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(五陵学園の惨事)
36 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:09 ID:0Ms+TBxB
夏休みも終わりに差し掛かった部室に、化石染みたワープロの、キーを叩く音だけが響いている。
校庭から響くのは、サッカー部の賑やかな声。
それをまるで別世界の事のように聞きながら、橘 恭一は電卓の液晶のようなディスプレイに食い入るように目を離さない。
「これで…四人目か」
ここ、私立五陵学園から、行方不明者が多発している。
生徒会副会長である橘は、数日後に迫った新学期の始まりに向けて、生徒に配布するプリントを制作していた。
生徒に登下校及び放課後の、注意を促すものである。
生徒会は基本的に学園内の自治が認められる。
その自由度は大きく、学園内行事の新案から、風紀、様々な権利を持つだけに、その義務も大きい。
この手の作業は、全てが生徒会の分担になる。
面倒な話ではあるが、手を抜くと教員や役員達への発言力に直接響く事になるため、そうそう手は抜けないのだ。
38 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:26 ID:0Ms+TBxB
「どうせただのプチ家出とか、彼氏と内緒で旅行とかじゃないのかよ?」
独りごちる呟きに、嫌味な響きがあるのも仕方あるまい。
何せ、まだ課題が半分も終わっていないのだ。
リミットは後三日。
無理です。て言うか俺はアホですか?
こんな事してる場合じゃないだろうが?
一般課の生徒達が課題をせずに遊びほうけるのはまだ許される。
だが、橘は進学課の三年。国立を目指して日夜邁進すべき身の上なのだ。
ならば、そんな彼が何故夏休みも終盤になって、課題をたんまりと残しているかと言うと、
彼女ができたのだ。
生まれて始めて。
一般課、二年、帰宅部の。
つまりはヒトナツのメモリーがうんたらかんたら。
舞い上がった。それはもう天高く。
そして、その彼女は、橘が夢中になるに当然の要素を備えているのだった。
39 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:43 ID:0Ms+TBxB
鮎川 清香。
男女問わず、とにかく人気が高い。
素直で人を嫌うことの無い穏やかな性格と、柔らかな物腰。十羽ひとからげのアイドル等とは比較にもならない、容姿。
そして、多少小柄ながらも、あくなき自己主張を止めないボディライン。
彼女は、写真部の財源であり、情報処理部のバナークリック回数を二桁増やし、アンダーグラウンドな男子連中からは、妹にしたい生徒№1の座をもぎ取り、ごく僅かな女子達からも妹にしたい生徒№1の栄誉を受けている。
正直、橘自身も、持て余しそうな出来過ぎた恋人だった。
40 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:59 ID:0Ms+TBxB
付き合い始めたきっかけは、橘からの告白。
一年二年と、部活と勉強、そして男友達との馬鹿騒ぎに明け暮れた。気がつくと自らの高校生活に足りない物が有る。
だから告白した。
不発に終わる心構えで彼女を呼び出し、想いを告げた。
それは、不意に一人で旅行に出たくなるような衝動と比べても、差異は無いと言ってよかっただろう。
恋愛の真似事くらい、経験したかった。実際にはただそれだけだ。
それが今は、彼女無しでは、鮎川 清香無しでは居られなくなっている。
「幸せな病気だな…」
気がつくと手は止まり、口元は緩んでいる。目はモニターに有りながら、見える物は違っていた。
41 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 23:29 ID:0Ms+TBxB
橘が壁にかけられた時計に目をやろうとした時、小さく入口のドアが鳴った。
聞き取れないような小さすぎるノック。
間を空けずに続いたノックは、はっきりと聞こえる。
橘はノックの主を知っていた。
「どうぞ」
早鐘のような心臓の動きを隠し、至極平坦な声音で橘は応えた。
「失礼します」
小さいながらも通る声とともに、彼女は現れた。
「差し入れ持ってきましたよ?橘さん」
清香が麻のトートバッグと水筒を掲げて、華やかに微笑む。
その時にはもう、橘の頭の中には、プリントの事も課題の事もすっかり消え失せていた。
「歩いて来たのか清香?暑かっただろう、クーラー強めようか?」
自分の隣の椅子を引いてやり、空調のリモコンに手を伸ばす。
「平気です。橘さんが寒くなっちゃいますよ?」
清香は柔らかに断ると、椅子に腰を降ろし、トートバッグから丼を取り出す。
ラーメンの器にちょうど良さそうなそれを、当たり前の様に机に置き、取り皿らしき小皿を数枚。
中は黄色い何かで満たされているのが、ラップ越しに見えた。
。甘いものは頭と心の栄養ですから」
丼でプリンは作らないだろう。反射的なツッコミを辛うじて飲み込む。
言える訳が無い。そこにはデスクワークの疲れを労おうとする愛がある。
橘のために作られたプリンなのだから。
見る間に清香が紅茶をカップに注ぎ、テーブルを整えていく。家事手伝いが身についている証拠だった。
そんな家庭的な様子を見ながら、橘はどうやってこの苦境から脱しようか悩んでいた。苦笑を顔に張り付かせて。
丼一杯のプリン。
半分にしても荷が勝ち過ぎる。
が、最愛の彼女が作ってくれた料理にケチを付けるほど、贅沢な思考回路は持ち合わせてはおらず、完食を覚悟して橘は小さく溜息をこぼした。
第一、それきり料理を作ってくれなくなったらどうするのか。
清香の料理は、ことごとく旨いのだ。
「いつもは、生徒会室っていつも人が居ますから、橘さんと二人きりってちょっと不思議な感じですね」
そう言う清香はご機嫌で、楽しそうに少量に取り分けたプリンを差し出す。これがあと何杯も続くのだろう。
62 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/20 22:40 ID:S3ON5ixt
「そうだな。いつもは皆そろってぎゃあぎゃあ煩いからな」
その言葉を聞き、橘は少し心の重圧が軽くなるのを感じた。
二人きりで居られて嬉しい。清香は暗にそう言ってくれているのだから。
面と向かって心をさらけ出すのは照れ臭い。言葉にするのなら尚。
二人は恋愛初心者なのだ。
加えて、清香は付き合い初めて四ヵ月の橘を、未だ恭一とは呼べない。苗字にさん付け。キスすらまだ二人は交わしていない。
つまり鮎川 清香とはそんな子だった。
「じゃあ、いただこうかな。清香の力作を」
「はい。紅茶も熱いうちにどうぞ」
「じゃあいただきます」
言いながら、プリンを口に運ぶ。
隣の清香も一口目を頬張っている所だった。
丼から直接。
「残りは全部食うのかよ!?」
流石に今回は本能にあらがい切れない橘だった。
63 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/20 22:41 ID:S3ON5ixt
