リオを助けられない…)
マリオンの頬を涙が伝った。
悔しかった。リオの事を思って行動してきたこの十年余りの歳月。
それらが全て無駄なのだと言われている気がした。
どれだけ努力しても、結局誰も報われない。
妹の命は助かるかもしれないが、魔へと堕ちた彼女は悪逆非道の限りを尽くすだろう。
それでは何の救いにもならない。
誰か、誰か。
リオを止めて。
自分では、妹を止められない。
彼女を愛する余り、彼女の本質が見えていなかった。
世界に絶望し、他者を恨み、何より孤独を知っているものだけが、リオを理解出来るのだ。
そうでない者以外、彼女を止める事なんて出来ないのだ。
けれど、そんな人間が、ここに居るのだろうか。
「悪い子はどこだああぁぁぁっっ!!!」
その声は空から響いた。
リオがそれの存在に気付き、獣の目で空を見据える。
次の瞬間、美しい花が空から降ってきた。
正門から続く石畳の通路を踏み砕き、一匹の魔物が大地に降り立つ。
着地の衝撃で黒い霧が吹き飛ばされ、薄暗い視界に日の光が差した。
浅葱色の肌。
腰まで伸びる、肌と同じ色の髪。
女神にも引けを取らないほど美しい顔立ち。
豊満な、果実を思わせる双房。
上半身は絶世の美女。
下半身に肉の花を持つ魔物。
(……来るのが、遅い…)
胸の前で偉そうに腕を組むアネモネを見て、マリオンは救われた気がした。
「…ネーアさん…」
だが、感動の再会である筈なのに淫魔の表情は晴れない。
それがマリオンには気に掛かってしょうがなかった。
「あたしだけじゃないわよ」
アネモネの言葉に答えるように、二人目の乱入者が姿を表した。
全身を覆う赤い鎧。
216 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:08:03 ID:Q2wLCt6z
獅子の鬣を連想させるブロンドの髪。
顎下まで立派な髭を生やし、顔には深い皺が刻まれている。
もうすぐ五十を迎える男の顔だ。だが、その眼光はどこまでも鋭い。
凶暴な獣性を真紅の鎧に封じ込めているようだった。
「父様…」
父グリーズの登場に淫魔の顔が僅かに強張った。
***
「随分と派手にやらかしてるみたいじゃない」
地上に降り立ったネーアは辺りを見回しながら眼前の仲魔に喋りかけた。
周りはリオの放つ黒い霧のせいで死屍累々といった様子だ。
「殺したの?」
「いえ? 皆さん生きてますよ? 第一そんな酷い事私がするわけないじゃないですか。
女の子は皆、アネモネになってもらうんですから♪
あ――そうだ。私も質問があります。どうしてネーアさんと父様が一緒に居るんですか?」
「ああ、そうね…説明しないとね」
立場を考えれば、二人が戦っても不思議ではないのだ。寧ろ、それが自然と言えよう。
ちらりと背後のグリーズに目配りをする。
彼は任せると言った様子で軽く頷いた。物臭な男だ。
「リオに会いに行く途中でばったり会っちゃってね。
貴女の居場所を教える代わりにここまで案内させてもらったの。
それと、クロトの安全も、ね」
「クロトさん? クロトさんが生きてるんですか!?」
「アドニスの繋がりは切れてるだろうから、やっぱり死んだと思った?
大丈夫よ。首を撥ねられただけだから。すぐにくっつくわ。
撥ねられた本人は自分が死んだと思ってるでしょうけどね」
アネモネと戦闘経験が無いものなら、切っても死なないなどとは思わないだろう。
しかし、かの剣神ともあろう人間が、その程度の事を知らないものなのだろうか?
「…そうですか。安心しました――でも私がやる事に代わりはありません」
リオが見せびらかすようにドルキの体を引きずり上げる。
滅茶苦茶にされた女性の顔面を見て、二人の顔が僅かに強張った。
「私は、この女に復讐します」
淫魔らしい、愛らしさと淫靡さを同時に備えた姿よりも、その性格の豹変振りに驚く。
「…変わったわね、リオ」
無邪気に微笑みながら大胆な発言をする少女に、諦めにも似た感情が胸を満たす。
この少女を『こちら側』に引き込んだのは間違いなく自分だ。
だが肉体が変わっても、精神がここまで堕ちるとは夢にも見ていなかった。
「それが、貴女の義理の母親?」
「はい。――うふふ♪ ネーアさん?
私達いまぁ、親子の絆を育んでいるところですぅ♪」
何も見ていなければそれが歳相応の少女が言う台詞に聞こえる。
だがリオが小さな手で引きずり上げているのはぼろ雑巾のようになった人間の体だ。
息も絶え絶えで、見てるこちらが痛々しく思えてしまう。
昨日の夜までは、他人を思いやれる優しい娘だった。
それが今では身内を笑顔でリンチするような残虐な性格になってしまった。
(…あたしのせいね)
リオに種子を植え付けたのは双方合意の下で行われた事だ。
しかし、孤独に耐え切れなかったネーアの弱さも原因の一つであるかもしれない。
自分がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかった。
そう思うと、本当にやり切れない。
「リオ。引き上げるわよ」
「……え? …え? …引き上げるって…何言ってるんですか、ネーアさん」
「昨日の夜にも言ったでしょ? 目立ち過ぎだわ。もうここには居られない」
いや、それもある。
だが本音はリオにこれ以上悪事を働いて欲しく無かったのだ。
きっとそこの義理の母を殺してしまったら、理性のタガが外れてしまうだろう。
他人を貶め、命を奪う行為に快楽を覚えるようになってしまうだろう。
217 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:10:16 ID:Q2wLCt6z
人を止めたとしても、そうはなって欲しくないのだ。
「……嫌です」
「あのねぇ。我侭言わないの。
人間達に延々と追いかけられるのがどれだけ苦痛か、話してあげたでしょう?
貴女も同じ目に遭いたいの?」
「襲ってくるなら、追い払えばいい」
リオの声のトーンが下がる。
ぞくり、とした。
先程まで無邪気な笑顔を浮かべていたのに、今その愛らしい顔は能面のように無表情だ。
「しつこいなら、殺せばいい」
獣の双眸に射抜かれ、本能が警鐘を鳴らした。
この娘は、危険だ、と。
真紅の両目を見ながら何とか説得する方法を考える。
「リオ、忘れないで。私達は人間が居ないと繁殖も出来ない。
ただ殺すだけならいつかあたし達自身が滅びるわよ」
「そんな事ありませんよう」
ふと、リオの顔が歳相応の少女のものへと破綻した。
「例えば――ほらっ、この街を私達で占領するんです!
アドニスの花をいっぱい咲かせてっ、必要最低限の人間だけを残して『飼う』んです!
鎖で繋いでぇ、エッチして人間の子供を産ませるだけの家畜にしちゃうんです!
そうすれば、アネモネを好きなだけ増やせますよ! 永遠に!」
名案だとばかりにリオは表情を輝かせた。
「…成る程、確かにあたし達アネモネからすればそれは理想の世界ね」
「ですよねっ? ネーアさんもそう思いますよね!?」
孤独と、人間達に追い掛け回されるストレスから開放される。
それだけでリオの考えは魅力的に聞こえた。
アネモネは水と日の光さえあれば半永久的に生きられるのだ。
アドニスの中で、人間の『餌』も生成出来るので何も問題は無い。
そしてこの街には結界がある。
事を知って追いかけて来た人間も、そうそう簡単には街には侵入出来ない。
ここをアネモネの拠点とするには最高の場所と言えた。
「でも駄目」
「――どうしてですか」
「今の、本当にあたし達の事を思って考えてくれていたのなら、まあ、いいわ。
でも、違うでしょ?」
リオのそれは、目的ではなく、手段なのだ。
彼女は、ネーアの、アネモネの未来を考えて語っているわけではない。
それは彼女の言動や行動を見ていれば馬鹿でも分かる。
「リオ、貴女はね。自分の復讐を果たす為にこの街を支配しようとしているの。
それは私の為なんかじゃない。リオ自身の我侭の為よ。
復讐を正当化する為に、あたし達アネモネを利用しないで」
(…言い過ぎたかしら)
だがここでその事をはっきりしておかないと彼女は間違いに気付かないかもしれない。
それに、ネーアは信じている。
リオの中にはまだ人の心が残っていると。
「どうして分かってくれないんですか」
獣の瞳がこちらを見据えた。
まるで石ころでも見るような目つきに、再び背筋に冷たいものが走る。
「私、ずっとずっとネーアさんの事を考えてたのに。
どうしたら喜んでくれるか一生懸命考えたのに」
違う。それは良い訳だ。
いや、ひょっとしたら本気でそう思っていた時もあったのかもしれない。
218 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:11:32 ID:Q2wLCt6z
でも今は違う筈だ。
赤くなった両目は、復讐に酔っているようにしか見えない。
どうやって自分を殺した女を苦しめてやろうか、それしか頭にないのだ。
「……ネーアさんも私を裏切るんですね。
父様と同じように。私を捨てるんですね」
「それは違うわ。あたしは今でもリオの味方よ。だからこそ、」
「うるさい裏切り者」
淫魔の肩が震えていた。
(しまった…あたしの馬鹿っ)
相手が年端も行かない子供だという事を失念していた。
正論だけで説得出来たのなら、誰も苦労はしない。
こちらから譲歩して、彼女の意思を少しでも尊重すべきだった。
「…私の味方は姉様だけ」
悪魔がドルキを放り捨て、翼を広げてマリオンの傍らへと移動する。
「……リオ…」
チャームでも掛けられていたのだろうか。
今まで事の成り行きを呆然と見ていただけのマリオンの瞳に、意思の光が戻る。
その傍らに悪魔が着地した。
「ね? 姉様だけは、私の味方だよね?
