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Pervasioner Prologue-1
315 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:20 ID:CEdTjavq
Prologue-1
今からおよそ二万年前。
日本の山脈に直径45メートルの隕石が落下した。
氷河期の只中にあったこの頃、山脈は雪と氷の世界だった。
膨大な運動エネルギーと熱エネルギーを内包しながら落下した隕石は、
地表へと激突した瞬間周囲の雪と氷をあっという間に蒸発させ、
900メートルのクレーターを作った。
――そして。
この隕石は二万年の月日を経て、堆積していく大地へと埋もれていく。
堆積した大地は後に、長野県の上村、御池山と名付けられ、
南アルプスの一角となった。
だが、それだけでは終わらない。
隕石の中には、『あるモノ』が眠っていた。
それは隕石が落下した後、長い年月を掛けながら埋もれていく大地の中で、
誰にも知られる事無く、少しづつ、だが確実に成長していく。
来るべき時に備えて。
そしてそれが、人類を滅亡させる――ん、何よ? 今いいところなのに。
「和美ちゃん? それ、絶対嘘だよね?」
控えめに私の肩を叩いたおさげの子が、苦笑いをしながら私を見つめている。
彼女は〈桜井香奈枝〉。私の幼馴染で大切な友達。
同い年だって言うのに私より頭一つ分背が低い上、顔だって童顔で、
すごい控えめな子だからまるで子犬みたいな印象を受ける。
「ええっ! 今の嘘だったのっ!?」
素っ頓狂な声で教養の無さをアピールしているのは、これまた私の幼馴染
(こっちは只の腐れ縁だと思いたい)の〈眞鍋浩太〉。
典型的な体育会系の人間で、「好きな科目は?」 って尋ねたら、
「体育と昼飯!」って答える筋金入りの馬鹿だ。
昼飯は科目じゃないわよ、この脳みそ筋肉男。
316 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:25 ID:CEdTjavq
「嘘に決まってるじゃない」
「何だよ、未知との遭遇でもあるのかと思ったのに」
「SF映画の見すぎよ馬鹿」
「あー、バカって言った! バカって言った方がバカなんだぞ! やーい!」
思わず嘆息した。
「アンタ自分で何言ってるか分かってる?」
きっと幼少時代から心と脳みそが進化してないんだ、とすら思ってしまう。
ここは長野県の上村、御池山と名付けられた南アルプスの一角。
季節は夏。大気中の湿気が直に汗に変わるような錯覚を覚える、七月だ。
私、〈柴田和美〉は幼馴染の香奈枝と眞鍋と三人で、南アルプスに登山に来ていた。
自然愛好家の香奈枝と、体を動かすのが好きな眞鍋、それに私は根っからの旅行好き
(というか、知らない風景を見るのが好き)だったから、三人が登山っていう共通の趣味
を持つのは当たり前だったと思うし、今まで何度も見知らぬ土地を上った。
で、眼下には岩肌をむき出しにした急斜面が広がっている。
ここは、しらびそ峠(長野県上村から南アルプスに入る分岐点)から御池山へ向かう林道を
3kmほど南へ行った、土捨て場。ここから、御池山へのハイキングコースがある。
地滑りが起きて深い谷状になったそこは、二万年前に隕石落下してクレーターになった所だ。
ハイキングコースはこの円周状のクレーターの淵を歩くように延びているというわけ。
でもクレーターって言っても、地滑りやら断層やらでその半分以上が崩れ落ちて、
そこがクレーター、っていう実感が全然得られない。まあでも、右を見ても左を見ても、
不自然な形をした巨岩が転がっているから、隕石落下~、っていう名残はあるかな?
「……和美ちゃん?」
「なーに?」
「……その。そろそろ移動した方が、良いんじゃないかな?
日も暮れてきたし」
言われて遠くを見る。確かに、青い空に朱が混じり始めていた。
「そうね、じゃあ、そろそろおいとましましょうか」
317 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:26 ID:CEdTjavq
「あーちょっと待てよ!」
「何よマヌケ鍋」
私が考えたバカ眞鍋のあだ名だった。知能指数が低くて、考え無しで行動して
よくマヌケな事をしでかすからマヌケ鍋。自分のネーミングセンスに惚れ惚れしそうだ。
「写真とっていこうぜ! クレーター背景によ!」
「却下。こんなの写真にとってもクレーターって分からないわよ。
それに早く帰らないとバスが行っちゃうじゃない」
「えーっ! 写真とろーぜーっ!」
子供かこの男は…………………ごめん、子供だった。
「和美ちゃん、私は良いと思うよ?」
香奈枝がマヌケ鍋のフォローをしてる!
