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(ハイブリッドエンジェル=カナエ 第一話)
695 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:47:43 ID:jySL8AQp
第一話
「正義のヒロイン、その名は桐枝香奈」
夕日が教室を照らしている。教室の中には二人の人影。
グラウンドからは運動部員達の掛け声が響き、空へと消えていく。
「好きだ」
言葉を紡いだのは、背の高い影。優しげな表情をした男子生徒だった。
「わ、わたしも……す…す…す…す………………」
突然の男子生徒の告白に応じるのは、背の低い女子生徒。
愛くるしい顔は緊張と興奮と期待と恥じらいと、それ以上の喜びで真っ赤にそまっている。
(言わなきゃ!)
夢の中で少女の鼓動が高鳴った。心の底から、何度も願った、その瞬間が、今目の前にある。
(好き、っていうの! ただそれだけ! 言え! 言え言え! いうんだー私!)
「私も! す、す、す、す、す、す――」
「す?」
「すき焼きって夏に食べてもおいしいよね!?」
(ちがーーーーーーーーーーう!! そうじゃなーーーい!!)
苦笑いを浮かべる男子生徒を前に女子生徒は自分の頭を結構手加減せず殴る。
「私も、す、す、すすすすすす―――」
「……す?」
「スキーって夏場に滑っても楽しいよ亜Kljふぇいおじょ;fjん;vん;か!?」
途中で何をしゃべってるのか分からなくなったらしい女子生徒が頭を抱えて悶絶した。
(なんで!? なんで!? 好き、っていうだけなのにどうしてそれができないの私は!?)
「それどころかどんどんアホな子になっているよう……」
「――ちゃんは?」
696 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:48:54 ID:jySL8AQp
「え!?」
――の部分が聞き取れない。聞き取れないが、
そこには絶対に女子生徒の名前が当てはまる筈だった。
「――ちゃんは、僕の事、どう思ってるの?」
「そんなの決まってる!」
(決まってる! 授業中も家に居る時も、夢の中だって! ずっと、想ってた!)
決意が固まった。覚悟を決めた。
本当に決めた。今日こそ、今こそ、告白する。
「――です」
蚊の鳴くような声だった。
(声がーちーいーさーい!! こんなんじゃ聞こえないよぉー!!)
「――聞こえないよ?」
「――きです」
(またあ!! 頑張れ私!!)
「――ちゃん?」
「すきなんじゃあ!!」
言った。とうとう言った。
言ってから気づく。
(今、考えうる限り最低な告白をしたような…!?)
「なぜに『なんじゃあ』ー!?」
(わけがわかんないよう!)
だが、激しく混乱する女子生徒を更に混沌へと突き落とすべく、新たな異変が訪れた。
「そうか好きか。ワレの事が好きなんじゃな?」
697 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:50:05 ID:jySL8AQp
男子生徒の雰囲気が変わる。というか言葉遣いからして激変した。
穏やかな笑顔は中年親父がうかべるような卑下たものにかわり――
――びりい!!
「うえ!?」
布地が避ける音に女子生徒が目を剥く。更に、目前の男子生徒の衣服が破れ、
肉が変形し、ウネウネネバネバした触手が生えてくると、口があの字に固まった。
「ワレも! おんどれのことがすきじゃあ!!」
すでに男子生徒はそこにいない。いるのは、にっくき我らが女の敵ネルガルだ。
「――ちゅわん!!」
ネルガルは女子生徒の名前を叫びながらおもむろにジャンプ。八本のうち二本の触手を
右手左手に見立てて平泳ぎの途中のようなポーズで飛び掛る。
まるで某漫画の怪盗三世の如く飛び込みに女子生徒は我を忘れるが、
「んちゅうううぅぅぅぅぅっっっ!!」
口を突き出し、唇を奪おうとするタコ面を見ていると、
――急に殺意が沸いた。
「お前なんか――!」
握り拳を作り、足を踏ん張る。ずだしっ、という音と共に、教室の床に亀裂が入った。
「お呼びじゃなーーーーーーーーーいぃっ!!!!」
どばきゃあっ!!