私が何をしても、許してくれるよね?」
そう問い掛けるリオの表情は歳相応の少女のそれと同じだった。
好きな人に嫌われたくない。
この人だけは甘えていい。
そんな、感情が垣間見える。
だが、マリオンはそれを理解せずに言葉を発した。
「お願いリオ。元のリオに戻って」
それも最悪のタイミングで、最悪の言葉を。
(…馬鹿…っ)
どうしてもっと慎重になれない。
何故そんなにも不器用なのだ。
自分が見限られた以上、マリオンがリオの支えにならなければならないというのに。
そのマリオンにさえ今の自分を否定されたリオは、一体どうなる?
だが、マリオンが不器用なのは元からだ。
それに同じミスをした自分が、彼女を責める資格などない。しかし、
「……姉様まで…」
ふらふらとリオがマリオンから離れた。
その足取りはおぼつかなく、まるで悪夢の中を彷徨う子供だ。
いや、今の彼女にとっては正に今この状況は悪夢以外の何でもなかった。
信じていた者達に裏切られ、独りぼっちになってしまう悪夢。
(何か、何か言葉を掛けてあげないと)
リオは首を振り、両手で頭を抱えている。
このままでは、孤独でリオが潰れてしまう。
思い出せ、この二百年間を。
たった一人で、人間という敵だらけの世界の中を生き抜いてきた苦痛を。
その重圧に、十二歳の子供が耐えられる訳が無い。
「リオ聞いて、あたしは、」
「――きらい」
「…リオ?」
ぼそりと呟いた彼女の言葉。
219 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:12:39 ID:Q2wLCt6z
それは悲しみの嘆きではない。
「義母様も、父様も、姉様も、ネーアさんもっ…っ!
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いきらいきらいきらいキライキライキライっ」
世界を憎む呪詛だ。
「みんな死んじゃええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!」
闇が膨れ上がった。
リオを中心に爆発的に放射される黒い霧に、マリオンの体が吹き飛ばされる。
「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁっっっっ!!!!!!!」
悪魔の魔力に、地面に転がっていたドルキや、門下生達も吹き飛んだ。
ネーアは地面に触手を突き立てながら体を固定し、衝撃波をやり過ごす。
更に飛ばされるマリオンの体を何とか捕まえ、横目でグリーズの様子を伺った。
赤い鎧が吹き付ける黒い霧を遮っていた。グリーズは涼しい顔のままリオを見詰めている。
「…失敗か」
吹き荒れる魔力の中、ぽつりと彼の呟きが聞こえた。
リオの居場所を教える条件として、クロトの安全、ネーアの同行。
それにもう一つ、リオの説得を引き受ける、という三つの条件を要求したのだ。
街の領主が相手だというのに我ながら身勝手な要求だなとは思った。
しかし意外にも彼は懐の深さを示し、その三つの要求全てを呑んでくれた。
今頃クロトは魔術士達により街の外へと転移させられただろう。
そして彼のエスコートのお陰でこの屋敷まで、無事辿り付けた。
(リオの説得は、出来なかったけど)
歯痒い。分かったつもりで、彼女の事を全然理解してあげられなかった。
森の中でマリオンにあれだけ偉そうな事を言っておいて――自分が情けない。
(こうなったら強硬手段ね)
力ずくでリオの戦闘能力を奪い、それから再び説得する。
これだけの被害を出しておいてグリーズがそれを認めてくれるかは甚だ疑問だが。
今は現状を何とかするしかない。
幸い、魔力総量ならばまだこちらの方が上だ。
『繋がり』を利用した、強制力もある。こちらが有利な事には、
「――え?」
(ちょっと、何これ? あの子の魔力、どんどん上昇している!?)
これだけの量の魔力を放出しておきながら、減るどころか増えている?
一体どんな手を使っているのか、それを考え――ふと気付いた。
屋敷の中に、同類達の反応がある。
恐らくリオが屋敷に潜入した際種付けした者達だろうが――
その者達のアドニスから急激に力が失われていくのだ。
このままではアドニスが枯れ果ててしまう、それくらいの勢いで。
そして失われていく魔力と反比例するように膨れ上がるリオの魔力。
(『繋がり』を利用して、アドニスから直接魔力を吸収しているの!?)
吸精能力を持ったネコマタと魔力の扱いに長けた悪魔。
そしてアドニスを胎内に持つリオだけが可能な芸当なのだろう。
それを理解した瞬間、がくん、と体から力が抜けた。
「そんな、あたし、までっ」
「あはははははははははっっ!!! すごいっ!! 力が溢れてくる!!」
狂ったように笑うリオの魔力は既にこちらと引けを取らない。
「『止めなさい、リオ』!!」
「っ!?」
びくり、と悪魔の体が仰け反った。
そう思った次の瞬間にはにんまり、と彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「い、や、で、す♪」
悪魔が腕を一薙ぎ。
それだけで黒い霧がうねり、烈風となり、こちらに叩き付けられた!
220 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:14:11 ID:Q2wLCt6z
「きゃあっ!?」
触手で固定していた地面ごと巨体が吹き飛ばされる。
マリオンを放り出しはしなかったものの、べちゃり、と無様に着地した。
(強制力も効かないっ)
そしてこの体からも魔力が奪われていく。
十やそこらの生まれたての魔物に下克上を突き付けられ、絶体絶命を迎えていた。
(これは、本気でやばいわね)
リビディスタの門下生達が戦術を組んで挑み掛かれば勝てるだろう。
だが彼らの主戦力は街の外で待機している魔物達の殲滅で手一杯だ。
魔物達を倒したその頃には屋敷の人間は全滅である。
となれば最後の望みは。
ネーアの縋る視線に答えるように、一人の男が地を蹴った。
***
リオは視界の端で、何かが猛烈に近付いてくるのを捉えた。
特殊な加工がされた鎧はある程度の魔力耐性を所持しているらしい。
こちらが放つ魔力をものともせず一直線に突っ込んで来た。
さしずめそれは赤い弾丸。
年齢を感じさせない鋭い踏み込みに、こちらも爪を伸ばし、迎撃を試みる。
(ふふふ♪ 今の私なら、父様だって倒せる♪)
屋敷のメイド達やパセットに植え付けたアドニス。
更にネーアからも魔力を吸収し、今では全快状態のネーアと同等の力を得ている。
ただ、あの赤い鎧は精神防御能力すらもあるようで、彼の思考を読む事は出来なかった。
まあ、その程度、丁度いいハンデになるだろう。
向こうは五十近い老体。
対してこちらは魔力を補充したばかりの魔物。
負ける筈が無い。
人を止め、手にした力を思う存分見せ付けてやる。
(大体、父様丸腰じゃないですか)
黒い霧の中を掛ける男の手は空っぽだ。
かと思った瞬間、その手から青い魔術陣が生み出される。
(ああ、そっか。そう言えば父様、剣を転移させる魔術を使えるんですね)
あらゆる剣を状況に応じて使い分ける。
それが剣神と謳われる由縁だ。
だが種が明かされていれば怖いものではない。
力でねじ伏せてやる。
「行くぞ」
ご丁寧にも父親は攻撃前に声を掛けてくれた。
子供だと思って舐めているのか。
その手に握れられているのは細い、変わった意匠の黒い鞘。
『反り』のある刀身を封じ込めた鞘を左手に携え、右手でその柄に触れる。
刀身の大きさはそれほどではない。
鯉口を切り、闇の烈風の中僅かに覗いたそれは細く、薄い。
そんなナマクラ、へし折ってやる。
こちらから間合いを詰める。
右手に魔力を集約。ブレード状に固定した赤い爪を振り被り――袈裟切りに叩き付ける!