私は大の親友と意見が食い違った事に少なからずショックを受けた。
「香奈枝……どうして?」
「え、だって……見ても分からないものだから、誰かが写真を取って、
これはクレーターですよ、って知らせなきゃいけないと思うの。
それに、三人揃った写真、今回はまだ撮ってなかったから。良い機会だと思うの」
……うーん。そう言われると、そうかも知れない。
でも「香奈枝の意見を認めるという事」=「眞鍋の意見を認めるという事」だから、
素直に首を縦に振るという事はプライドが許さない。
「もうっ、しょうがないわね。今回は香奈枝に免じて特別に許してあげるわ」
「ざまーみろー」
アカンベーをしてる眞鍋がすごくムカつくのは何でだろう?
まあいいや、ストレスが溜まったならこいつを殴って解消するだけだし。
「わ、ちょっ! 悪かった! 俺が悪かった! だから遠心力付けた水筒で殴るのは
勘弁してくれっ! いでっ!? いででっ!! てめえ止めろ! マジデスるじゃねえか!? 」
逃げるマヌケ鍋を、香奈枝が入れてくれた紅茶の詰まった水筒を振り回して追いかける。
「くすくすっ、本当に二人とも仲が良いんだから」
楽しそうに、でもどこか寂しそうに香奈枝は笑うと首から提げていたデジカメを構えて、
イタチゴッコを始めた私と真鍋を写真に収めた。
318 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:27 ID:CEdTjavq
***
その後、眞鍋の脳天に瘤を二つほど作ったところで、香奈枝が制止に入り、
クレーターを背後に三人で写真を撮った。
香奈枝は少し恥ずかしそうにはにかみ、
私は清清しいスマイルを浮かべ、
真鍋だけは半泣きだった。
その後、私達は携帯に撮ったばかりの画像を携帯に吸い出すとクレーターを後にした。
――そして、これが人生で最後の写真になった。
***
「ありゃなんだ?」
しらびそ峠へと戻る途中、すっかり元気になった真鍋がそれを指差した。
真鍋が指差した所――山道の右手側に広がる斜面を二メートルほど上がった所――
に大人がかろうじて通れる程の横穴が、ぽっかりと口を開けていた。
「何かしらね?」
正直どうでもいい事だったが、私のすぐ後ろに歩いていた香奈枝が気になる事を言った。
「……下る時はこんな横穴、無かったよ。私、この辺りの植物とか全部メモしながら歩いてたから、
よく覚えている」
その言葉に背筋が震えた。
まるで隕石の中にはエイリアンが眠っていて今でも虎視眈々と人間を狙っている――
なんて三文小説のような大嘘を付いたのは私自身だし、そんな事現実に起こるわけがない
と思っている。
でも、つい二、三時間前には何も無かったところに、まるで、何かが棲んでいますよと
言わんばかりの横穴が開いていれば、誰だって背筋が寒くなるって。
「何よ…っ、それじゃまるで本当に」
319 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:28 ID:CEdTjavq
「キイィィシャアアアアア!!」
「きゃあっ!!」
突如間近で聞こえた人外の声に私は悲鳴を上げ、反射的に頭を両手で庇った。
あまりの恐怖に思考がとんで、何も考えられなく――
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!! ばっかでー!!