そこでブラックアウト。
何故か、タコ面を殴り付けた右拳に、生生しい感触があった。
698 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:51:54 ID:jySL8AQp
「お呼びじゃなーーーーーーーーーいぃっ!!!!」
どばきゃあっ!!
「ぶヴぇらっ!?」
ばたん!
――――チュンチュン、チュンチュン。
「…………あにゃぁ?」
右手に何か柔らかい物を殴る感触。それと奇妙な叫び声。それと身体を揺らす振動。
ついでに多分小鳥の囀りのおかげもあって、私は目を覚ました。
「……んーー?」
寝ぼけた頭で周りを見渡す。
ピンクを基調にした家具の数々。ベッドにはぬいぐるみ。
部屋の隅に置かれた本棚には魔法少女を初めとする変身ヒロインのコミックがこれでもか!
というくらい敷き詰められている。
天井には、姉が無理矢理張ったアニメのキャラクターポスターが私を見下ろしていた。
(私の部屋だ)
そう。断じて夕暮れの教室ではない。
「なんだ……夢かぁ…ってなんで私はすごいきれいなパンチを繰り出してるのか?」
ため息一つベッドに寝転がる。自然と夢の中の出来事が思い出されてきた。
(うー。嬉しいやら悲しいやら)
好きな人に告白された。次には、あまりよろしいとは言えない言葉遣いで、それに応え。
最後は好きな人がネルガルになってしまった。
「プラマイ……0? んーむしろマイナス?」
はう、と再びため息。
699 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:52:57 ID:jySL8AQp
「どーせ夢なんだから最初から最後までハッピーだったらいいのに。大体どうして
『すきなんじゃあ!』なのよぅっ。――うわっ、恥ずかしっ!
なんか急に恥ずかしくなってきちゃった!」
誰かに見られているわけでもないのに頭から布団を被り直す。
被り直した後、恥ずかしさや怒りや、でもちょっとだけ優越感をかんじちゃったりして、
布団の中でごろごろと転げ回る。
(なんで夢って、あんなにいい加減なのかなー! 実際じゃ絶対言わないような事言ってるし!
かと想ったらところどころでみょーにリアルだし! グラウンドの掛け声とか。
ブラスバンドとか。ネルガルを殴った感触とか!)
「――――――――っ」
がばり、と布団を跳ね除けた。
「――あれ? 殴ったのって、夢…だよね? 現実じゃないよね?」
(なんか右手、すごくいい感触残ってるんだけど?)
「まさか…ね?」
んー、と伸びをする。時刻は六時。そろそろ起きないといけない。
炊事に選択は全て私がやってるんだ。
ベッドから脚を下ろす。
「さて、お姉ちゃんを起こさないと――」
皆まで言うよりも早く、足の裏がぐにゃり、と何かを踏んづけた。
「うぇ!?」
脚を退ける。その下から現れたのは、左頬を真っ赤に晴らして気絶している、
「お姉ーちゃーんっ!!?」
だった。
700 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:54:46 ID:jySL8AQp
***
私の名前は桐枝香奈。国立『お茶のお湯学園』に通う●学二年生!
――あれ? なんで伏字になっちゃうの? んーーーー
私の名前は桐枝香奈。花も恥らう1●歳!
――また伏字! なんでぇ!? どうしてえ!?
う~~っ、だったら!
私の名前は桐枝香奈! 国立『お茶のお湯学園』に通っています!
子供っぽいランド●ルはさようなら! そしてこんにちは可愛い征服!!
――伏字は出るけど、なんとか分かるかな?
趣味は漫画を読む事とアニメを見る事とぬいぐるみ集め(クマさんの)!
苦手なものは――お姉ちゃんかな?