同時に、グリーズが黒い鞘から刀身を引き抜いた。
常人には捕らえる事の出来ない神懸り的な居合いも、今のリオはしっかりと捉えていた。
ぎいん!
赤い爪と異国の剣。それが交わった瞬間、高々と剣戟の音が響き――
「――えっ!?」
あっさりと消滅した赤い爪を見て、愕然とした。
そしてそれを見逃すグリーズでは無かった。
221 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:15:24 ID:Q2wLCt6z
返す刀が悪魔の首を狙う。
「こ、のぉっ!!」
左手の爪に瞬間的に魔力を集約。
惜しみなく魔力を消費して、頑丈な刃を生成した。
ぎいいいいぃぃぃんんっ!!
白刃と赤い爪が、鍔迫り合い、魔力の光を散らす。
それが予想外だったのか、グリーズが『ほう…』と感嘆の声を静かに漏らした。
(どうですか、父様? 驚きましたか?
舐めないで下さい。私はもう、一人前のモンスターなんですよぉ!!)
左手で攻撃を受けている間に右手に再び赤い刃を生み出す。
それをがら空きになったグリーズの左脇に繰り出そうと思った――その直前、
赤い鎧が僅かに捻れた。
グリーズが逆時計回りに体を回転させたのである。
それだけで白刃を受け止めていた左の刃が紙切れのように引き裂かれた。
「っ!!?」
ひゅんっ、と耳元で風切り音が唸る。
反射的に翼をはためかせて後方へと跳躍、斬撃を回避する。
(危なかった…!)
反応が一瞬でも遅れていたら首を切り落とされていた。
何が五十近くの老体だ。冗談じゃない。
楽に倒せると思ったのがそもそもの間違いだった。
これだけの魔力を得ても、やった対等に渡り合える――とでも言うのか。
ぎり、とリオは歯を食いしばりグリーズを睨み付けた。
彼は鉄面皮のまま、こちらを見据えるだけだ。
あれだけ重そうな鎧を着ているのに汗一つかいていない。化け物じゃないのか。
(魔力の放射は、無駄かも)
先程から爆発的に垂れ流している黒い霧もあの鎧の前では目くらまし程度にしかならない。
大量に吸収した魔力も無限ではない以上、使い過ぎは只の浪費だ。
リオは自身の体から放射していた黒い霧を再び自分の体へと吸収する。
庭とも言える玄関先に日の光が再び差し込み、視界が回復していく。
「片刃の剣は、叩く事よりも切る事に特化されている。
この剣もそうだ。刀身の『反り』は叩き付けただけでは効果を成さない。
これを引くか、押すか、そうする事で初めて対象を『切る』事が出来る」
「そう、でしたね」
姉の剣の訓練を何度か見た事があるが、そんな話をしていたかもしれない。
何年も前の事なのでうろ覚えだったが、今しがた体で経験して、それを思い知らされた。
「そして――」
グリーズが鞘を放り投げ、剣を地面に突き立てる。
と思った瞬間には何かがこちらに向かい飛来してきた。
「っ!?」
ひゅひゅんっ!!
こちらの体を射抜こうとするのは二本のナイフだ。
それを大きく横に跳躍し、かわす。
「距離をとったからと言って安心するな。
ワシは、何処からでも貴様を狙えるぞ」
じゃらり、と両手で計八本のナイフを扇状に広げて見せる。
さっきはあれを投擲して攻撃してきたのか。
「だったら、こっちにも考えがありますっ」
ばさり。翼をはためかせて飛び立つ。
グリーズは屋敷の地下にある専用の武器庫から獲物を転移させ、手元へと呼び寄せる。
その数も有限ではあるだろう。
だがあのサイズのナイフくらいならほぼ無限と言って差し支えないほどのストックが在る。
弾切れを狙うには時間が掛かりすぎる。
それなら、こちらも同じ事をしてやればいい。
リオは体内に蓄積させた魔力を消費。中空に大量の赤い刃を生成する。
大きさはグリーズが手に持つナイフとほぼ同等。それらの刃先がグリーズに狙いを定める。
222 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:16:54 ID:Q2wLCt6z
「…む」
「いけぇぇぇっっ!!!」
ひゅひゅひゅひゅん!!
リオの掛け声と同時に、魔力の刃がグリーズに向けて降り注いだ!!
ずががががががががががっっ!!!
「…おっかないわね…っ」
少し離れた所でネーアが小さく声を上げていた。
グリーズを狙う赤い雨とも言うべき攻撃は石畳の地面を粉砕し、辺りに破片を撒き散らす。
赤い雨に穿たれた地面は深く掘り返され、その下の土を露出させた。
人間が喰らえば、その鎧ごとミンチにしてしまうほどの威力だ。
だがそれも当たれば、の話だ。
「このっ、このぉっ」
リオは次々と赤い刃を生み出してはグリーズへと放つが――当たらない。
鎧を着たままグリーズが軽やかなに地を駆ける。
その動きは五十近くの中年とは思えない程、素早い。
グリーズは植え込みの木を縫うように庭の中を縦横無尽に駆け回る。
「このっ! 速いっ、当たらないっ――にゃうっ!?」
不意に飛んできた八本のナイフを空中でなんとか回避する。
グリーズが走りながら投擲したものだ。
(き、器用な事をっ)
だが飛び回りながら攻撃すれば、向こうの攻撃もなかなか当たらない。
疲れて動きが鈍くなった所を仕留める!
と思った矢先に彼の体が屋敷の陰に隠れて見えなくなった。
「に、逃げるの!?」
いや、追いかけて来たところを不意打ちを食らわすつもりだ。
ここは慎重になって――いやいや、こちらが尻込みをしている間に体力を回復させる気か?
(技術では、敵わないのは分かってる)
まともに戦っては勝てない。
となれば向こうのスタミナ切れを狙うのがやはり得策なのだ。
人質を取る事も考えたが――それは何だか嫌だった。
卑劣な手段を用いるのは、ドルキだけでいい。
(私は、実力で父様を倒すっ)
決意を固めて中庭の方角へと走り去ったグリーズを追う。
ただこれが罠である事は分かっている。
文字通り足元を掬われないよう、注意しながら建物の角から顔を出した。
(――居ない?)
逡巡していたのはほんの数秒だ。その間に、どこに消えたというのだ。
「どこを見ている」
声は『頭上』から聞こえた。
「え?」
慌てて振り仰げば、上から長大な剣を構えたグリーズが降って来た。
(っ、何で、上からっ!?)
避けられるタイミングではない。
慌ててブレードを両手で生成。それを交差して、剣を受ける。
次の瞬間、二の腕に千切れるかと思うほどの衝撃が走った。
良く見ればグリーズが振り下ろしたのは彼の背丈よりも遥かに長い剣だ。
ツヴァイハンダーと呼ばれる両手持ちの大剣よりも更に大きい。
剣などと言うのもおこがましい、鉄板だ。
どうやって屋敷の上まで上ったのか知らないが、こんな物を叩き付けられたら、
(お、ちるっ)
落ちるだけなら兎も角、地面と剣でサンドイッチにされてしまう。冗談じゃなかった。
「こ、のおおぉぉぉっっ!!!」
自由落下する体を捻り、一方向に目掛けて魔力を放出する。
噴出した黒い霧は推進力となり、体を捻った動きを合わせて小さな体を回転させた。
がんっ!!