マジでびびってやんの!! あっはっはっ――! 腹痛え――――っ!!」
マヌケ鍋だった。
「何だよ、人の事をSFオタク呼ばわりしておいて、自分でも信じてるんじゃないか。
っていうか柴田って結構びびりんぼ? ……っておい、今懐から取り出した電動剃刀器
みたいなもんは何よ? ――あ? あーあーあー。なんか先端から青白いスパークっぽい
のがピカリンコしているんだがそれはあれか? 痴漢を撃退! とかキャッチコピー
で女に大人気の――」
眞鍋が皆まで言う事は無かった。
山道に、耳を覆いたくなるような、でもうっとりするような断末魔が響き渡る。
「……真鍋君、大丈夫?」
「大丈夫よ。頑丈だけが取柄なんだから」
真鍋の胸元にたっぷりと十数秒押し付けていたスタンガンの電源を切って上着の内ポケに入れた。
足元を見れば、
仰向けに倒れたマヌケ鍋がバルサンをぶっ掛けられたゴキブリみたいにぴくぴく痙攣している。
「び、びびび、びりってっ、びりって来たっ」
「漫画みたいにアフロヘアになったら面白かったのに」
「てめえ! 人事だと思って!」
スタンガンを取り出す。
「俺ってアフロヘア似合うかもしれないな!」
「じゃあ、明日にでも床屋に行ってきたら?」
冷たく言い放つと悔しそうに上唇を噛んで涙を流し始めた。
「情けない奴」
「自分ででっちあげた仮想のエイリアンにびびってる奴は情けなく、
ぎゃああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
320 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:32 ID:CEdTjavq
「うるさいわね! だったら平気だって事証明したげようじゃないの!」
私は乱立する木々の根に足を引っ掛けながら斜面を登っていく。
「えっ、ちょっと和美ちゃん!?」
「俺、2-番ー!」
「真鍋君も! 大人の人呼んできた方が良いよ!」
「そんなの私のプライドが許さない! 香奈枝も! ちゃんと付いて来るの!」
「う~! ……もう! どうなっても知らないよ!」
香奈枝は困った顔を怒った顔に変えながら(あ、ちょっと可愛いかも。
怒っても怖くない顔をする子の、怒った時の顔ってどうしてこんなに可愛いんだろう?)
急な斜面に足を踏み込む。
それを確認してから私は横穴を覗き込んだ。当然のように真っ暗だ。
私は上着の内ポケからペンライトを取り出すと、内部を照らし出す。
内部は割と広めの、空洞になっているようだった。
穴を掘り進めた、というよりも元々この斜面の中に空洞があって、
そこから穴を開けような。
まあ、そんな事はどうでもいい。どうせ危険なモノがいるわけじゃないんだから。
前傾姿勢のまま横穴へと身を滑らせる。膝立ちのまま犬みたいな格好で
ペンライトを咥えたまま横穴を進んだ。
「目っの前でっ♪ 貧相なケツがっ♪ 揺れてっ――げヴぁっ!?」
真後ろのマヌケ鍋に蹴りを入れる。ジーンズを穿いて着てよかった。
スカートだったら屈辱の極みだった。
五分もそうしていると、立ち上がっても頭をぶつけない大きな空洞に出た。
ペンライトで辺りを照らす。地面が土から、ごつごつとした岩みたいなものに変わっている。
鍾乳洞だろうか、天井からはねずみ色をしたつららのような物が垂れ下がっていた。
こんな所、パンフレットには載ってなかった。
「……ねえ、和美ちゃん。もう、戻ろうよう」
確かに、こうして新しく発見した洞窟の第一発見者になれたわけだし、
これ以上ここにいてもしょうがない。
それに、なんだろう……ここに居てはいけない気がする。
321 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:32 ID:CEdTjavq
女の第六感がさっきから警鐘を鳴らし続けているんだ。
「……そうよね。もう戻りましょうか」
だが、踵を返そうとする私達に、真鍋が声を掛けた。
「なんか匂わねえか?」
「は?」
鼻を動かして匂いを嗅ぐ。確かに何か臭った。
酸っぱくて、どこか青臭い――例えて言うならそう、昆虫類を潰した時の
体液の臭いみたいな……
それに、今気付いたけど。この鍾乳洞の中、凄く湿度が高くて蒸し暑い。
日陰に居るはずなのに後から後から汗が吹き出てくる。
「こっち、っからっかな♪」
マヌケ鍋は洞窟の更に奥へとスキップでするような足取りで進む。
この、少しは危機感とか覚えなさいよ!