「これでいい?」
私は、後ろで頬に氷嚢を当てているお姉ちゃんに聞いた。
「ダメだ。五十点。八十点になるまでお姉ちゃんは許さないからな」
「ええー。そんなー。大体なんで自己紹介文なんて書かなくちゃいけないの?」
「お姉ちゃんを殴った罰とそれから――」
「それから?」
「まあ、秘密だ。なに、香奈も大人になったら分かるさ」
「ぶー。どうせ私はお子様だもーん」
そうだよ。私はお姉ちゃんみたいに大学で教師を出来るくらい頭はよくないし、
お姉ちゃんみたいに美人じゃないし。お姉ちゃんみたいに胸おっきくはないし。
お姉ちゃんみたいに――
701 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:55:51 ID:jySL8AQp
「…………っっ」
「いや、香奈? どうしてお姉ちゃんを無言で睨むんだ?」
「なんでもない! うまく変換できないこのノートパソコンがむかつくだけ!!
どうして年齢を書こうとすると伏字になっちゃうの!?」
「ああ、それはだな――まあ大人の事情というヤツだ」
――わっけわかんないよ、もう!!
「そんな事より香奈。文章を書き直すんだ。取り合えず可愛い『征服』だけはマズイ」
「あっ!? ほんとだー!! 漢字間違ってるー!」
「香奈。漫画もアニメもぬいぐるみもいいが、ちゃんと勉強しないとアホな子になってしまうぞ?
お姉ちゃんは香奈を、無意識の内に実の姉を撲殺しかけるようなアブナイ妹には育てなくないぞ?」
「だーかーらー!! さっきのパンチはわざとじゃなかったって言ってるじゃない!!」
「『お前なんかおよびじゃなーい!!』だからなぁ。あれはお姉ちゃん傷ついた」
「うー。だってあれは夢の中で――」
「だってもへったくれもない。口を動かす暇があったら手と頭を動かすんだ」
「――はぁい…」
なんかお姉ちゃん、きびしー。
仕方ないか。悪いの私だし。
ため息を付きながら私が諦めた時。お姉ちゃんの声が聞こえた。
小さな小さな声。でも私は聞いちゃったんだ。
「――全く、お陰で今朝の香奈のパンツをチェキできなかったじゃないか」
忘れていた。私のお姉ちゃんはこういう性格だったんだ。
702 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:57:32 ID:jySL8AQp
「――お姉ちゃん? 聞こえてるよ?」
「……っ」
お姉ちゃんの顔が面白いくらい引きつる。聞こえたとは想わなかったんだね。
でも私、地獄耳だから。
「いや待て、香奈。お姉ちゃんはな、お前が真っ直ぐ善い子に育っているかを確かめる為にも、
――ああ、待つんだ香奈。取りあえずはそのハリセンをしまおう。そう、それから話し合いだ。
人間が動物より優れている点は言葉を使って会話する事だと私は考えているんだ。
なぜならそれにより的確なコミュニケーションを交わし、
円滑な人間関係を築く事が出来るからだ。だから香奈! 暴力に逃げてはダメだ!!
暴力はんたー―」
ずぱああああん!!
――うーん。カ・イ・カ・ン♪
***
私の名前は桐枝香奈。少女漫画やドラマ、あと、たまーに好きな男の子の夢を見たりする、
普通の女の子。趣味は熊のぬいぐるみを集める事。
私には年の離れた『美弥』っていうお姉ちゃんがいて、
私の通っている高等部で物理の先生をしてるの。
白衣姿がすっごく似合っていて学園でも一部の生徒からは凄く人気が有るんだって。
それに、頭だってすごくいい。教師をやっているから、とかそんなんじゃなくて、
もう天才の領域だって。IQだったっけ? あれが170もあるんだとか。
私なんかテストで100点だって取れないのに、お姉ちゃんすごいなぁ!
でもね、性格の方はちょっと、問題があって……
お姉ちゃんとおんなじ先生さん達も色々苦労してるみたい。
学校の機材を使って妙な道具を作ったり、あと、私の下着を勝手にあさったり、
布団の中に勝手に潜ってきたり、お風呂の中に乱入したり、
机の下のほうに隠しカメラを付けたり――!!