真夏の陽射しも陰りを見せる夕暮れ。部活に明け暮れる生徒達の声も今は無く、学園は静けさに満ちていた。
夏季休暇中という事もあり、教員の姿も無い。ただ、数時間毎に巡回する常駐の警備員が存在するのは、やはり私立ゆえか。
生徒が普段立ち入らない、用具室。そこから、薄暗い明かりが漏れている。
聞こえるのは湿った音。
女の爛れた嬌声。
コンクリートが打ちっぱなしの室内にその音は良く響いた。
だが今は、いや、それが生徒が賑わう昼のさなかだろうが、気付く者は居ないだろう。そこは生徒達の生活からは完全に隔離されている。
「ああぁっ!深いのっ!深いのおっ!」
悦楽に彩られた声は、半ばあやふやで、肉欲に染まりきっている。
「なんだ、お前、奥は嫌いなのか!?」
「あっ…大好きよっ!奥っ!好きっ!」
ひやりとする床に這いつくばる女は、学園の制服を身につけている。
それをはだけ、張りのある豊かな乳房を、後ろから獣のように突かれる反動でゆさゆさと揺らしながら、快楽を享受しているのだ。
普段はきつい目元を、潤ませて、半ば微笑むように彼女は男に身を任せていた。
64 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/20 22:42 ID:S3ON5ixt
「そらそら!そんなに俺のイチモツがいいのか!?」
「はっ、はいっ!大きいの!来るぅーっ!あああああっ!」
体を交わしていながら、二人を恋人と判断するのは難しいだろう。
方や涼やかで気の強そうな女子生徒。
もう一方は、無精髭もあらわな不潔感に満ちた中年である。
誰もが目を疑う光景。
だが、彼女は現に、自らの腰を男の動きに上手に合わせてうごめかせている。
その接合部からは、鮮血と快楽の粘液が滴っていた。
「ざまぁねぇぜ!あんな態度を取ってたお前が、今はこうしてヒィヒィよがってやがるんだからなぁ!」
応えは無い。彼女はただ、あられも無い声をあげるだけ。絶頂がもうそこまで迫っていた。
「処女マンコぶちぬかれてイくのか!?この肉人形が!」
男の動きが激しさを増す。こちらも射精が近い。
甲高い少女の絶叫にあわせて、男が接合を解く。慌てて不様な動作でイチモツを彼女の顔に突き付けると、びゅくりと白濁した液体がその先端から吹き出した。
恍惚としながら、彼女は続々と噴射する精を顔に受けている。
「しゃぶれよお嬢様」
男が上がった息を抑えながら、柔らかな感触にうめく。
「コイツさえありゃあ…」
71 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/23 20:30 ID:eEOLhQpt
結局、清香は丼一杯のプリンを完食した。
その後、たわいの無い会話が続き、プリントの制作は遅れ、完成を見たのは夕日が沈み切った頃だった。
蛍光灯の明かりも無い、無人の廊下を清香が怖がり、橘のシャツの裾を掴みながら、彼の影に隠れるようにして二人は歩いた。
ちょっと失礼しますね。
はにかみながら、ぱたぱたと音をたてて清香が女子トイレのドアの向こうに消える。
妙な気恥ずかしさに曖昧に頷いた橘は、壁に寄り掛かり、窓の外に目を向けた。
狭い私道を挟んだ向かいには、中等部の校舎が暗がりの中に浮かんでいる。
ほんの三日もすれば、そこにもここにも生徒が溢れ、また毎日が始まるのだ。受験勉強、生徒会の自治活動、そして恋愛…。忙しい日々。二月前は夏休みが待ち遠しかったが、今はそれが懐かしい。
悪友と友人達の顔を思い浮かべ、携帯のメールをチェックしていると、不意に違和感を覚えて橘は顔をあげた。
ささいな何かが橘の五感に呼びかける。
異臭。
鼻につく不快な甘い匂い。それが違和感の源だった。
「床のワックスってこんな匂いだったか?」
記憶を辿るが、思い当たる節は無い。
その時、廊下の曲がり角から微かに足音がした。
「まずっ…!」
72 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/23 20:32 ID:eEOLhQpt
慌てて階段脇のデッドスペースに身を隠す。夏季休暇中、十八時を過ぎての生徒の立入は禁じられている。生徒会副会長としては、見つかるのはあまりよろしくない。
足音が近づく。二人分だ。
橘は興味に駈られ、そっと顔を覗かせた。
「日本史のブタ倉と…?」
小さく呟き、目を凝らす。
間違いない。あれは日本史の板倉、通称ブタ倉または痛倉と、同じクラスの女子…小田桐 由利だ。「ブタ倉と小田桐…?」
有り得ない組合せに、橘が眉を寄せる。
ブタ倉は学園内ワーストワンの不人気教師。女子から変質者紙一重の称号を戴き、男子からはイビリ王の名で呼ばれている。
未確認ではあるが、女子の着替えを盗撮しただの、尻を触っただのという、いわくが尽きない。
小田桐は率先してブタ倉に噛み付く、女子のリーダー的な存在で、常に矢面に立ってはブタ倉と対立を繰り返していた。
その二人が、こんな時刻に廊下を並んで歩く事自体が橘には信じられない。
某テロリストグループの指導者と、世界警察の大統領が並んで歩いているようなものだ。
呆然とする橘に気付きもせずに、二人は玄関へ向かっていく。
73 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/23 20:35 ID:eEOLhQpt
やがて完全に二人が見えなくなり、廊下に戻った橘は、何かしっくりこない心のしこりを持て余していた。
「にしても…何の匂いなんだ、これは」
甘い異臭は、何故か強さを増している。
答えの出ない胸のつかえは、トイレから出た清香にシャツの袖を摘まれるまで続いた。
新学期は瞬く間にやってきた。
三日の完徹により課題は数学の一部を残して、完成。
問題の数学は悪友に写させて貰えばなんとかなる。
「太陽が黄色く見えるってのは本当だったんだな…」
眠気を通り越して、吐き気すら訴える体を引きずるようにして、橘は人気の無い通学路をMTBで飛ばした。
一般の生徒が登校する一時間半以上前には、生徒会室に着いていなければならない。時間までに始業式の準備を済ませなくては。
ガラ空きの駐輪場に、後輪を派手にスリップさせて停まると、一番奥へ放り込む。
近場の窓を開けると鞄を放り込み、裸足になって廊下を走る。
玄関から回るよりも、これで数分は稼げる算段だ。
下駄箱で靴を履き変えて、ダッシュで生徒会室を目指す。
「おはよう!」
勢い良く飛び込んだ先で、ざっと役員達の集合具合いを確認する。
94 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:16 ID:pl/EbxVR
「あ、副会長おはようございます。もう会長が何人か連れてホールで準備始めてます」
今時珍しい黒髪を長く伸ばした、おとなしめな印象の強い二年の女子、会計の三浦 桃。
「よう、色ボケ。目の下に隈作る程、何頑張ってたんだ?いやらしい奴め」
三年男子、山崎 雅之。彼が橘の言う所の悪友である。彼は書記長を務めているのだが、字は果てしなく汚い。もっぱら実行部隊隊長といった所か。
「説明する気力も無いわ阿保が…」
軽口で返して、鞄を自分の机に放り投げる。