裂帛の掛け声と共にリオが放ったのは蹴りだ。
223 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:18:25 ID:Q2wLCt6z
体を回転させ、斬撃から横に脱出しながら、同時にその剣の腹を蹴り飛ばす。
「っ…!」
破れかぶれの行動だったそれは功を制した。
蹴り飛ばされた大剣は中庭の中央に弾き飛ばされ、リオは蹴りの反動を利用して着地した。
「と、ととととっ…!」
と思ったが脚にも腕にも負担が掛かっていたらしい。
たたら踏んで、その場で情けなく尻餅をついてしまう。
(生きていただけ、よしとしなきゃね)
鎧同士が擦りあう音を立てながら、グリーズが僅かに離れた位置に着地した。
あいも変わらずポーカーフェイスで、うんざりしてしまう。
「良く凌いだものな」
「…お褒め頂き光栄です」
「だが油断していたのも事実だ。
自分が飛べるからと言って、相手が常に自分よりも下に居ると思わない事だ」
言いながらグリーズは屋敷のある一点を指差した。
そこはグリーズを追撃するリオから見て、丁度死角になっていた場所だ。
建物の角から少し離れた壁に、剣が何本が突き刺さっている。
剣は屋敷の上を目指し、およそ一、二メートル間隔で突き立てられていた。
「まさか、壁に突き刺した剣を足場にして、上ったのっ?」
「空を飛ぶ魔物相手には重宝する戦術だ。
そういうものに限って、まさか相手が自分より高い場所にいるとは思わないだろうからな」
「…くっ」
図星を突かれて、歯噛みした。
伊達に歳は食っていないという事か、実戦経験が違いすぎる。
下手な戦術は、こちらの身を滅ぼすだけだ。
(だったらっ)
再び両手にブレードを生成。
「真っ向勝負ですっ!」
「その意気や良し」
突っ込むリオに答えるように、グリーズも両手から剣を生み出した。
***
剣戟の音が高々と響いていた。
両手にブレードを生成したリオと、同じく二本の曲刀を生み出したグリーズ。
父と子が、真正面から切り結んでいる。
(……凄い)
リオとグリーズの切り合いを見詰めながら、マリオンは心底感心していた。
何が凄いかって、あのグリーズとまともにリオが戦っている、という事が、だ。
最初は怒りに我を忘れたリオにどうしようかと頭を悩ませていた。
だが親子で繰り広げられる死闘は意気を呑むほど激しく、目が離せない。
気が付けばマリオンは剣神と悪魔の戦いに見惚れてしまっていた。
「……助けないの?」
この体を抱きとめるアネモネの女が至極当然の疑問を口にした。
助ける対象がリオだとしてもグリーズだとしても。
戦いを止めなければどちらかが死ぬ事になるだろう。
「そんな事しない」
だがそれは、父親の――剣神に対する侮辱だ。
「何となく、分かったの」
「何を?」
「父様の事」
今まで、グリーズという個人を何も理解してなかった。
無表情で。口数が少なくて。何を考えているか分からない。
リオをレイプした鬼畜かと思ったら、アネモネのネーアをこの場まで案内してくれた。
リオを陵辱した父が、本当の父なのか。
それとも――
224 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:19:41 ID:Q2wLCt6z
『違わないわよ。あの人、ちゃんと優しいところもあるもの。
病気だって分かった時、真っ先に様子を見に来てくれたしね。
週に一度はお見舞いに来てくれるし。不器用だけなのよ』
リオの母、リシュテアが遺してくれた言葉を思い出す。
彼女が言った通り、グリーズは不器用なだけで、優しい人間なのだろうか。
結局どちらが本当の彼なのかは分からない。
だが、一つだけはっきりしている事が分かる。
彼は今、リオとの戦いを愉しんでいる。
「攻撃が単調だ。そんな事ではすぐに裏をかかれる」
「うるさいっ! じゃあ、こうだっ」
ブレードによる斬撃に混じり、不意に赤い爪による射撃攻撃が放たれた。
だがそれも読まれていたのかグリーズが二本の剣で弾き、防御している。
「攻撃のバリエーションを増やすのはいい。だが、決定打にはならんな」
「くぅっ…!」
グリーズとリオが切り結ぶ度に彼は何かしらのアドバイスを与えているようだった。
そしてリオも彼の言葉を覚え、学習し、急激に成長しているのだ。戦士として。
グリーズは、そうして成長しているリオと戦う事を、愉しんでいるように見える。
(そういえば、私も、父様に剣を教えてもらった時は、こんな感じだった)
足りない所、至らない所を淡々と指摘される。
そして体が間違いを直すまで何度も何度も同じ訓練が繰り返される。
当時のマリオンはそんなグリーズに優しさは感じる事は無かったが……
(父様…嬉しそう…?)
リオと切り結ぶグリーズはかつて無いほど口数が多い。
それにリオの繰り出す攻撃や挙動に微かだが表情を動かしている。
笑みの形に。
「くっ、正面からじゃっ」
「来ないのか? ならばこちらから行くぞ」
距離を取ったリオを追いかけるようにグリーズが踏み込む。
リオは二本のブレードで迎撃しょうとするが――
ぎんっ! ぎんっ、ぎぃんっ!
一回、二回、三回と、剣を交える毎に小さな体が後退する。
グリーズのから放たれる斬撃は一発一発が重く、速い。
それを二本の腕からあらゆる角度、速度で放たれるのだ。
緩急のついたその連撃はまさしく電光石火。
赤い刃と交わる度に火花を散らし、悪魔の細腕を跳ね上げる。
「このっ…はなれろぉ!!」
ばしゅう!
悪魔がグリーズ目掛けて魔力を放射した。
黒い霧は赤い鎧の防御効果によりすぐに霧散した。
「目眩ましか」
グリーズの言葉のすぐ後に赤い凶弾が彼を貫こうと飛来する。
それをあっさりと二刀で弾き飛ばした。
「……ほう。魔力の放射を目眩ましと移動に使うか。成る程、線がいい」
ほらまただ。
リオのアクションに対して、グリーズが僅かに微笑んだ気がした。
彼は、リオと決闘している――のではないのだろう。
恐らく、稽古をつけているつもりなのだ。
「リオよ。気付いただろう。戦いには――人には間合いというものがある。
個人の力を最大限に発揮出来る距離だ。
このワシと正面から切り結ぼうなどと、愚の骨頂と言えよう」
「……みたいですね」
225 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:21:29 ID:Q2wLCt6z
「逆に、貴様にはそれが無い。
戦い方に幅はあっても、自分を活かせる間合いが無い。
一対一の戦いにおいては。
相手の間合いに入らず、いかに自分の間合いで戦うかが勝利の鍵となる。
リオよ。先ずは、自分の間合いを見つけろ……でなければ死ぬだけだ」
「敵に塩を送っているのですか? …余裕ですね、父様?」
「…そうでもない」
(あ、笑ったっ)
自嘲気味に言った彼は、確かに笑っていた。
慣れない顔の筋肉を引き攣らせて、子供が見たら泣きそうな顔だったけど。
実の娘との決闘の最中、剣神と謳われた男は人間らしい、笑みを浮かべていた。
「父様、今笑ってたっ?」
「…みたいね…なんか、あの人、想像していたのとはイメージ違うわねぇ。
本当にリオをレイプした人と同一人物なのかしら?」
(それはこっちが聞きたい)
だが真実は当人達しか知らない事だ。
自分達には、この戦いを見届ける事しか出来ない。
勿論、リオが危機的状況に陥るような事になれば割り込むつもりだが。
グリーズの表情を見ていれば、彼は間違っても娘を殺すような事は無いと確信できた。
***
(良くぞ、ここまで成長した)
射出された赤い爪を弾き飛ばしながらグリーズは感嘆していた。
リオが居なくなった時は本気で心配したものだ。
あの体で森にでも入ったら命は無い。
だが妻であるドルキを蔑ろにも出来なかった。
自分を慕い、これまで背中を預け、子を産み、そして共に歩んで来た伴侶。
周りが見えなくなる時もあるが、彼女を愛しているのもまた事実なのだ。
そのドルキが、愛人であるリシュテアを憎む理由も分かる。
そしてその娘を憎む理由も。
何より母子揃ってグリーズと交わったのだ。
ドルキにしてみれば寝取られたようなものなのだろう。
彼女には悪い事をした。
それはリオにも言える。
かつてリシュテアと交わった時の様に鬼畜のように責め立ててしまった。
慙愧の念に駆られながら、それでもリオを求めて止まなかった。
娘の瞳が。香りが。その髪までも。
リシュテアの面影を強く遺していたせいで、歯止めが利かなかったのだ。
「ふっ、シャアァァッ!!」
魔力の放射を利用し、リオが急激に間合いを詰める。
振りかざされた赤い凶刃を受け止め、流れのまま受け流す。
勢い余った娘の体は僅かに離れた地面へと吹き飛び、すぐに体勢を整え着地した。
娘は傷付いただろう。
心も、体も。
だがそうやって彼女を傷つける事が、彼女を屋敷に置く為の理由にもなったのだ。
剣も魔法も使えないのだからせめて夜伽の相手だけでも勤めろ、と。
そんな言い訳を続けて、ドルキと、リオの二人をずっと苦しめてきた。
だからリオの行方不明は他言無用で、信頼出来る門下生だけに娘の捜索を依頼した。
ドルキの精神的負担も考え、何らかの形でリビディスタからは出て行ってもらおう。
そう考え、準備していた矢先の事なので素早く対応する事も出来た。
事が上手く運べば、ドルキの精神も安定する。
リオは隣町の娼館『セイレン』に引き渡される予定だった。
226 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:22:45 ID:Q2wLCt6z
『セイレン』はリシュテアの勤めていた店で、今も営業を続けている。
店にはリシュテアに好意的なスタッフが何人も居る。
彼女達はリシュテアの忘れ形見であるリオの到着を心待ちにしている筈だった。
(それがまさか、アネモネに拾われるとはな)
再びリオが突貫してくる。
学習が早い。正面に立っての切り合いはめっきり減ってしまった。
今ではこうやって着かず離れずの距離から一撃離脱の戦術を取っていた。
これがモンスターリオの『間合い』らしい。
悪魔の飛行能力。ネコマタの俊敏さ。
それに魔力放射による急速移動を使い、縦横無尽に駆け回る。
目で追い切れない事は無いが、中々速い。
腕利きの門下生でも捉えるのは難しいだろう。
「しゃあっ!!」
ぎいんっ! ぎいんっ!