大口を叩いたのに、いつの間にか私自身が恐怖を覚えている事を、
あえて無視しながら、その後を駆け足で追いかける。
「眞鍋! ちょっと待ちなさい!」
「か、和美ちゃん! 置いてかないでぇ…!」
慌てて香奈枝も追いかけてくる。
その様子を肩越しに見た真鍋が、呆れ果てた声を出した。
「なーにを焦ってんだ? どうせなにも出やしないってお前が言って――おわっ?」
そしてその姿が突如掻き消える。
「まな――べ!?」
と思った瞬間。足を踏み外した。
地面が無い。
バランスが崩れる。
私は不安定な体制のまま闇の中へと堕ちていった。
Prologue-1
今からおよそ二万年前。
日本の山脈に直径45メートルの隕石が落下した。
氷河期の只中にあったこの頃、山脈は雪と氷の世界だった。
膨大な運動エネルギーと熱エネルギーを内包しながら落下した隕石は、
地表へと激突した瞬間周囲の雪と氷をあっという間に蒸発させ、
900メートルのクレーターを作った。
――そして。
この隕石は二万年の月日を経て、堆積していく大地へと埋もれていく。
堆積した大地は後に、長野県の上村、御池山と名付けられ、
南アルプスの一角となった。
だが、それだけでは終わらない。
隕石の中には、『あるモノ』が眠っていた。
それは隕石が落下した後、長い年月を掛けながら埋もれていく大地の中で、
誰にも知られる事無く、少しづつ、だが確実に成長していく。
来るべき時に備えて。
そしてそれが、人類を滅亡させる――ん、何よ? 今いいところなのに。
「和美ちゃん? それ、絶対嘘だよね?」
控えめに私の肩を叩いたおさげの子が、苦笑いをしながら私を見つめている。
彼女は〈桜井香奈枝〉。私の幼馴染で大切な友達。
同い年だって言うのに私より頭一つ分背が低い上、顔だって童顔で、
すごい控えめな子だからまるで子犬みたいな印象を受ける。
「ええっ! 今の嘘だったのっ!?」
素っ頓狂な声で教養の無さをアピールしているのは、これまた私の幼馴染
(こっちは只の腐れ縁だと思いたい)の〈眞鍋浩太〉。
典型的な体育会系の人間で、「好きな科目は?」 って尋ねたら、
「体育と昼飯!」って答える筋金入りの馬鹿だ。
昼飯は科目じゃないわよ、この脳みそ筋肉男。
316 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:25 ID:CEdTjavq
「嘘に決まってるじゃない」
「何だよ、未知との遭遇でもあるのかと思ったのに」
「SF映画の見すぎよ馬鹿」
「あー、バカって言った! バカって言った方がバカなんだぞ! やーい!」
思わず嘆息した。
「アンタ自分で何言ってるか分かってる?」
きっと幼少時代から心と脳みそが進化してないんだ、とすら思ってしまう。
ここは長野県の上村、御池山と名付けられた南アルプスの一角。
季節は夏。大気中の湿気が直に汗に変わるような錯覚を覚える、七月だ。
私、〈柴田和美〉は幼馴染の香奈枝と眞鍋と三人で、南アルプスに登山に来ていた。
自然愛好家の香奈枝と、体を動かすのが好きな眞鍋、それに私は根っからの旅行好き
(というか、知らない風景を見るのが好き)だったから、三人が登山っていう共通の趣味
を持つのは当たり前だったと思うし、今まで何度も見知らぬ土地を上った。
で、眼下には岩肌をむき出しにした急斜面が広がっている。
ここは、しらびそ峠(長野県上村から南アルプスに入る分岐点)から御池山へ向かう林道を
3kmほど南へ行った、土捨て場。ここから、御池山へのハイキングコースがある。
地滑りが起きて深い谷状になったそこは、二万年前に隕石落下してクレーターになった所だ。
ハイキングコースはこの円周状のクレーターの淵を歩くように延びているというわけ。
でもクレーターって言っても、地滑りやら断層やらでその半分以上が崩れ落ちて、
そこがクレーター、っていう実感が全然得られない。まあでも、右を見ても左を見ても、
不自然な形をした巨岩が転がっているから、隕石落下~、っていう名残はあるかな?
「……和美ちゃん?」
「なーに?」
「……その。そろそろ移動した方が、良いんじゃないかな?
日も暮れてきたし」
言われて遠くを見る。確かに、青い空に朱が混じり始めていた。
「そうね、じゃあ、そろそろおいとましましょうか」
317 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:26 ID:CEdTjavq
「あーちょっと待てよ!」
「何よマヌケ鍋」
私が考えたバカ眞鍋のあだ名だった。知能指数が低くて、考え無しで行動して
よくマヌケな事をしでかすからマヌケ鍋。自分のネーミングセンスに惚れ惚れしそうだ。
「写真とっていこうぜ! クレーター背景によ!」
「却下。こんなの写真にとってもクレーターって分からないわよ。
それに早く帰らないとバスが行っちゃうじゃない」
「えーっ! 写真とろーぜーっ!」
子供かこの男は…………………ごめん、子供だった。
「和美ちゃん、私は良いと思うよ?」
香奈枝がマヌケ鍋のフォローをしてる!