「凄い汗ですよ?副会長。これ、よかったらどうぞ」
桃が、熊のプリントが愛らしいハンドタオルを差し出す。
「あぁ、ありがとう桃ちゃん。洗っ…」
「捨てていただいて結構です」
即答。
ハンドタオルを手にして、時が凍る橘。
「相変わらず何と言うか…君は気が利くんだか、なんなん…」
「捨ててください」
「り、了解っス…」
爽やかな笑顔で言い切る春香に、やるせない物を感じながら、橘は汗を拭う。
「相変わらず嫌われてんなぁ恭一?」
「えぇ、大嫌いです。清香のハートを独り占めにする怨敵副会長なんて…」
95 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:19 ID:pl/EbxVR
大っ嫌いです。
またしても爽やかな笑顔。
「二回言うのかよ!?てかそんなに俺が嫌いかよ!?」
「えぇ、嫌いです。容姿はせいぜいが十人並み、成績は最近下降気味。副会長とは言え、立候補した実際の理由は暇つぶし。せいぜいが棒キレを振り回すのが得意な程度の『副会長』が、私の清楚可憐天衣無縫純粋無垢三国傾倒の清香を汚したのですから」
「最後のはなんか違うだろ…。ちなみにそれは褒め言葉じゃない」
徹夜が堪える橘に、また別種の頭痛がやってきて、頭を抱える。
「副会長は、確か御実家が剣道場でしたよね?世が徳川の頃なら、間違いなく貧乏旗本がお似合いです。そう、傘張りか金魚売りなんて如何です?」
「聞いてくれよ人の話を…」
桃が何かと橘につっかかるのが、日常だった。桃と清香は家が近く、産まれた時よりそれは仲の良い姉妹の様に育ち、今に到る。
親友を野犬に掠われたような気分なのだろうと橘は察するが、彼を嫌う桃の感情のベクトルは、別な何かにまっしぐらのような気がしてならない。
恋敵。
何故かそんな単語が寒気を伴い、橘の頭の中を掠めて消える。
「まぁ桃も、そう恭一をいじめないでやってくれや。コイツはコイツなりに色々頑張ってんのよ?」
96 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:20 ID:pl/EbxVR
にやにやと傍観を決めていた雅之が、見計らったように声をかける。
助かった。顔には出さないものの、胸を撫で降ろす橘に、
「大きな気持ちで受け止めてやんな。そのうちフラれる事になるんだからよ?」
あっさりと追い撃ちをかける雅之。
「俺はイジメられっ子か…」
「まぁそう腐んなって。羨望税?嫉妬税、みたいなもんか?あんだけ可愛い女の子とっ捕まえたんだ、平凡に甘い毎日送れると思うなよ?」
笑いながら、雅之はうなだれる橘の首ねっこに背後から腕を絡め、
「おら、さっさと講堂行くぞ?あんま遅れると会長閣下が御立腹だ」
言いながら、彼を引きずり始める。
「…閣下と言うよりあれは陛下だ。間違いない」
その会長陛下を思うだけで、さらに頭痛がひどくなる。苦虫を食んだような顔の橘は、桃に手を挙げてフェードアウトしていく。
「それじゃあ桃ちゃん、留守は任せた。何かあったら携帯鳴らしてくれ」
「はい、わかりま……って副会長!?酷い顔色ですよ!?」
気付くが早いか、慌てて椅子から立ち上がろうとする桃を手で制して、雅之の腕から逃れて自立する。
「頭が痛い。寝不足さ、ただの…」
97 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:22 ID:pl/EbxVR
「なんで桃ちゃんは、ああも俺に絡みたがるんだ…?」
講堂への道すがら、半ば呟くように雅之に問う。
一瞬、信じられない物に遭遇したように目を丸くして雅之は、何かを言いかけて口篭った。
彼にしては珍しく言葉を選ぶように話し始める。
「まぁ、なんだ。嫉妬と…羨望だろ。恭一、お前と鮎川が付き合う事に寄って、結構な人数が泣いたわけだ。桃もその一人だ…と。後は自分で考えろ」
意味深に咳払いをして、こう締め括る。
「言い辛い事言わせるなってーの」
「なるほど…」
それはあくまで予想どうりの答え。しかし、この胸の奥の苦い淀みはなんだと言うのか。
平然と接しているかに見える普段の彼女は、理性で何かを押し固めた仮面だと言う事だ。
温和しげな、日本人形のような容貌は男子から見ても好ましい。生徒会に所属することで男子からの認知度も高く、なかなかに人気がある。
そう言えば。
清香の言葉を思い出す。
「好きな人が居るみたいですよ?諦めかけてるみたいだけど…」
98 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:24 ID:pl/EbxVR
恋をしたその人が同性だった。ただそれだけの事。差別すべき事ではない。
「恋愛初心者に修羅場はキツい…」
「それも幸せの代償だっつうの。それよりマジで大丈夫かよ?顔色悪いぜ?なんてーの?土気色?」
「あぁ、徹夜が三日続けばこうもなるさ。でも風邪の可能性は否定できないな。咳が出ないからインフルエンザかもしれない」
言いながら、ふと気付く。
あぁ…またあの匂いだ。
何の匂いだろう。
物が腐った…、そう、果物が腐ったような匂い。
「雅之、なんだか臭くないか?果物の腐臭みたいな」
この間感じた時よりも、臭気が濃いように思える。
「はぁ?まさかお前、さっきから頭痛だの匂いだの言ってるけど、まさかヤバいもんに手ぇ出してんじゃねぇだろうな?」
苦笑交じりに首を振ってみせる橘。
99 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:26 ID:pl/EbxVR
「有り得ない。やるわけないだろう?」
「確かに、恭一はそんなタイプには見えねぇわな。でも、やってみたいと思った事ぐらいあるだろ?」
「無いな」
「……さいでっか。なら惚れ薬はどうよ?」
橘は少しだけ沈黙して答えた。
「あるな…。それはある。そんな物が使えるなら、使うだろう」
昔から、二人は良くこんな事を語り合った。
橘と雅之が出会ったのは小学校に入学したての頃で、最初は頻繁にいざこざを起こすような関係だった。
それがいつの頃からか、お互いが隣に居る。
騒ごうか。そう思った時、真っ先に頭に浮かぶ。橘にとって、居心地の良い友人だ。
100 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:28 ID:pl/EbxVR
「だろ?そりゃあ男なら誰だって思うわなぁ。ハーレムだって夢じゃないんだぜ?」
助平を絵に描いたような笑みを浮かべて、雅之は笑った。
悪い男では決して無いのは橘が良く知る所で、彼が写真部の常連なのも、また良く知っている。
「そんなものか?俺は清香が居れば、それでいい」
「うわ、真顔で言いやがるかよコイツは…」
呆れ果てた顔で肩を落とす雅之。
「振られるんじゃねぇぞ?恭一」
背中を、ぽんと叩く、強くも無く弱くも無い、その感触が嬉しかった。
108 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:09 ID:WAb1TBd5
始業式の準備は、生徒会役員と学級代表の連携により、滞り無く完了した。