息をつく暇も無くリオのヒット&アウェイが続く。
勘を掴んできたのか回数を重ねる毎に速さと一撃の重みが増してきた。
この鎧には魔力遮断の効果以外に、筋力強化や、体力増強の効果をも持つ。
先程から人外の力と真っ向から切り合い、力で押し勝っている事にはそういう理由がある。
だが、それにも限度はあるのだ。
戦い方を徐々に学び、急激に強さを増していくリオに、段々と手加減する余裕が無くなる。
(…流石に堪えるな。歳には勝てんか)
そうだ。ネーアと名乗ったアネモネ。
彼女はどことなくリシュテアと似ていた。
顔の形も、声も、髪も、何もかも違うが、纏っている空気、というか雰囲気が似ていた。
モンスターの分際で人間臭く、他人の世話を焼きたがる不思議な女だった。
リオにアドニスの種子を植え付け、悪魔へと堕とした張本人でもあるらしい。
だが、それが魔物の凶暴性に任せて行った事ではないのだろう。
それは人間的な優しさや思考の末の選択であったと理解出来る。
(クロトの身の安全。屋敷までの連れ添い。リオの説得、か)
リオの居場所を聞き出すのに求められた条件だ。
街の領主である自分に対し臆さず、よくもまあこうも傲慢に物を頼んだものだ。
その厚かましさもリシュテアそっくりだった。
だからだろう。周りの門下生達の声もろくに聞かずに、ネーアの言葉に従ってしまった。
説得が失敗したのも、仕方が無い。
今のリオは心までもが魔へと堕ちてしまっている。
聞く耳など有って無いようなものだ。
それに、
(説得が成功していたら。こうして一戦交わる事も無かったか)
襲い掛かるリオの攻撃を受け流そうと剣を走らせ、
同時に悪魔がその軌道を大きく変えた。
「っ!?」
(魔力噴射かっ)
矢のように一直線に伸びてきたブレードの突き。
それが交差する直前でリオが横へと魔力を噴射した。
只の突きが、体を回転させながらの斬撃へと一瞬で切り替わり、反応が僅かに遅れる。
ぎいぃんっ!
二人の影が交差し、リオが地面へと着地する。
「…これでも、駄目なんだ」
「いや、危なかった」
227 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:23:58 ID:Q2wLCt6z
鎧の左わき腹部分がばっくりと切り裂かれている。
反応が遅れた分、ブレードが鎧を掠ったのだ。
対魔力防御も兼ねた鎧がこうも易々と破壊されるのだから直撃を受ければ只では済まない。
(本当に、良くもここまで強くなったものだ)
行方不明になってから一日と経たない内に非力な少女は立派な戦士になっていた。
魔物になった影響も少なくはないだろう。
だが咄嗟の機転や、飲み込みの速さ、それに戦いのセンス。
それらは魔物になっただけでは身につかないものだ。
あえて言うなら、それらは生まれ持ったリオの才能。
(お前は、本当に、ワシの娘なのだな)
健康な体で育っていれば、今頃立派な戦士になっていたかもしれない。
それも、詮無い事か。
(そろそろ、潮時か)
深呼吸をし、高鳴る心臓を落ち着かせる。
反応が遅れたのは不意を突かれた事だけが原因ではない。
疲労が溜まってきたからだ。
(血湧き肉踊るが…年寄りには少し堪えるな)
リオと戦う前から魔物を迎撃していたのだ。
鎧の力を差し引いても、体力が持たない。
それを悟られないように立ち振る舞っては来たが所詮はやせ我慢。
「もう、終わりにするか」
ひびの入った二本の曲刀を地面に突き刺し、新たな剣を呼び出す。
オーソドックスな、両刃の剣だ。
決闘も終局を迎えようとするこのタイミングで使うのだから、勿論考えがある。
切り結ぶ度に少しずつ移動し、今では二人とも玄関前の広場に居るのだ。
ここには、地面に突き刺さったままのムラマサが存在する。
耐魔力効果を持った異国の名剣。
物理攻撃の殆どを、魔力で生成した刃に頼るリオにとってこれは天敵。
だがムラマサを使っていたのは最初だけだ。
時間も経ち、一度手放した武器を使い回されるとは思うまい。
だが刀に向かって一目散に向かえばリオもその意図に気付いてしまうだろう。
それでは意味が無い。
「…父様?」
「少し名残惜しいが…楽しかったぞ」
言ってから自分でも驚く。が、さもありなん。
戦う事しか出来ない根っからの武人が、娘と対等に渡り合ってきたのだ。
あの、リビディスタの汚点とまで言われてきたリオが、剣神である自分と、である。
嬉しいに、決まっていた。
娘の成長を誇りに思う。
「…え…?」
案の定というか、リオは呆気に取られた顔をしていた。
殺し合いの最中、敵から掛けられた言葉はアドバイスでもなんでもない。
毒気が抜ける――とまではいかないものの、人間らしい言葉に困惑しているようだった。
(だがそれでは困るな)
「行くぞ。リオ」
まだだ。まだ伸びる筈だ。
生まれ持つ天賦の才を、この目に見せてみろ。
「最後の教訓だ。利用出来る物は何でも利用しろ」
無論、それは人質を取る、という意味では無い。
遮蔽物や地面に落ちている武器となり得る物。
地形や敵の携帯物など、戦場に常に目を見張り、利用しろという事だ。
転移させた剣を大地へと突き立てた。
ずんっ!!
同時に大地が鳴った。
地鳴りと共に足元が揺れ――突如石畳の床をめくり上げて、大地が隆起した。
ずどんっ!! ずどんっ!!
228 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:25:35 ID:Q2wLCt6z
「っ!?」
リオの足元から、その小さな体をミンチにしようと大地が襲う。
隆起した地面の先は尖り、直撃すれば風穴が開いてしまう。
リオはそれを嫌がり、後方へと下がった。
その隙を見逃さず、ムラマサの元へと走り、回収する。
隆起した地面が視界を塞いでおり、リオからは見えなかっただろう。
大地の隆起は一瞬で元に戻る。
美しい広場を滅茶苦茶に破壊した岩の槍は崩れ、砂塵となって視界を殺す。
グリーズはその中に踏み込んだ。
ムラマサを鞘に納刀し、いつでも居合いを放てるようにする。
同時に黒い霧が吹き付けてきた。
間合いを詰めるこちらに対する牽制なのだろう。
構わない。このまま突っ込んで、
黒い霧の中に、爛々と光る猫目を見た気がした。
打ち合うつもりなのだろう。
視界が悪いなら人外の瞳を持つ方が有利と踏んだのか。
それもいい、だが賭けはこちらの勝ちだ。
ぶうんっ。
黒い霧の中、旋風が巻き起こる。
(そういえば、ブレードの光が見えんな)
構わず鞘から白刃を滑らせて、
眼前から鉄板とも言うべき巨大な剣が振り下ろされた。
「っ!?」
反射的に居合いの角度をずらす。
本来ならば真横一文字に『切り裂く』太刀筋を、斜め下へと『受け流す』太刀筋へ。
だが、
ぎぃんっ!