703 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:58:43 ID:jySL8AQp
ずぱああん!!
むかついたからお尻の下の椅子をハリセンで叩く。
「ぶめろ!!?」
椅子が悲鳴を上げた。
「椅子は悲鳴なんて上げないの!!」
「ま、待て香奈! こ、これはあんまりにも酷い仕打ちだと――」
ハリセン一線。
「ひびゅらっ!? っというか香奈! お前のハリセンは凶器なんだぞ!! もっと優しく」
ずぱん!!
「るぴゅう!? や、優しく…! ああ、だがこれは、これで――イイ」
――っっっっっっ!!!!
「椅子は喋るな!!」
ずぱん、ずぱん、ずぱぱぱぱぱあああん!!
「どぅむろ!? ぱぷれ!? すくぅびどぅびどぅ!!」
――妹に馬乗りされた上にハリセンで叩かれて喜ぶ変態です!
高速でノートパソコンにタイピングする。
気が付けば出来なかったはずのブライドタッチまでこなしていた。
「はあ、はあ、はあ!」
-―あれ、私、どうしてこんなに息が上がってるの?
原因は分かってる。分かってるけどそれを認めると更に疲れそうなので止めた。
「自己紹介は書けたか香奈?」
「なんで平気そうな顔してるのー!?」
704 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:59:56 ID:jySL8AQp
「はっはっは。お姉ちゃんをなめちゃいけない――いや、訂正。
香奈になら『舐められても』いいかな?」
「ハリセンならいくらでもしてあげるけど?」
「いや。痛いのはたまにやるくらいで良いだろう。飽きても困る。特殊ぷれいというやつだ」
「たまに!? 飽きる!? とくしゅぷれい!?」
――どれから突っ込めばいいんだろ!?
「さて、もういいだろう」
私が真剣に頭を抱えている隙に、お姉ちゃんが私のお尻から抜け出した。
私も大人しく、傍に有った椅子をお姉ちゃんに譲る。
ここはキッチン。朝のパンチの罰、それから良く分からない事情で、
私はお姉ちゃんに自己紹介文を書かされていた。
「ふむ。文章は大分マシになったな。直すべき所も有るが。今の香奈にはこれくらいでいいだろう。
――それに、お姉ちゃんは嬉しいよ。こんなに自分の事を書いてくれて」
「全部悪口だけどね!?」
――どうして、嬉しそうな顔するのかな!?
「まあなんだっていいじゃないか。そうだ。香奈の事ももっと書けば良い」
「……私の事って? どんな漫画読んでるのかーとか?」
「それもあるが。香奈には。香奈にしか出来ない事をやっているだろう」
どくん。心臓が高鳴った。
それが何の事かは私でも分かった。
お姉ちゃんがテーブルの端にあった新聞を手に取り、私に渡す。
「今日の朝刊だ。『また』一面記事だぞ?」
私は、なんだかムズ痒いような、でも心地良い興奮を感じながら、
テレビ欄を自己主張する『夕日新聞』を裏返した。
大きな見出しにはこう書いてある。
705 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 19:00:56 ID:jySL8AQp
『秋葉原に現れた現代の魔法少女、またもやネルガルを倒す!!』
「お姉ちゃんは、この事は誇りに思ってもいいと思うぞ」
「……うん」
なんだか照れくさくって、私はお姉ちゃんから顔を背けてしまう。
それから、お姉ちゃんの嬉しそうな視線から逃れるように、ノートパソコンに向かった。
エンターキーを二回押して、続きを書く。
――お姉ちゃんは変態で、でも美人で天才です。
でも私も、そんなお姉ちゃんに負けないくらいの……その秘密を持ってます。
お姉ちゃんを無言で見る。
――本当に書いちゃっていいの?