高等部全生徒が収容されて、まだ有り余る余裕を持つ講堂では、現在、生徒会会長の挨拶が進められている。
壇上にあるは、凛々しい女生徒。
長い髪をポニーテールに結い上げ、背筋をしゃんと伸ばし、その瞳と声は、六百人余りを前にして臆することが無く、悠然と淀む所が無い。気高い美少女と呼ぶに相応しい彼女こそが、五陵学園高等部生徒会長、九条 香住。
別名、女帝。
名付け親は誰あろう橘だ。
マイクのボリュームを若干下げ、声を張るようにしてしゃべるのが、こうしたときの彼女の常であり、橘が見ていても香住には威厳じみた雰囲気が見てとれる。スピーチに問題が無い事を確認すると、橘は生徒達に目をやった。
生徒会役員は教員達と同様に、壁際に立って、着席することはない。稀ではあるが、体調を崩した生徒が居たりするので、式典集会中は気を配らなければならないのだ。
とは言え、問題などそう滅多に起こる事ではないし、夏休み気分が抜けない生徒達は、あちらこちらで船を漕いでいる。
だが、橘は激しい頭痛に苛まれて一人平静を装いながらも苦悶していた。
ともすれば嘔吐しそうになる程の頭痛。
109 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:13 ID:WAb1TBd5
脳腫瘍や脳内出血と言った、危険な単語が先程から頭の中で点滅している。これは流石にやばいか?
何食わぬ顔で、隣の雅之に、用を足しに行く事を耳打ちし、静かに講堂を出る。
重い防音扉を極力静かに閉めると同時に、橘は壁に寄り掛かった。
ともすれば倒れ込みそうになる体を、辛うじて支え、胸に込み上げる嘔吐感を無理矢理に押さえ込み、足に力を込めて歩き始める。
保健室へは渡り廊下を過ぎ、ぐるりと回り込まなければならない。
普段ならどうという事も無い距離も、今は遥かに感じる。
無人の廊下をモタつく足でかろうじて保健室までたどり着く。
安堵の息をつく橘は引き戸に手をかけ…
「……ぁあっ…た…しい…す」
凍りついた。
この声。
たとえ実経験が無い男子でも、十代も半ばになれば、誰でも知っている。
これは…。
「もっ、もう我慢できっ…ないんですぅっ!」
「へへへへへ……。すっかりお前も染まってきやがったなぁ?」
「うずくのっ!欲しくてっ!欲しくてっ!」
「すっかり虫の虜だなぁ…小田桐ぃ?」
110 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:16 ID:WAb1TBd5
思考が、止まる。
女の声は欲情にまみれ、上擦って居るものの、橘の知る小田桐である。
間違いは無いだろう。
男がそう呼んだのだから。
ブタ倉が、板倉がそう呼んだのだから。
数日前の記憶がフラッシュバックする。
夜の廊下を、
二人連れ立つ、
ブタ倉と小田桐。
まるでありがちなAV染みた行為が、この扉一枚向こうで行われている。
下衆な想像そのものが、今ここで。
唐突に怒りが込み上げる。
人が体の不調を押してまで集会の準備を済ませ、なんとか休養を求めた先では、教師と生徒が乳操りあっている。しかもそこは校舎内で唯一ベッドが存在する、病人の駆け込み寺だ。確かに肌を重ねるにも適している事は否めない。
だが。橘は思う。
俺の眠りを妨げるくらいなら、屋上で青カンしてこいこの糞教師。
思い立ったが最後、止まらない。
捻り込むような前蹴りは、呆気ない程たやすく戸を跳ね飛ばし、部屋正面の椅子に当たってようやく止まった。
「貴様等…」
赤く彩られた感情が導くままに、悪口雑言をぶちまけようと踏み込む橘の視界に、小田桐 由利の白い背中と、ブタ倉の突き出た毛むくじゃらな腹が飛び込んで来た。
111 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:19 ID:WAb1TBd5
言葉を失う橘。
その醜い腹の下に、見慣れない物がある。
それは、人体の組織では有り得ない形状をしていた。例えるならばミミズに近い。
だがその脈の打ち様は?大きさは?コブの様な隆起は?複数の穴は?
「…せんせい?わたしのなかに、はやくください」
動けないままの男二人を置き去りに、小田桐由利だけが、ブタ倉の毛の生えた乳首にゆっくりと舌を這わせ、しなだれかかる。
…あれは、なんだ?
全裸の彼女の股の間から、うごめく桜色の何かが見え隠れした。
ぽたり、ぽたりとそこから溢れた粘液がシーツを濡らす。
むわりとむせ返るような、あの腐臭が二人から流れ出している。
「お前、生徒会の橘だなぁ?」
名を呼ばれて、びくりと体が引きつる。気後れした橘は、まだ体の自由が取り戻せずに、硬直していた。
「今は始業式の最中だろうが?…いかんなぁ」
112 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:22 ID:WAb1TBd5
「いかんぞ、橘ぁ?お前は講堂でカカシみたいに立ってなきゃいかんだろうが?」
余裕を取り戻したブタ倉は、にたりと笑って由利の張り詰めた乳房に手を伸ばす。
「んぁっ…」
触れられただけで、由利はひくりと身を揺らめかせる。腰を落ち着き無く揺らしながら、ブタ倉の股間の異形を握ると、慣れた手つきでそれを上下に擦り始めた。
どろり。
異形から溢れ出す、乳白色の粘液を異形にゆっくりと絡め付け、それにまみれた手を眼前まで挙げると愛しげに指を一本一本しゃぶりあげる。
「橘が見てるってのにしょうがない奴だな、小田桐」
ふてぶてしい笑いを口元に張り付かせて、ブタ倉はその感触を楽しむようにたわわなそれを揉みあげる。
「ぁ…ん。殺しちゃ…えば、ふ…いいじゃないで…やぁん!」
橘の理解の範囲外の出来事が繰り広げられている。
逃げなければ。
頭の中で、本能がしつこい程に警鍾を鳴らしていると言うのに、橘の体は依然言う事を聞かない。
そして最悪のタイミングで…
「副会長!お加減は大丈夫なんですか?」
彼女はやってきた。
夏休みも終わりに差し掛かった部室に、化石染みたワープロの、キーを叩く音だけが響いている。
校庭から響くのは、サッカー部の賑やかな声。
それをまるで別世界の事のように聞きながら、橘 恭一は電卓の液晶のようなディスプレイに食い入るように目を離さない。
「これで…四人目か」
ここ、私立五陵学園から、行方不明者が多発している。
生徒会副会長である橘は、数日後に迫った新学期の始まりに向けて、生徒に配布するプリントを制作していた。
生徒に登下校及び放課後の、注意を促すものである。
生徒会は基本的に学園内の自治が認められる。
その自由度は大きく、学園内行事の新案から、風紀、様々な権利を持つだけに、その義務も大きい。
この手の作業は、全てが生徒会の分担になる。
面倒な話ではあるが、手を抜くと教員や役員達への発言力に直接響く事になるため、そうそう手は抜けないのだ。
38 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:26 ID:0Ms+TBxB
「どうせただのプチ家出とか、彼氏と内緒で旅行とかじゃないのかよ?」
独りごちる呟きに、嫌味な響きがあるのも仕方あるまい。
何せ、まだ課題が半分も終わっていないのだ。
リミットは後三日。
無理です。て言うか俺はアホですか?