私は大の親友と意見が食い違った事に少なからずショックを受けた。
「香奈枝……どうして?」
「え、だって……見ても分からないものだから、誰かが写真を取って、
これはクレーターですよ、って知らせなきゃいけないと思うの。
それに、三人揃った写真、今回はまだ撮ってなかったから。良い機会だと思うの」
……うーん。そう言われると、そうかも知れない。
でも「香奈枝の意見を認めるという事」=「眞鍋の意見を認めるという事」だから、
素直に首を縦に振るという事はプライドが許さない。
「もうっ、しょうがないわね。今回は香奈枝に免じて特別に許してあげるわ」
「ざまーみろー」
アカンベーをしてる眞鍋がすごくムカつくのは何でだろう?
まあいいや、ストレスが溜まったならこいつを殴って解消するだけだし。
「わ、ちょっ! 悪かった! 俺が悪かった! だから遠心力付けた水筒で殴るのは
勘弁してくれっ! いでっ!? いででっ!! てめえ止めろ! マジデスるじゃねえか!? 」
逃げるマヌケ鍋を、香奈枝が入れてくれた紅茶の詰まった水筒を振り回して追いかける。
「くすくすっ、本当に二人とも仲が良いんだから」
楽しそうに、でもどこか寂しそうに香奈枝は笑うと首から提げていたデジカメを構えて、
イタチゴッコを始めた私と真鍋を写真に収めた。
318 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:27 ID:CEdTjavq
***
その後、眞鍋の脳天に瘤を二つほど作ったところで、香奈枝が制止に入り、
クレーターを背後に三人で写真を撮った。
香奈枝は少し恥ずかしそうにはにかみ、
私は清清しいスマイルを浮かべ、
真鍋だけは半泣きだった。
その後、私達は携帯に撮ったばかりの画像を携帯に吸い出すとクレーターを後にした。
――そして、これが人生で最後の写真になった。
***
「ありゃなんだ?」
しらびそ峠へと戻る途中、すっかり元気になった真鍋がそれを指差した。
真鍋が指差した所――山道の右手側に広がる斜面を二メートルほど上がった所――
に大人がかろうじて通れる程の横穴が、ぽっかりと口を開けていた。
「何かしらね?」
正直どうでもいい事だったが、私のすぐ後ろに歩いていた香奈枝が気になる事を言った。
「……下る時はこんな横穴、無かったよ。私、この辺りの植物とか全部メモしながら歩いてたから、
よく覚えている」
その言葉に背筋が震えた。
まるで隕石の中にはエイリアンが眠っていて今でも虎視眈々と人間を狙っている――
なんて三文小説のような大嘘を付いたのは私自身だし、そんな事現実に起こるわけがない
と思っている。
でも、つい二、三時間前には何も無かったところに、まるで、何かが棲んでいますよと
言わんばかりの横穴が開いていれば、誰だって背筋が寒くなるって。
「何よ…っ、それじゃまるで本当に」
319 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:28 ID:CEdTjavq
「キイィィシャアアアアア!!」
「きゃあっ!!」
突如間近で聞こえた人外の声に私は悲鳴を上げ、反射的に頭を両手で庇った。
あまりの恐怖に思考がとんで、何も考えられなく――
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!! ばっかでー!!