「うむ」
「……あにゃ」
なんだろう。困ったような嬉しいような恥ずかしいような感覚に、顔がほころんじゃう。
再びエンターキーを押す。そして、覚悟を決めた私は、一文を書いた。
――実は私、正義のヒロイン、やってます。
第一話
「正義のヒロイン、その名は桐枝香奈」
夕日が教室を照らしている。教室の中には二人の人影。
グラウンドからは運動部員達の掛け声が響き、空へと消えていく。
「好きだ」
言葉を紡いだのは、背の高い影。優しげな表情をした男子生徒だった。
「わ、わたしも……す…す…す…す………………」
突然の男子生徒の告白に応じるのは、背の低い女子生徒。
愛くるしい顔は緊張と興奮と期待と恥じらいと、それ以上の喜びで真っ赤にそまっている。
(言わなきゃ!)
夢の中で少女の鼓動が高鳴った。心の底から、何度も願った、その瞬間が、今目の前にある。
(好き、っていうの! ただそれだけ! 言え! 言え言え! いうんだー私!)
「私も! す、す、す、す、す、す――」
「す?」
「すき焼きって夏に食べてもおいしいよね!?」
(ちがーーーーーーーーーーう!! そうじゃなーーーい!!)
苦笑いを浮かべる男子生徒を前に女子生徒は自分の頭を結構手加減せず殴る。
「私も、す、す、すすすすすす―――」
「……す?」
「スキーって夏場に滑っても楽しいよ亜Kljふぇいおじょ;fjん;vん;か!?」
途中で何をしゃべってるのか分からなくなったらしい女子生徒が頭を抱えて悶絶した。
(なんで!? なんで!? 好き、っていうだけなのにどうしてそれができないの私は!?)
「それどころかどんどんアホな子になっているよう……」
「――ちゃんは?」
696 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:48:54 ID:jySL8AQp
「え!?」
――の部分が聞き取れない。聞き取れないが、
そこには絶対に女子生徒の名前が当てはまる筈だった。
「――ちゃんは、僕の事、どう思ってるの?」
「そんなの決まってる!」
(決まってる! 授業中も家に居る時も、夢の中だって! ずっと、想ってた!)
決意が固まった。覚悟を決めた。
本当に決めた。今日こそ、今こそ、告白する。
「――です」
蚊の鳴くような声だった。
(声がーちーいーさーい!! こんなんじゃ聞こえないよぉー!!)
「――聞こえないよ?」
「――きです」
(またあ!! 頑張れ私!!)
「――ちゃん?」
「すきなんじゃあ!!」
言った。とうとう言った。
言ってから気づく。
(今、考えうる限り最低な告白をしたような…!?)
「なぜに『なんじゃあ』ー!?」
(わけがわかんないよう!)
だが、激しく混乱する女子生徒を更に混沌へと突き落とすべく、新たな異変が訪れた。
「そうか好きか。ワレの事が好きなんじゃな?」
697 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:50:05 ID:jySL8AQp
男子生徒の雰囲気が変わる。というか言葉遣いからして激変した。
穏やかな笑顔は中年親父がうかべるような卑下たものにかわり――
――びりい!!
「うえ!?」
布地が避ける音に女子生徒が目を剥く。更に、目前の男子生徒の衣服が破れ、
肉が変形し、ウネウネネバネバした触手が生えてくると、口があの字に固まった。
「ワレも! おんどれのことがすきじゃあ!!」
すでに男子生徒はそこにいない。いるのは、にっくき我らが女の敵ネルガルだ。
「――ちゅわん!!」
ネルガルは女子生徒の名前を叫びながらおもむろにジャンプ。八本のうち二本の触手を
右手左手に見立てて平泳ぎの途中のようなポーズで飛び掛る。
まるで某漫画の怪盗三世の如く飛び込みに女子生徒は我を忘れるが、
「んちゅうううぅぅぅぅぅっっっ!!」
口を突き出し、唇を奪おうとするタコ面を見ていると、
――急に殺意が沸いた。
「お前なんか――!」
握り拳を作り、足を踏ん張る。ずだしっ、という音と共に、教室の床に亀裂が入った。
「お呼びじゃなーーーーーーーーーいぃっ!!!!」
どばきゃあっ!!