こんな事してる場合じゃないだろうが?
一般課の生徒達が課題をせずに遊びほうけるのはまだ許される。
だが、橘は進学課の三年。国立を目指して日夜邁進すべき身の上なのだ。
ならば、そんな彼が何故夏休みも終盤になって、課題をたんまりと残しているかと言うと、
彼女ができたのだ。
生まれて始めて。
一般課、二年、帰宅部の。
つまりはヒトナツのメモリーがうんたらかんたら。
舞い上がった。それはもう天高く。
そして、その彼女は、橘が夢中になるに当然の要素を備えているのだった。
39 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:43 ID:0Ms+TBxB
鮎川 清香。
男女問わず、とにかく人気が高い。
素直で人を嫌うことの無い穏やかな性格と、柔らかな物腰。十羽ひとからげのアイドル等とは比較にもならない、容姿。
そして、多少小柄ながらも、あくなき自己主張を止めないボディライン。
彼女は、写真部の財源であり、情報処理部のバナークリック回数を二桁増やし、アンダーグラウンドな男子連中からは、妹にしたい生徒№1の座をもぎ取り、ごく僅かな女子達からも妹にしたい生徒№1の栄誉を受けている。
正直、橘自身も、持て余しそうな出来過ぎた恋人だった。
40 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 22:59 ID:0Ms+TBxB
付き合い始めたきっかけは、橘からの告白。
一年二年と、部活と勉強、そして男友達との馬鹿騒ぎに明け暮れた。気がつくと自らの高校生活に足りない物が有る。
だから告白した。
不発に終わる心構えで彼女を呼び出し、想いを告げた。
それは、不意に一人で旅行に出たくなるような衝動と比べても、差異は無いと言ってよかっただろう。
恋愛の真似事くらい、経験したかった。実際にはただそれだけだ。
それが今は、彼女無しでは、鮎川 清香無しでは居られなくなっている。
「幸せな病気だな…」
気がつくと手は止まり、口元は緩んでいる。目はモニターに有りながら、見える物は違っていた。
41 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/19 23:29 ID:0Ms+TBxB
橘が壁にかけられた時計に目をやろうとした時、小さく入口のドアが鳴った。
聞き取れないような小さすぎるノック。
間を空けずに続いたノックは、はっきりと聞こえる。
橘はノックの主を知っていた。
「どうぞ」
早鐘のような心臓の動きを隠し、至極平坦な声音で橘は応えた。
「失礼します」
小さいながらも通る声とともに、彼女は現れた。
「差し入れ持ってきましたよ?橘さん」
清香が麻のトートバッグと水筒を掲げて、華やかに微笑む。
その時にはもう、橘の頭の中には、プリントの事も課題の事もすっかり消え失せていた。
「歩いて来たのか清香?暑かっただろう、クーラー強めようか?」
自分の隣の椅子を引いてやり、空調のリモコンに手を伸ばす。
「平気です。橘さんが寒くなっちゃいますよ?」
清香は柔らかに断ると、椅子に腰を降ろし、トートバッグから丼を取り出す。
ラーメンの器にちょうど良さそうなそれを、当たり前の様に机に置き、取り皿らしき小皿を数枚。
中は黄色い何かで満たされているのが、ラップ越しに見えた。
。甘いものは頭と心の栄養ですから」
丼でプリンは作らないだろう。反射的なツッコミを辛うじて飲み込む。
言える訳が無い。そこにはデスクワークの疲れを労おうとする愛がある。
橘のために作られたプリンなのだから。
見る間に清香が紅茶をカップに注ぎ、テーブルを整えていく。家事手伝いが身についている証拠だった。
そんな家庭的な様子を見ながら、橘はどうやってこの苦境から脱しようか悩んでいた。苦笑を顔に張り付かせて。
丼一杯のプリン。
半分にしても荷が勝ち過ぎる。
が、最愛の彼女が作ってくれた料理にケチを付けるほど、贅沢な思考回路は持ち合わせてはおらず、完食を覚悟して橘は小さく溜息をこぼした。
第一、それきり料理を作ってくれなくなったらどうするのか。
清香の料理は、ことごとく旨いのだ。
「いつもは、生徒会室っていつも人が居ますから、橘さんと二人きりってちょっと不思議な感じですね」
そう言う清香はご機嫌で、楽しそうに少量に取り分けたプリンを差し出す。これがあと何杯も続くのだろう。
62 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/20 22:40 ID:S3ON5ixt
「そうだな。いつもは皆そろってぎゃあぎゃあ煩いからな」
その言葉を聞き、橘は少し心の重圧が軽くなるのを感じた。
二人きりで居られて嬉しい。清香は暗にそう言ってくれているのだから。
面と向かって心をさらけ出すのは照れ臭い。言葉にするのなら尚。
二人は恋愛初心者なのだ。
加えて、清香は付き合い初めて四ヵ月の橘を、未だ恭一とは呼べない。苗字にさん付け。キスすらまだ二人は交わしていない。
つまり鮎川 清香とはそんな子だった。
「じゃあ、いただこうかな。清香の力作を」
「はい。紅茶も熱いうちにどうぞ」
「じゃあいただきます」
言いながら、プリンを口に運ぶ。
隣の清香も一口目を頬張っている所だった。
丼から直接。
「残りは全部食うのかよ!?」
流石に今回は本能にあらがい切れない橘だった。
63 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/20 22:41 ID:S3ON5ixt
真夏の陽射しも陰りを見せる夕暮れ。部活に明け暮れる生徒達の声も今は無く、学園は静けさに満ちていた。
夏季休暇中という事もあり、教員の姿も無い。ただ、数時間毎に巡回する常駐の警備員が存在するのは、やはり私立ゆえか。
生徒が普段立ち入らない、用具室。そこから、薄暗い明かりが漏れている。
聞こえるのは湿った音。
女の爛れた嬌声。
コンクリートが打ちっぱなしの室内にその音は良く響いた。
だが今は、いや、それが生徒が賑わう昼のさなかだろうが、気付く者は居ないだろう。そこは生徒達の生活からは完全に隔離されている。
「ああぁっ!深いのっ!深いのおっ!」
悦楽に彩られた声は、半ばあやふやで、肉欲に染まりきっている。
「なんだ、お前、奥は嫌いなのか!?」
「あっ…大好きよっ!奥っ!好きっ!」
ひやりとする床に這いつくばる女は、学園の制服を身につけている。
それをはだけ、張りのある豊かな乳房を、後ろから獣のように突かれる反動でゆさゆさと揺らしながら、快楽を享受しているのだ。
普段はきつい目元を、潤ませて、半ば微笑むように彼女は男に身を任せていた。
64 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/20 22:42 ID:S3ON5ixt
「そらそら!そんなに俺のイチモツがいいのか!?」
「はっ、はいっ!大きいの!来るぅーっ!あああああっ!」
体を交わしていながら、二人を恋人と判断するのは難しいだろう。