圧倒的な質量の前に、あっけなくムラマサが粉砕された。
当たり前だ。どれだけ技術が高くとも、刀で鉄板は切れない。
(ワシの剣を使うか…っ)
ずがぁんっ!!
リオの身の丈の倍以上がある大剣が、地面を粉砕し、土と石をばら撒く。
剣の軌道を逸らしたお陰で体への直撃は防いだが、腕に激痛が走っていた。
骨にひびでも入ったか。
それでもリオは容赦しない。
地面を穿つ大剣を引き抜き、振りかぶり、
「うああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
横薙ぎの一撃が襲い掛かる。
回避は無理だ。リーチが長すぎてかわし切れない。
両手に剣を転移。
それを交差した瞬間、体が粉々になるような衝撃が走った。
***
「うああぁぁぁぁぁっっ!!」
ぎぃいぃんっ!!
返す刀がグリーズの体を弾き飛ばした。
防御の為に交差した二本の剣を粉砕し、赤い鎧の胸部を砕く。
決まったか?
229 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:26:30 ID:Q2wLCt6z
咄嗟の思い付きだった。
利用出来る物は何でも利用しろ。
その言葉にグリーズが使った規格外の大剣を使おうと思ったのだ。
大地の隆起により互いの視界が塞がれた時。
魔力を鎖状へと変換し、中庭に突き刺さったままの大剣を絡め取り、手元へと引き寄せた。
魔力の霧を放射すれば向こうの視界を更に封じる事が出来る。
結果、グリーズに読み勝つ事が出来た。
向こうがあの刀を使わなければ、また少し違った結果になるかもしれなかったが。
兎も角これで終わりだ。
あのダメージではいくらグリーズと言えども――
(…いや、まだっ)
赤い鎧を纏った英雄は無様に地面に倒れる事無く着地した。
顔を上げたグリーズの目から戦意は消えていない。
鋭い眼光が、未だに負けを認めないようにこちらを見据えている。
(だったらっ)
大剣を放り投げ、両手にブレードを形成する。
ダメージも与えた。動きも鈍っている。
もう、彼との戦力差は殆ど無い筈だ。
「父様あぁぁぁっ!!」
何の策も無しに突っ込む。
ブレードへ魔力を惜しみなく注ぎ込み、赤い刃を最強の剣へと変える。
対してグリーズも両手に再び剣を転移させ、こちらへと果敢に踏み込んできた。
疲労を感じさせない獅子奮迅の勢いだ。
青い瞳が、殺気すら放ち、こちらを睨みつける。
(容赦はしませんっ!)
背中から魔力を噴射、後方へとGが掛かり急加速する。
地から脚が離れ、悪魔の体はまるで矢のようにグリーズへと突貫した。
瞬く間に、二人の距離が縮まっていく。
その中で、リオは次の手を既に考えていた。
この突進で終わるとは思っていない。きっと回避されるだろう。
だが魔力噴射を利用して再突撃を仕掛ける。
グリーズはもうこちらの速さに対応し切れない。
当たるまで、何度でも何度でも突撃してやる。
「ああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
眼前のグリーズを見据える。
彼はこちらを迎撃しようと脚を止め、両手に持った二本の剣を振りかぶった。
ぎりぎりのタイミングだ。
向こうが捨て身の覚悟で切り替えして来れば、こちらも只では済まない。
グリーズを倒しても、この後リビディスタの門下生達とも戦わなければならないのだ。
体力を少しでも温存しておく必要がある。それは分かっているのだが。
(構うもんかっ)
後の事なんて考えていられない。
だって、こんなにも『楽しいのだ』。
あの父との戦いが。血湧き肉踊る死闘が。
それを無下に出来る訳が無い。
手を抜く事も、尻尾を巻いて逃げる事も、打算で戦う事もありえない。
自分の出せる力を全て使い、敵を倒す。それが、快感なのだ。
だから後先の事など考えない。
今は目の前の敵を、鼻先まで迫った父親を倒し、
『少し名残惜しいが…楽しかったぞ』
230 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:27:55 ID:Q2wLCt6z
(あ…何で、)
このタイミングで、雑念が。
先程のグリーズの言葉が、微笑が、脳内でリフレインされ、動きが僅かに鈍る。
だがコンマ何秒の時間すら、この戦いでは致命的だ。
ほら、グリーズの剣が今にも、この体を叩き切ろうと振り抜かれ――
――無い。
彼は剣を振りかぶったままで、こちらに攻撃してこない。
まるで時が止まったかのようにその体は硬直したままで、
直後に、赤い凶刃が深々とグリーズの腹へと突き刺さった。
突進の勢いのまま、彼を刺してしまった。
『…それでいい』
鎧を貫通した腕から、グリーズの思考が伝わって来た。
『最後の最後で油断したな……危うく切ってしまう所だった』
(…え?)
危うく、切ってしまう? 何だそれは。
まるで、最初から殺す気が無かったような言い方ではないか。
(…まさか、さっきの)
こちらの隙を狙って攻撃しなかったのは、ワザとなのか。
「…どうして…?」
ブレードを解除する。これはもう必要ない。
こちらの勝ちだ。
ただ、この勝利はおそらく『最初から約束された』ものなのだろう。
グリーズと視線が交わった。
さっきまで殺気を纏わりつかせていた戦士のそれとは違う。
彼は、穏やかな――そう。父親の顔をしていた。
『気付いたか…流石、リシュテアの娘だな……勘がいい』
「そんなの誰でも気付きます! 母様の娘だとかそんなの関係無い!
卑怯ですっ! 父様っ、ワザと負けるだなんてっ、そんなの納得出来ません!」
『……そうか…心が読めるのか…鎧が無ければ、ワシは最初から負けていたな』
「そ、そんな事、やってみないと、」
びしゃり。
「きゃっ!?」
唐突に、顔面に熱い何かが吹き付けられた。
目には入らなかったものの開いた左手で目元を拭う。
そして再び目を開いた時、視界が真っ赤に染まっていた。
グリーズの血だ。
「…あ…ああぁぁぁっ…!?」
(わ、わたし、なんで、こんなっ)
戦いの興奮が冷め、人間的な感情が蘇る。
(死んじゃうっ、父様が死んじゃうっ)
慌てて腕を引き抜く。
げぼっ、と血の塊が再びグリーズの口から零れ、黒いスカートを赤く染めた。
「父様、父様っ」
呼びかけると返事の代わりに掌を握られた。
豆だらけの大きな手。
昨日までは、この手は幼い体を叩き、蹂躙するものだと思っていた。
だが今は…違う。
温もりを感じるのだ。彼の穏やかな心と共に。
『喋らなくてもいい、というのは便利なものだな……
勝負は、お前の勝ちだ……リオよ…』
231 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:29:22 ID:Q2wLCt6z
「そ、そんな事、」
『どうした…? もっと喜べ…仮にもワシに勝ったのだ…誇ってもいい』
「そんなの…っ、そんなのどうだっていいですっ!
確かに、父様と戦っている時、少し楽しかったっ!
でも、私、父様の命まで、欲しくなんか無いっ!」
そうだ。
ドルキに復讐する事も大切だ。これはいまでも変わらない。
でもそれとは別に、もう一つささやかな願いを持っている事に今更気付いた。
「私、父様にもっと甘えたかった!」
自分には母親は居ないが、父親なら居る。
ならその男に甘えれば良かったのだと気付いたのだ。
「エッチな事も、剣の修行でも、何だってやります!
でも、その分だけ、私に甘えさせて下さいっ。
一緒に、ご飯を食べたり、一緒に本を読んだりっ…!
そんな当たり前の事で良いんですっ!
ちゃんと、私の『お父さん』をして下さいっ!!」
悲痛な声が、広場に響き渡った。
『…すまん。駄目な父親だったな』
そっと、血に濡れたグリーズの右手が頬を触る。
熱い血潮が左の頬へと塗りたくられると、それを離すまいと上から押さえつけた。
『以前写真で見せてもらった事がある……
幼い日のリシュテアとそっくりだ…』
「だったらっ、私に、もっと母様の事、教えて下さいっ!
私っ、何も知らないんですっ!
母様の顔もっ、声もっ、好きな物とかっ、嫌いな物とかっ…
全部、全部教えてくださいよっ!
父様、剣神なんでしょう!? 英雄なんでしょう!?