そこでブラックアウト。
何故か、タコ面を殴り付けた右拳に、生生しい感触があった。
698 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:51:54 ID:jySL8AQp
「お呼びじゃなーーーーーーーーーいぃっ!!!!」
どばきゃあっ!!
「ぶヴぇらっ!?」
ばたん!
――――チュンチュン、チュンチュン。
「…………あにゃぁ?」
右手に何か柔らかい物を殴る感触。それと奇妙な叫び声。それと身体を揺らす振動。
ついでに多分小鳥の囀りのおかげもあって、私は目を覚ました。
「……んーー?」
寝ぼけた頭で周りを見渡す。
ピンクを基調にした家具の数々。ベッドにはぬいぐるみ。
部屋の隅に置かれた本棚には魔法少女を初めとする変身ヒロインのコミックがこれでもか!
というくらい敷き詰められている。
天井には、姉が無理矢理張ったアニメのキャラクターポスターが私を見下ろしていた。
(私の部屋だ)
そう。断じて夕暮れの教室ではない。
「なんだ……夢かぁ…ってなんで私はすごいきれいなパンチを繰り出してるのか?」
ため息一つベッドに寝転がる。自然と夢の中の出来事が思い出されてきた。
(うー。嬉しいやら悲しいやら)
好きな人に告白された。次には、あまりよろしいとは言えない言葉遣いで、それに応え。
最後は好きな人がネルガルになってしまった。
「プラマイ……0? んーむしろマイナス?」
はう、と再びため息。
699 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:52:57 ID:jySL8AQp
「どーせ夢なんだから最初から最後までハッピーだったらいいのに。大体どうして
『すきなんじゃあ!』なのよぅっ。――うわっ、恥ずかしっ!
なんか急に恥ずかしくなってきちゃった!」
誰かに見られているわけでもないのに頭から布団を被り直す。
被り直した後、恥ずかしさや怒りや、でもちょっとだけ優越感をかんじちゃったりして、
布団の中でごろごろと転げ回る。
(なんで夢って、あんなにいい加減なのかなー! 実際じゃ絶対言わないような事言ってるし!
かと想ったらところどころでみょーにリアルだし! グラウンドの掛け声とか。
ブラスバンドとか。ネルガルを殴った感触とか!)
「――――――――っ」
がばり、と布団を跳ね除けた。
「――あれ? 殴ったのって、夢…だよね? 現実じゃないよね?」
(なんか右手、すごくいい感触残ってるんだけど?)
「まさか…ね?」
んー、と伸びをする。時刻は六時。そろそろ起きないといけない。
炊事に選択は全て私がやってるんだ。
ベッドから脚を下ろす。
「さて、お姉ちゃんを起こさないと――」
皆まで言うよりも早く、足の裏がぐにゃり、と何かを踏んづけた。
「うぇ!?」
脚を退ける。その下から現れたのは、左頬を真っ赤に晴らして気絶している、
「お姉ーちゃーんっ!!?」
だった。
700 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:54:46 ID:jySL8AQp
***
私の名前は桐枝香奈。国立『お茶のお湯学園』に通う●学二年生!
――あれ? なんで伏字になっちゃうの? んーーーー
私の名前は桐枝香奈。花も恥らう1●歳!
――また伏字! なんでぇ!? どうしてえ!?
う~~っ、だったら!
私の名前は桐枝香奈! 国立『お茶のお湯学園』に通っています!
子供っぽいランド●ルはさようなら! そしてこんにちは可愛い征服!!
――伏字は出るけど、なんとか分かるかな?
趣味は漫画を読む事とアニメを見る事とぬいぐるみ集め(クマさんの)!
苦手なものは――お姉ちゃんかな?