方や涼やかで気の強そうな女子生徒。
もう一方は、無精髭もあらわな不潔感に満ちた中年である。
誰もが目を疑う光景。
だが、彼女は現に、自らの腰を男の動きに上手に合わせてうごめかせている。
その接合部からは、鮮血と快楽の粘液が滴っていた。
「ざまぁねぇぜ!あんな態度を取ってたお前が、今はこうしてヒィヒィよがってやがるんだからなぁ!」
応えは無い。彼女はただ、あられも無い声をあげるだけ。絶頂がもうそこまで迫っていた。
「処女マンコぶちぬかれてイくのか!?この肉人形が!」
男の動きが激しさを増す。こちらも射精が近い。
甲高い少女の絶叫にあわせて、男が接合を解く。慌てて不様な動作でイチモツを彼女の顔に突き付けると、びゅくりと白濁した液体がその先端から吹き出した。
恍惚としながら、彼女は続々と噴射する精を顔に受けている。
「しゃぶれよお嬢様」
男が上がった息を抑えながら、柔らかな感触にうめく。
「コイツさえありゃあ…」
71 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/23 20:30 ID:eEOLhQpt
結局、清香は丼一杯のプリンを完食した。
その後、たわいの無い会話が続き、プリントの制作は遅れ、完成を見たのは夕日が沈み切った頃だった。
蛍光灯の明かりも無い、無人の廊下を清香が怖がり、橘のシャツの裾を掴みながら、彼の影に隠れるようにして二人は歩いた。
ちょっと失礼しますね。
はにかみながら、ぱたぱたと音をたてて清香が女子トイレのドアの向こうに消える。
妙な気恥ずかしさに曖昧に頷いた橘は、壁に寄り掛かり、窓の外に目を向けた。
狭い私道を挟んだ向かいには、中等部の校舎が暗がりの中に浮かんでいる。
ほんの三日もすれば、そこにもここにも生徒が溢れ、また毎日が始まるのだ。受験勉強、生徒会の自治活動、そして恋愛…。忙しい日々。二月前は夏休みが待ち遠しかったが、今はそれが懐かしい。
悪友と友人達の顔を思い浮かべ、携帯のメールをチェックしていると、不意に違和感を覚えて橘は顔をあげた。
ささいな何かが橘の五感に呼びかける。
異臭。
鼻につく不快な甘い匂い。それが違和感の源だった。
「床のワックスってこんな匂いだったか?」
記憶を辿るが、思い当たる節は無い。
その時、廊下の曲がり角から微かに足音がした。
「まずっ…!」
72 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/23 20:32 ID:eEOLhQpt
慌てて階段脇のデッドスペースに身を隠す。夏季休暇中、十八時を過ぎての生徒の立入は禁じられている。生徒会副会長としては、見つかるのはあまりよろしくない。
足音が近づく。二人分だ。
橘は興味に駈られ、そっと顔を覗かせた。
「日本史のブタ倉と…?」
小さく呟き、目を凝らす。
間違いない。あれは日本史の板倉、通称ブタ倉または痛倉と、同じクラスの女子…小田桐 由利だ。「ブタ倉と小田桐…?」
有り得ない組合せに、橘が眉を寄せる。
ブタ倉は学園内ワーストワンの不人気教師。女子から変質者紙一重の称号を戴き、男子からはイビリ王の名で呼ばれている。
未確認ではあるが、女子の着替えを盗撮しただの、尻を触っただのという、いわくが尽きない。
小田桐は率先してブタ倉に噛み付く、女子のリーダー的な存在で、常に矢面に立ってはブタ倉と対立を繰り返していた。
その二人が、こんな時刻に廊下を並んで歩く事自体が橘には信じられない。
某テロリストグループの指導者と、世界警察の大統領が並んで歩いているようなものだ。
呆然とする橘に気付きもせずに、二人は玄関へ向かっていく。
73 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/23 20:35 ID:eEOLhQpt
やがて完全に二人が見えなくなり、廊下に戻った橘は、何かしっくりこない心のしこりを持て余していた。
「にしても…何の匂いなんだ、これは」
甘い異臭は、何故か強さを増している。
答えの出ない胸のつかえは、トイレから出た清香にシャツの袖を摘まれるまで続いた。
新学期は瞬く間にやってきた。
三日の完徹により課題は数学の一部を残して、完成。
問題の数学は悪友に写させて貰えばなんとかなる。
「太陽が黄色く見えるってのは本当だったんだな…」
眠気を通り越して、吐き気すら訴える体を引きずるようにして、橘は人気の無い通学路をMTBで飛ばした。
一般の生徒が登校する一時間半以上前には、生徒会室に着いていなければならない。時間までに始業式の準備を済ませなくては。
ガラ空きの駐輪場に、後輪を派手にスリップさせて停まると、一番奥へ放り込む。
近場の窓を開けると鞄を放り込み、裸足になって廊下を走る。
玄関から回るよりも、これで数分は稼げる算段だ。
下駄箱で靴を履き変えて、ダッシュで生徒会室を目指す。
「おはよう!」
勢い良く飛び込んだ先で、ざっと役員達の集合具合いを確認する。
94 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:16 ID:pl/EbxVR
「あ、副会長おはようございます。もう会長が何人か連れてホールで準備始めてます」
今時珍しい黒髪を長く伸ばした、おとなしめな印象の強い二年の女子、会計の三浦 桃。
「よう、色ボケ。目の下に隈作る程、何頑張ってたんだ?いやらしい奴め」
三年男子、山崎 雅之。彼が橘の言う所の悪友である。彼は書記長を務めているのだが、字は果てしなく汚い。もっぱら実行部隊隊長といった所か。
「説明する気力も無いわ阿保が…」
軽口で返して、鞄を自分の机に放り投げる。
「凄い汗ですよ?副会長。これ、よかったらどうぞ」
桃が、熊のプリントが愛らしいハンドタオルを差し出す。
「あぁ、ありがとう桃ちゃん。洗っ…」
「捨てていただいて結構です」
即答。
ハンドタオルを手にして、時が凍る橘。
「相変わらず何と言うか…君は気が利くんだか、なんなん…」
「捨ててください」
「り、了解っス…」
爽やかな笑顔で言い切る春香に、やるせない物を感じながら、橘は汗を拭う。
「相変わらず嫌われてんなぁ恭一?」
「えぇ、大嫌いです。清香のハートを独り占めにする怨敵副会長なんて…」
95 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:19 ID:pl/EbxVR
大っ嫌いです。
またしても爽やかな笑顔。
「二回言うのかよ!?てかそんなに俺が嫌いかよ!?」
「えぇ、嫌いです。容姿はせいぜいが十人並み、成績は最近下降気味。副会長とは言え、立候補した実際の理由は暇つぶし。せいぜいが棒キレを振り回すのが得意な程度の『副会長』が、私の清楚可憐天衣無縫純粋無垢三国傾倒の清香を汚したのですから」
「最後のはなんか違うだろ…。ちなみにそれは褒め言葉じゃない」
徹夜が堪える橘に、また別種の頭痛がやってきて、頭を抱える。
「副会長は、確か御実家が剣道場でしたよね?世が徳川の頃なら、間違いなく貧乏旗本がお似合いです。そう、傘張りか金魚売りなんて如何です?」