マジでびびってやんの!! あっはっはっ――! 腹痛え――――っ!!」
マヌケ鍋だった。
「何だよ、人の事をSFオタク呼ばわりしておいて、自分でも信じてるんじゃないか。
っていうか柴田って結構びびりんぼ? ……っておい、今懐から取り出した電動剃刀器
みたいなもんは何よ? ――あ? あーあーあー。なんか先端から青白いスパークっぽい
のがピカリンコしているんだがそれはあれか? 痴漢を撃退! とかキャッチコピー
で女に大人気の――」
眞鍋が皆まで言う事は無かった。
山道に、耳を覆いたくなるような、でもうっとりするような断末魔が響き渡る。
「……真鍋君、大丈夫?」
「大丈夫よ。頑丈だけが取柄なんだから」
真鍋の胸元にたっぷりと十数秒押し付けていたスタンガンの電源を切って上着の内ポケに入れた。
足元を見れば、
仰向けに倒れたマヌケ鍋がバルサンをぶっ掛けられたゴキブリみたいにぴくぴく痙攣している。
「び、びびび、びりってっ、びりって来たっ」
「漫画みたいにアフロヘアになったら面白かったのに」
「てめえ! 人事だと思って!」
スタンガンを取り出す。
「俺ってアフロヘア似合うかもしれないな!」
「じゃあ、明日にでも床屋に行ってきたら?」
冷たく言い放つと悔しそうに上唇を噛んで涙を流し始めた。
「情けない奴」
「自分ででっちあげた仮想のエイリアンにびびってる奴は情けなく、
ぎゃああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
320 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:32 ID:CEdTjavq
「うるさいわね! だったら平気だって事証明したげようじゃないの!」
私は乱立する木々の根に足を引っ掛けながら斜面を登っていく。
「えっ、ちょっと和美ちゃん!?」
「俺、2-番ー!」
「真鍋君も! 大人の人呼んできた方が良いよ!」
「そんなの私のプライドが許さない! 香奈枝も! ちゃんと付いて来るの!」
「う~! ……もう! どうなっても知らないよ!」
香奈枝は困った顔を怒った顔に変えながら(あ、ちょっと可愛いかも。
怒っても怖くない顔をする子の、怒った時の顔ってどうしてこんなに可愛いんだろう?)
急な斜面に足を踏み込む。
それを確認してから私は横穴を覗き込んだ。当然のように真っ暗だ。
私は上着の内ポケからペンライトを取り出すと、内部を照らし出す。
内部は割と広めの、空洞になっているようだった。
穴を掘り進めた、というよりも元々この斜面の中に空洞があって、
そこから穴を開けような。
まあ、そんな事はどうでもいい。どうせ危険なモノがいるわけじゃないんだから。
前傾姿勢のまま横穴へと身を滑らせる。膝立ちのまま犬みたいな格好で
ペンライトを咥えたまま横穴を進んだ。
「目っの前でっ♪ 貧相なケツがっ♪ 揺れてっ――げヴぁっ!?」
真後ろのマヌケ鍋に蹴りを入れる。ジーンズを穿いて着てよかった。
スカートだったら屈辱の極みだった。
五分もそうしていると、立ち上がっても頭をぶつけない大きな空洞に出た。
ペンライトで辺りを照らす。地面が土から、ごつごつとした岩みたいなものに変わっている。
鍾乳洞だろうか、天井からはねずみ色をしたつららのような物が垂れ下がっていた。
こんな所、パンフレットには載ってなかった。
「……ねえ、和美ちゃん。もう、戻ろうよう」
確かに、こうして新しく発見した洞窟の第一発見者になれたわけだし、
これ以上ここにいてもしょうがない。
それに、なんだろう……ここに居てはいけない気がする。
321 名前:乙×風【Pervasioner】 :04/08/20 10:32 ID:CEdTjavq
女の第六感がさっきから警鐘を鳴らし続けているんだ。
「……そうよね。もう戻りましょうか」
だが、踵を返そうとする私達に、真鍋が声を掛けた。
「なんか匂わねえか?」
「は?」
鼻を動かして匂いを嗅ぐ。確かに何か臭った。
酸っぱくて、どこか青臭い――例えて言うならそう、昆虫類を潰した時の
体液の臭いみたいな……
それに、今気付いたけど。この鍾乳洞の中、凄く湿度が高くて蒸し暑い。
日陰に居るはずなのに後から後から汗が吹き出てくる。
「こっち、っからっかな♪」
マヌケ鍋は洞窟の更に奥へとスキップでするような足取りで進む。
この、少しは危機感とか覚えなさいよ!
大口を叩いたのに、いつの間にか私自身が恐怖を覚えている事を、
あえて無視しながら、その後を駆け足で追いかける。
「眞鍋! ちょっと待ちなさい!」
「か、和美ちゃん! 置いてかないでぇ…!」
慌てて香奈枝も追いかけてくる。
その様子を肩越しに見た真鍋が、呆れ果てた声を出した。
「なーにを焦ってんだ? どうせなにも出やしないってお前が言って――おわっ?」
そしてその姿が突如掻き消える。
「まな――べ!?」
と思った瞬間。足を踏み外した。
地面が無い。
バランスが崩れる。
私は不安定な体制のまま闇の中へと堕ちていった。
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