こんな事で、死にませんよねっ!?」
自分でも無茶な事を言っているのは分かっている。
だがネコマタの眼が、彼から大量の血液と共に精気が抜け落ちていくのを捉えるのだ。
『無茶な事を言う…そんなところまで…あいつに似たのか?』
ふ、と口の端から血を流したままグリーズが不器用に微笑んだ。
穏やかなブルーの瞳に、少女の顔が映っている。
猫耳を生やした悪魔の瞳は、青と赤の猫眼だ。
父と同じ、ブルーの右目だ。
『やはり、お前はワシの娘だよ…愛しい……我が子……よ……』
彼の手から力が抜ける。
抜ける空のような瞳から徐々に意思の光が消えていく。
グリーズから、命の火が消える。
「…あ、ヤダ…っ、死んじゃ嫌ですっ! 父様っ、父様ぁっっ!!」
「……リオ、退いて」
瀕死のグリーズに泣き付く所を、背中から引っ張られた。
232 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:31:14 ID:Q2wLCt6z
振り向くと、強張った表情をしたマリオンが立っている。
「…姉様…っ、父様がっ、父様がっ」
「分かってる」
マリオンがグリーズを治癒しようと試みる。
回復を意味する白い魔術陣がグリーズの体を取り囲み、淡い光で包み始めた。
春の木漏れ日を連想させる暖かな光が、グリーズの腹に開いた傷を徐々に塞いでいく。
「ほら!! アンタ達も回復魔術が使えるでしょうっ!! 何をぐずぐずしているの!?
この人はアンタ達の大将でしょうが! 死んじゃってもいいの!?」
遠巻きに見ていたネーアが、何時の間にか眼を覚ましていた門下生達に檄を飛ばす。
治癒専門の魔術士達が顔を見合わせると、事態の深刻さに気付きグリーズへと駆け寄った。
白い魔術陣が一つ二つと数を増やし、グリーズの全身を眩い光が包み込む。
しかし何重にも治癒魔術が発動しているにも関わらず、彼の顔は土気色のままだ。
血が足りない。傷が塞がっても、それでは意味が無いのだ。
そしてそれを理解しているのだろう。
門下生達の諦めに似た表情を浮かべたいた。
『こんなの無理よ…』
『駄目、助からない…』
『この化け物のせいだ…』
『グリーズ様が…グリーズ様が…っ』
彼女達の絶望の声が聞こえる。
口に出さなくても、心の中では諦めていているのだ。
そして誰のせいで剣神と呼ばれた男が生死を彷徨っているのか。
彼が死んだら怒りの矛先を誰に向ければいいのか。
密かに叩き付けられる憎悪を敏感に感じ取って、リオはすっかり萎縮してしまった。
だがその中で、マリオンだけは希望を捨てていなかった。
『絶対助ける』
無駄だと分かっていても治癒魔術を止める気配は無い。
『本当に、不器用なんだから。
私ちゃんと分かった。父様、最初からリオを殺す気なんて無かった。
ずっと手を抜いて戦ってた。馬鹿。甲斐性無し。鬼。鬼畜っ』
「さっさと眼を覚ませこの駄目オヤジっ!」
悲鳴同然に叫んだマリオンの瞳にも薄っすらと涙が浮かんでいた。
「リオに謝って! 眼を覚ましてっ、酷い事して済まなかった、って! 謝るのっ!
死ぬならそれから死ねばいいっ! この子の事も、考えてっ」
俯き、喚き散らすマリオンの姿は普段の彼女から想像出来ない。
生の感情を剥き出しにした彼女の姿に、門下生達も、リオも唖然としてしまう。
「マリオン様…お気持ちは分かりますが…」
「もう、無理です…私達の手には、負えません…」
「そんな事、無いっ、父様はっ」
「治癒魔術だって万能じゃないんですっ。
傷を塞ぐくらいがせいぜいで、死人を生き返らす事は勿論、致命傷だって治せないっ。
そんなのマリオン様でもご存知でしょうっ?」
例えるなら水が注がれたグラスが割れたとする。
治癒魔術は割れたグラスを直す事は出来るが、零れてしまった水はそのままなのだ。
「それじゃあ、『中身』を戻せばいいのね?」
何時の間にか近付いていたネーアが女の魔術士に問いかける。
「それが出来たら苦労しませんっ! 大体貴方達魔物が攻めて来たから、」
「罪を償えって言うなら、後でいくらでも償ってあげるわ。
でも、今はまだ出来る事があるでしょう?」
「そんな事っあるわけ、」
「あるわよ? 血が足りないなら、家族から貰えばいいじゃない。
幸い、血の繋がった娘さんがここには二人も居るわ」
言ってネーアはリオをマリオンを見詰め、ウィンクを一つ。
(あ、そうか…)
ネーアの試みを読み取り、リオは僅かに顔をほころばせた。
まだ、絶望するには早い。
233 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:32:34 ID:Q2wLCt6z
ネーアが触手を一本伸ばし、マリオンへと向ける。
その先端からは、注射器のような細い針が生え出していた。
「マリオン。腕を出して。血を抜くわ」
「…分かった」
「正気ですか!? ろくな設備も無いのに、輸血作業をっ!?」
「しかも魔物の手を借りるなんて、信じられませんっ」
「他に方法があるの?」
「それは…っ、でもっ」
「無いなら黙って見てて」
「――もういいかしら?」
ネーアの問い掛けにマリオンが頷く。
グローブを外して剥き出しになった細腕に、細い針が突き刺さった。
「失敗したら今度は縦に真っ二つにするから」
「馬鹿にしないでよね。あたしを誰だと思ってるの」
(…ネーアさんに姉様、何時の間にかとっても仲良しになってる)
自分が見ていない所で何かあったのだろう。
事が終わればそれも聞いてみたいと思った。
「――はい終わり。ほら、次はリオの番よ」
「はい。お願いしますネーアさん」
「貴女はあたしから散々魔力を吸ったからね。その分多めに血取るわよ」
返事をする前に針が刺さった。
僅かな痛みと共に、血液が抜き取られていく。
十秒か二十秒か、その待っている時間がもどかしい。
「――よし。こんなものね――どう、リオ? 辛くない?」
「大丈夫です。もっと取っても良かったくらいです」
「体力は温存しておきなさい。じゃないと――
眼を覚ましたお父さんに、元気な笑顔を見せられないでしょ?」
「あ、はいっ」
だが、楽観も出来ない。
いくら血の繋がった家族とは言え素人のする輸血など分の悪い賭けでしかないのだ。
拒否反応が出ればその場で終わりである。
リオはネーアが作業しやすいようにグリーズの腕からガントレットを外す。
「ありがと」
全員が固唾を呑んで見守る中、触手の針がグリーズの腕へと突き刺さった。
今、彼の中に娘二人の血液が静かに注入されている。
(父様…っ)
ごつごつとした腕を両手で握り締める。
人外の瞳が、自分と姉の血が僅かな精気を運んで父の体内へと流れ込んでいるのを見た。
「拒絶反応は、無いようね」
ネーアの言葉に一同が緊張と共に大きく息を吐き出した。
輸血自体は無事成功と言ったところか。
ネーアが体内で二人の血液を弄繰り回してグリーズの血と混じり易くしたらしい。
つくづくアネモネとは便利な体だ。
(でも、駄目…)
顔色は少し良くなった気がするが彼の体には生命力が――精気が足りていない。
「……グリーズ様、いつ目を覚ますんですか?」
「…さぁ、そればっかりは分からないわ。そもそもあたしは医者じゃないし。
まあ、色々やる事はやってるから人体には少し詳しいけどね?」
「そんな無責任なっ」
「死亡が確定するよりかはマシでしょう?」
「だまれアネモネ! 無様に生き恥を晒すくらいなら死んだ方がましだ!」
ほんとここは馬鹿ばっかりね――そんな呟きがネーアから聞こえた気がした。
「あんた達ねぇ…死にたがりもたいがいにしなさいよ?
人間の生存本能はどこに置いて来、」
「――グリーズ様、心臓止まってる」
女の魔術士の呟きに、周囲の人間が硬直した。
234 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:33:56 ID:Q2wLCt6z
「…嘘でしょ?」
「謀ったな魔物めっ!! もう容赦はせんっ!」
「グリーズ様の弔い合戦だ!」
周りの門下生達が次々と剣を引き抜く。
彼らの瞳には例外無く憎悪が浮かび上がり、二匹の魔物へと殺気を漲らせる。
「ちょ、ちょっと早まらないのっ! 心臓止まってるならまた動かせばいいじゃない!