「聞いてくれよ人の話を…」
桃が何かと橘につっかかるのが、日常だった。桃と清香は家が近く、産まれた時よりそれは仲の良い姉妹の様に育ち、今に到る。
親友を野犬に掠われたような気分なのだろうと橘は察するが、彼を嫌う桃の感情のベクトルは、別な何かにまっしぐらのような気がしてならない。
恋敵。
何故かそんな単語が寒気を伴い、橘の頭の中を掠めて消える。
「まぁ桃も、そう恭一をいじめないでやってくれや。コイツはコイツなりに色々頑張ってんのよ?」
96 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:20 ID:pl/EbxVR
にやにやと傍観を決めていた雅之が、見計らったように声をかける。
助かった。顔には出さないものの、胸を撫で降ろす橘に、
「大きな気持ちで受け止めてやんな。そのうちフラれる事になるんだからよ?」
あっさりと追い撃ちをかける雅之。
「俺はイジメられっ子か…」
「まぁそう腐んなって。羨望税?嫉妬税、みたいなもんか?あんだけ可愛い女の子とっ捕まえたんだ、平凡に甘い毎日送れると思うなよ?」
笑いながら、雅之はうなだれる橘の首ねっこに背後から腕を絡め、
「おら、さっさと講堂行くぞ?あんま遅れると会長閣下が御立腹だ」
言いながら、彼を引きずり始める。
「…閣下と言うよりあれは陛下だ。間違いない」
その会長陛下を思うだけで、さらに頭痛がひどくなる。苦虫を食んだような顔の橘は、桃に手を挙げてフェードアウトしていく。
「それじゃあ桃ちゃん、留守は任せた。何かあったら携帯鳴らしてくれ」
「はい、わかりま……って副会長!?酷い顔色ですよ!?」
気付くが早いか、慌てて椅子から立ち上がろうとする桃を手で制して、雅之の腕から逃れて自立する。
「頭が痛い。寝不足さ、ただの…」
97 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:22 ID:pl/EbxVR
「なんで桃ちゃんは、ああも俺に絡みたがるんだ…?」
講堂への道すがら、半ば呟くように雅之に問う。
一瞬、信じられない物に遭遇したように目を丸くして雅之は、何かを言いかけて口篭った。
彼にしては珍しく言葉を選ぶように話し始める。
「まぁ、なんだ。嫉妬と…羨望だろ。恭一、お前と鮎川が付き合う事に寄って、結構な人数が泣いたわけだ。桃もその一人だ…と。後は自分で考えろ」
意味深に咳払いをして、こう締め括る。
「言い辛い事言わせるなってーの」
「なるほど…」
それはあくまで予想どうりの答え。しかし、この胸の奥の苦い淀みはなんだと言うのか。
平然と接しているかに見える普段の彼女は、理性で何かを押し固めた仮面だと言う事だ。
温和しげな、日本人形のような容貌は男子から見ても好ましい。生徒会に所属することで男子からの認知度も高く、なかなかに人気がある。
そう言えば。
清香の言葉を思い出す。
「好きな人が居るみたいですよ?諦めかけてるみたいだけど…」
98 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:24 ID:pl/EbxVR
恋をしたその人が同性だった。ただそれだけの事。差別すべき事ではない。
「恋愛初心者に修羅場はキツい…」
「それも幸せの代償だっつうの。それよりマジで大丈夫かよ?顔色悪いぜ?なんてーの?土気色?」
「あぁ、徹夜が三日続けばこうもなるさ。でも風邪の可能性は否定できないな。咳が出ないからインフルエンザかもしれない」
言いながら、ふと気付く。
あぁ…またあの匂いだ。
何の匂いだろう。
物が腐った…、そう、果物が腐ったような匂い。
「雅之、なんだか臭くないか?果物の腐臭みたいな」
この間感じた時よりも、臭気が濃いように思える。
「はぁ?まさかお前、さっきから頭痛だの匂いだの言ってるけど、まさかヤバいもんに手ぇ出してんじゃねぇだろうな?」
苦笑交じりに首を振ってみせる橘。
99 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:26 ID:pl/EbxVR
「有り得ない。やるわけないだろう?」
「確かに、恭一はそんなタイプには見えねぇわな。でも、やってみたいと思った事ぐらいあるだろ?」
「無いな」
「……さいでっか。なら惚れ薬はどうよ?」
橘は少しだけ沈黙して答えた。
「あるな…。それはある。そんな物が使えるなら、使うだろう」
昔から、二人は良くこんな事を語り合った。
橘と雅之が出会ったのは小学校に入学したての頃で、最初は頻繁にいざこざを起こすような関係だった。
それがいつの頃からか、お互いが隣に居る。
騒ごうか。そう思った時、真っ先に頭に浮かぶ。橘にとって、居心地の良い友人だ。
100 名前:名無しさん@ピンキー :04/06/30 18:28 ID:pl/EbxVR
「だろ?そりゃあ男なら誰だって思うわなぁ。ハーレムだって夢じゃないんだぜ?」
助平を絵に描いたような笑みを浮かべて、雅之は笑った。
悪い男では決して無いのは橘が良く知る所で、彼が写真部の常連なのも、また良く知っている。
「そんなものか?俺は清香が居れば、それでいい」
「うわ、真顔で言いやがるかよコイツは…」
呆れ果てた顔で肩を落とす雅之。
「振られるんじゃねぇぞ?恭一」
背中を、ぽんと叩く、強くも無く弱くも無い、その感触が嬉しかった。
108 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:09 ID:WAb1TBd5
始業式の準備は、生徒会役員と学級代表の連携により、滞り無く完了した。
高等部全生徒が収容されて、まだ有り余る余裕を持つ講堂では、現在、生徒会会長の挨拶が進められている。
壇上にあるは、凛々しい女生徒。
長い髪をポニーテールに結い上げ、背筋をしゃんと伸ばし、その瞳と声は、六百人余りを前にして臆することが無く、悠然と淀む所が無い。気高い美少女と呼ぶに相応しい彼女こそが、五陵学園高等部生徒会長、九条 香住。
別名、女帝。
名付け親は誰あろう橘だ。
マイクのボリュームを若干下げ、声を張るようにしてしゃべるのが、こうしたときの彼女の常であり、橘が見ていても香住には威厳じみた雰囲気が見てとれる。スピーチに問題が無い事を確認すると、橘は生徒達に目をやった。
生徒会役員は教員達と同様に、壁際に立って、着席することはない。稀ではあるが、体調を崩した生徒が居たりするので、式典集会中は気を配らなければならないのだ。
とは言え、問題などそう滅多に起こる事ではないし、夏休み気分が抜けない生徒達は、あちらこちらで船を漕いでいる。
だが、橘は激しい頭痛に苛まれて一人平静を装いながらも苦悶していた。
ともすれば嘔吐しそうになる程の頭痛。
109 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:13 ID:WAb1TBd5
脳腫瘍や脳内出血と言った、危険な単語が先程から頭の中で点滅している。これは流石にやばいか?