「これでいい?」
私は、後ろで頬に氷嚢を当てているお姉ちゃんに聞いた。
「ダメだ。五十点。八十点になるまでお姉ちゃんは許さないからな」
「ええー。そんなー。大体なんで自己紹介文なんて書かなくちゃいけないの?」
「お姉ちゃんを殴った罰とそれから――」
「それから?」
「まあ、秘密だ。なに、香奈も大人になったら分かるさ」
「ぶー。どうせ私はお子様だもーん」
そうだよ。私はお姉ちゃんみたいに大学で教師を出来るくらい頭はよくないし、
お姉ちゃんみたいに美人じゃないし。お姉ちゃんみたいに胸おっきくはないし。
お姉ちゃんみたいに――
701 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:55:51 ID:jySL8AQp
「…………っっ」
「いや、香奈? どうしてお姉ちゃんを無言で睨むんだ?」
「なんでもない! うまく変換できないこのノートパソコンがむかつくだけ!!
どうして年齢を書こうとすると伏字になっちゃうの!?」
「ああ、それはだな――まあ大人の事情というヤツだ」
――わっけわかんないよ、もう!!
「そんな事より香奈。文章を書き直すんだ。取り合えず可愛い『征服』だけはマズイ」
「あっ!? ほんとだー!! 漢字間違ってるー!」
「香奈。漫画もアニメもぬいぐるみもいいが、ちゃんと勉強しないとアホな子になってしまうぞ?
お姉ちゃんは香奈を、無意識の内に実の姉を撲殺しかけるようなアブナイ妹には育てなくないぞ?」
「だーかーらー!! さっきのパンチはわざとじゃなかったって言ってるじゃない!!」
「『お前なんかおよびじゃなーい!!』だからなぁ。あれはお姉ちゃん傷ついた」
「うー。だってあれは夢の中で――」
「だってもへったくれもない。口を動かす暇があったら手と頭を動かすんだ」
「――はぁい…」
なんかお姉ちゃん、きびしー。
仕方ないか。悪いの私だし。
ため息を付きながら私が諦めた時。お姉ちゃんの声が聞こえた。
小さな小さな声。でも私は聞いちゃったんだ。
「――全く、お陰で今朝の香奈のパンツをチェキできなかったじゃないか」
忘れていた。私のお姉ちゃんはこういう性格だったんだ。
702 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:57:32 ID:jySL8AQp
「――お姉ちゃん? 聞こえてるよ?」
「……っ」
お姉ちゃんの顔が面白いくらい引きつる。聞こえたとは想わなかったんだね。
でも私、地獄耳だから。
「いや待て、香奈。お姉ちゃんはな、お前が真っ直ぐ善い子に育っているかを確かめる為にも、
――ああ、待つんだ香奈。取りあえずはそのハリセンをしまおう。そう、それから話し合いだ。
人間が動物より優れている点は言葉を使って会話する事だと私は考えているんだ。
なぜならそれにより的確なコミュニケーションを交わし、
円滑な人間関係を築く事が出来るからだ。だから香奈! 暴力に逃げてはダメだ!!
暴力はんたー―」
ずぱああああん!!
――うーん。カ・イ・カ・ン♪
***
私の名前は桐枝香奈。少女漫画やドラマ、あと、たまーに好きな男の子の夢を見たりする、
普通の女の子。趣味は熊のぬいぐるみを集める事。
私には年の離れた『美弥』っていうお姉ちゃんがいて、
私の通っている高等部で物理の先生をしてるの。
白衣姿がすっごく似合っていて学園でも一部の生徒からは凄く人気が有るんだって。
それに、頭だってすごくいい。教師をやっているから、とかそんなんじゃなくて、
もう天才の領域だって。IQだったっけ? あれが170もあるんだとか。
私なんかテストで100点だって取れないのに、お姉ちゃんすごいなぁ!
でもね、性格の方はちょっと、問題があって……
お姉ちゃんとおんなじ先生さん達も色々苦労してるみたい。
学校の機材を使って妙な道具を作ったり、あと、私の下着を勝手にあさったり、
布団の中に勝手に潜ってきたり、お風呂の中に乱入したり、
机の下のほうに隠しカメラを付けたり――!!
703 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:58:43 ID:jySL8AQp
ずぱああん!!