電気ショックとかあるでしょっ!?」
「黙れっ! これ以上、グリーズ様の体を穢させてなるものかぁっ!!」
「うわっもう、しょうがないわねぇ! この馬鹿どもはっ」
何人かの門下生達がネーアに向かって切り掛かって来る。
「っ!? 皆止めてっ! このアネモネは敵じゃないっ」
「マリオン様の頼みでもそれは聞けませんっ」
「大体そのアネモネはグリーズ様を殺した悪魔の仲間だっ」
いがみ合い、剣先を突きつける門下生達をリオは他人事のように見ていた。
(どうして、皆そんなに怒っているの?)
グリーズは助けられるというのに。
「ちょっと退いて下さい」
「えっ、あのっ」
隣に座る女魔術士を強引に引き剥がし、グリーズへと密着する。
「な、何をする気よっ」
女達の声を無視し、グリーズの頬に手を這わす。
蓄えられた立派な髭。
皺ばかりの顔。
分厚い眉や、ごわごわのブロンドの髪を撫でる。
瞳を閉じた彼の顔は、とても愛しかった。
「父様…」
瞳を閉じ、グリーズの顔へと唇を寄せる。
ネコマタが精気を吸う事が出来るなら。
精気を分け与える事も出来る筈だ。
パセットや彼女の同僚達に魔力を分け与えたように、自分の精気をグリーズに注げばいい。
(私が、絶対救ってみせます)
そうして、リオは最愛の父親に口付けをした。
***
最初に視界に飛び込んできたのは愛する娘の顔だった。
猫耳を生やし、牙を生やし、オッドアイも獣のそれとなっているが、関係ない。
「父様ぁ…っ」
抱きついてくる娘を反射的に受け止める。
恐る恐る、その桃色の髪に触れてみると、あいつの髪と同じ感触がした。
(これは夢、か?)
死んだと、思ったのだが。
娘に勝ちを譲り、腹に大穴を空けられた。致命傷だった筈だが。
「ふふふ。ネーアさんが治してくれたんですよ」
(…そうか、生き長らえたか…)
それも、いいだろう。
娘に行った数々の行い、それらを死んで償おうと思ったのだが。
「そんな簡単に、死なないで下さい。
私、まだまだ父様としたい事が一杯あるんです」
泣き笑いの表情を浮かべる愛娘の顔を見て、まだまだ死ねないなと思った。
235 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:35:06 ID:Q2wLCt6z
体を起こし、周りを見渡すとドルキの門下生達が四名ほど、心配げな表情を浮かべている。
(心配を掛けたようだな)
「ワシに構うな。大事無い」
「ほ、本当に大丈夫なのですかっ?」
「大丈夫だと言っている」
むしろリオと戦う前より元気になったのではないだろうか。
体中から力が湧き出してくるようだ。
(それに、ゆっくりと寝てはおられんようだからな)
リオの体をそっと押しやり、二本の脚でしっかりと立ち上がる。
その姿を見て数人の門下生達が狐に摘まれたような顔をした。
だが復活したグリーズに気付かずネーアに、あるいはマリオンにさえ剣を向ける者が居る。
グリーズはそれを憤慨に思いながら大きく息を吸い込んで、
「全員ッ、剣を収めよッッ!!!!」
鼓膜をつんざく大音量で声を張り上げた。
その様相は正に鶴の一声。
殺気立っていた門下生達の動きがぴたりと止まると、一様にグリーズへと視線を向ける。
「グリーズ様っ!?」
「そ、そんなまさかっ」
露骨に浮き足立つ教え子達を見て嘆かわしく思う。
実戦では何が起こるか分からない。常に冷静に対処しろと常日頃から教えているのだが。
「二度は言わんぞ…!」
仏頂面に怒気を孕ませ、門下生達を睨み付ける。
それで殆どの門下生達は渋々と剣を収めていった。
「納得出来ませんっ!」
ところが一人、無謀にもグリーズに食って掛かる者が居た。
「マリオン様は兎も角っ、この二匹は街に侵入した魔物の一味ですよ!?
ドルキ様に手傷を負わせ、あまつさえ貴方にも重症を負わせた!
そんな化け物を野放しに、」
「今、化け物と言ったか?」
ひっ、と食って掛かった男が息を呑んだ。
グリーズが発する、殺気さえ孕んだ怒りを感じて、腰が引ける。
「このワシの娘と、命の恩人向かって、貴様は化け物と言ったのかっ?」
「あ、あぁぁ…っ」
グリーズに睨み付けられた男は哀れにも恐怖に足を竦ませ、歯をガチガチと鳴らしている。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが少しでも分かっただろうか。
「だが、貴様の言う事も一理ある。
リビディスタの戦士として、魔物を倒す事は至極真っ当な判断と言えよう。
故に、チャンスをやる」
右手から魔術陣を展開。
青く発光するそれから、屋敷の地下に安置された宝物庫から剣を転移させる。
魔術陣から生え出すように出現したのは大きな剣だ。
リオに利用された物に比べれば一回りも二回りも小さい。
それはツヴァイハンダーと呼ばれる騎乗兵を倒す為に造られた両手持ちの大剣だ。
「リビディスタの戦士なら、その強さを以って己の正しさを証明してみせよ」
ざしっ…!
両手で剣を地面へと突き刺し、眼前の男を見据える。
236 永久の果肉13 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:36:37 ID:Q2wLCt6z
グリーズの背後はリオとの戦闘で使われた愛剣が何本も突き刺さっていた。
今の彼の姿は剣神アレスのレリーフそのままの姿だ。
その威風堂々とした姿にリオやネーアを含め、全ての人間が言葉を忘れて見入り――
「…も、申し訳ありません…っ」
グリーズに楯突いた男は震える手で、剣を収めた。
***
そのおよそ五時間後。
街に侵入した魔物と、結界の外に集結していた魔物をリビディスタの戦士達が撃退した。
ドルキの激励が効いていたのか、門下生達の活躍振りは目覚ましいものだった。
死人はおろか、怪我人も殆ど出なかったのだ。
意気揚々と凱旋する彼らを街の住民達は大手を振って喜び、喝采した。
奇跡的にも街の住民達にも殆ど被害は出ていない。
せいぜい民家がいくつか潰されたくらいだ。
今回の騒動で最も深手を負ったのはグリーズとドルキの二人とも言える。
その二人も今ではすっかり傷を癒し、回復している。
リオ=リビディスタが行方不明になってからおよそ20時間。
街一つ丸々飲み込んだ盛大な親子喧嘩は一応の収束を見せた。
***
全てが上手くいった。そう思っていた。
でもそれは只の思い込みで、問題は何も解決していない。
リオの身も心も、未だに悪魔のまま、人間に戻る手段も無い。
父親との和解は済ませたが、こんな体では屋敷に戻る事も叶わない。
何より、母を殺した魔女を再び襲ってしまうかもしれない。
その時は、今度こそお互い無事では済まないだろう。
仮に、リオが屋敷に戻るとしてもだ。
ネーアとクロトが取り残された形になってしまう。
そんなのは嫌だった。
――そうか。答えは最初から決まっていたのだ。
「私、リビディスタを出ていきます」
かくして、リビディスタから末娘が姿を消した。
「――あれ…? リオッち?」
大切な友達を一人残したまま。
次回、永久の果肉最終回、
『ずっと一緒』
237 乙×風 ◆VBguGDzqNI sage 2010/05/17(月) 18:37:58 ID:Q2wLCt6z
お疲れ様です。シリーズ本編は今回で終了。
後は大団円(?)目指して詰めるのみですね。
しかしドルキの虐待シーンはちょっとやりすぎたかな。
まあもっと懲らしめてやっても良かったですが。
バトルシーンもちと気合が入り過ぎましたか。
エロが無くてもちゃんと読んで頂いていれば作者冥利に尽きるんですが。さてさて。
その辺りの感想もお待ちしております。
宜しければ誤字脱字等のご指摘も合わせてお願いします。
次回はエピローグのみとなります。
そしてエピローグの次には後日談と称してエロオンリー話をやる予定です。
あれ? 予定より一話多くなってる? きっと気のせいですねw
尚次回はエチシーン入れる予定です。
メインキャラの中で約一名、まだ処女のオニャノコが居ますよね?
潔く散って貰いますw あの子だけ綺麗なままなのは不公平ですからw
それではまた来週お会いしましょう。
幼女万歳。
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