何食わぬ顔で、隣の雅之に、用を足しに行く事を耳打ちし、静かに講堂を出る。
重い防音扉を極力静かに閉めると同時に、橘は壁に寄り掛かった。
ともすれば倒れ込みそうになる体を、辛うじて支え、胸に込み上げる嘔吐感を無理矢理に押さえ込み、足に力を込めて歩き始める。
保健室へは渡り廊下を過ぎ、ぐるりと回り込まなければならない。
普段ならどうという事も無い距離も、今は遥かに感じる。
無人の廊下をモタつく足でかろうじて保健室までたどり着く。
安堵の息をつく橘は引き戸に手をかけ…
「……ぁあっ…た…しい…す」
凍りついた。
この声。
たとえ実経験が無い男子でも、十代も半ばになれば、誰でも知っている。
これは…。
「もっ、もう我慢できっ…ないんですぅっ!」
「へへへへへ……。すっかりお前も染まってきやがったなぁ?」
「うずくのっ!欲しくてっ!欲しくてっ!」
「すっかり虫の虜だなぁ…小田桐ぃ?」
110 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:16 ID:WAb1TBd5
思考が、止まる。
女の声は欲情にまみれ、上擦って居るものの、橘の知る小田桐である。
間違いは無いだろう。
男がそう呼んだのだから。
ブタ倉が、板倉がそう呼んだのだから。
数日前の記憶がフラッシュバックする。
夜の廊下を、
二人連れ立つ、
ブタ倉と小田桐。
まるでありがちなAV染みた行為が、この扉一枚向こうで行われている。
下衆な想像そのものが、今ここで。
唐突に怒りが込み上げる。
人が体の不調を押してまで集会の準備を済ませ、なんとか休養を求めた先では、教師と生徒が乳操りあっている。しかもそこは校舎内で唯一ベッドが存在する、病人の駆け込み寺だ。確かに肌を重ねるにも適している事は否めない。
だが。橘は思う。
俺の眠りを妨げるくらいなら、屋上で青カンしてこいこの糞教師。
思い立ったが最後、止まらない。
捻り込むような前蹴りは、呆気ない程たやすく戸を跳ね飛ばし、部屋正面の椅子に当たってようやく止まった。
「貴様等…」
赤く彩られた感情が導くままに、悪口雑言をぶちまけようと踏み込む橘の視界に、小田桐 由利の白い背中と、ブタ倉の突き出た毛むくじゃらな腹が飛び込んで来た。
111 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:19 ID:WAb1TBd5
言葉を失う橘。
その醜い腹の下に、見慣れない物がある。
それは、人体の組織では有り得ない形状をしていた。例えるならばミミズに近い。
だがその脈の打ち様は?大きさは?コブの様な隆起は?複数の穴は?
「…せんせい?わたしのなかに、はやくください」
動けないままの男二人を置き去りに、小田桐由利だけが、ブタ倉の毛の生えた乳首にゆっくりと舌を這わせ、しなだれかかる。
…あれは、なんだ?
全裸の彼女の股の間から、うごめく桜色の何かが見え隠れした。
ぽたり、ぽたりとそこから溢れた粘液がシーツを濡らす。
むわりとむせ返るような、あの腐臭が二人から流れ出している。
「お前、生徒会の橘だなぁ?」
名を呼ばれて、びくりと体が引きつる。気後れした橘は、まだ体の自由が取り戻せずに、硬直していた。
「今は始業式の最中だろうが?…いかんなぁ」
112 名前:名無しさん@ピンキー :04/07/04 21:22 ID:WAb1TBd5
「いかんぞ、橘ぁ?お前は講堂でカカシみたいに立ってなきゃいかんだろうが?」
余裕を取り戻したブタ倉は、にたりと笑って由利の張り詰めた乳房に手を伸ばす。
「んぁっ…」
触れられただけで、由利はひくりと身を揺らめかせる。腰を落ち着き無く揺らしながら、ブタ倉の股間の異形を握ると、慣れた手つきでそれを上下に擦り始めた。
どろり。
異形から溢れ出す、乳白色の粘液を異形にゆっくりと絡め付け、それにまみれた手を眼前まで挙げると愛しげに指を一本一本しゃぶりあげる。
「橘が見てるってのにしょうがない奴だな、小田桐」
ふてぶてしい笑いを口元に張り付かせて、ブタ倉はその感触を楽しむようにたわわなそれを揉みあげる。
「ぁ…ん。殺しちゃ…えば、ふ…いいじゃないで…やぁん!」
橘の理解の範囲外の出来事が繰り広げられている。
逃げなければ。
頭の中で、本能がしつこい程に警鍾を鳴らしていると言うのに、橘の体は依然言う事を聞かない。
そして最悪のタイミングで…
「副会長!お加減は大丈夫なんですか?」
彼女はやってきた。
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