むかついたからお尻の下の椅子をハリセンで叩く。
「ぶめろ!!?」
椅子が悲鳴を上げた。
「椅子は悲鳴なんて上げないの!!」
「ま、待て香奈! こ、これはあんまりにも酷い仕打ちだと――」
ハリセン一線。
「ひびゅらっ!? っというか香奈! お前のハリセンは凶器なんだぞ!! もっと優しく」
ずぱん!!
「るぴゅう!? や、優しく…! ああ、だがこれは、これで――イイ」
――っっっっっっ!!!!
「椅子は喋るな!!」
ずぱん、ずぱん、ずぱぱぱぱぱあああん!!
「どぅむろ!? ぱぷれ!? すくぅびどぅびどぅ!!」
――妹に馬乗りされた上にハリセンで叩かれて喜ぶ変態です!
高速でノートパソコンにタイピングする。
気が付けば出来なかったはずのブライドタッチまでこなしていた。
「はあ、はあ、はあ!」
-―あれ、私、どうしてこんなに息が上がってるの?
原因は分かってる。分かってるけどそれを認めると更に疲れそうなので止めた。
「自己紹介は書けたか香奈?」
「なんで平気そうな顔してるのー!?」
704 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 18:59:56 ID:jySL8AQp
「はっはっは。お姉ちゃんをなめちゃいけない――いや、訂正。
香奈になら『舐められても』いいかな?」
「ハリセンならいくらでもしてあげるけど?」
「いや。痛いのはたまにやるくらいで良いだろう。飽きても困る。特殊ぷれいというやつだ」
「たまに!? 飽きる!? とくしゅぷれい!?」
――どれから突っ込めばいいんだろ!?
「さて、もういいだろう」
私が真剣に頭を抱えている隙に、お姉ちゃんが私のお尻から抜け出した。
私も大人しく、傍に有った椅子をお姉ちゃんに譲る。
ここはキッチン。朝のパンチの罰、それから良く分からない事情で、
私はお姉ちゃんに自己紹介文を書かされていた。
「ふむ。文章は大分マシになったな。直すべき所も有るが。今の香奈にはこれくらいでいいだろう。
――それに、お姉ちゃんは嬉しいよ。こんなに自分の事を書いてくれて」
「全部悪口だけどね!?」
――どうして、嬉しそうな顔するのかな!?
「まあなんだっていいじゃないか。そうだ。香奈の事ももっと書けば良い」
「……私の事って? どんな漫画読んでるのかーとか?」
「それもあるが。香奈には。香奈にしか出来ない事をやっているだろう」
どくん。心臓が高鳴った。
それが何の事かは私でも分かった。
お姉ちゃんがテーブルの端にあった新聞を手に取り、私に渡す。
「今日の朝刊だ。『また』一面記事だぞ?」
私は、なんだかムズ痒いような、でも心地良い興奮を感じながら、
テレビ欄を自己主張する『夕日新聞』を裏返した。
大きな見出しにはこう書いてある。
705 名前:乙×風 ◆Bwo.xAqglg :2005/08/24(水) 19:00:56 ID:jySL8AQp
『秋葉原に現れた現代の魔法少女、またもやネルガルを倒す!!』
「お姉ちゃんは、この事は誇りに思ってもいいと思うぞ」
「……うん」
なんだか照れくさくって、私はお姉ちゃんから顔を背けてしまう。
それから、お姉ちゃんの嬉しそうな視線から逃れるように、ノートパソコンに向かった。
エンターキーを二回押して、続きを書く。
――お姉ちゃんは変態で、でも美人で天才です。
でも私も、そんなお姉ちゃんに負けないくらいの……その秘密を持ってます。
お姉ちゃんを無言で見る。
――本当に書いちゃっていいの?
「うむ」
「……あにゃ」
なんだろう。困ったような嬉しいような恥ずかしいような感覚に、顔がほころんじゃう。
再びエンターキーを押す。そして、覚悟を決めた私は、一文を書いた。
――実は私、正義のヒロイン、やってます。
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