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(追放者たちの宴 プロローグ~第二章)
(うpろだに上げられたものを掲載)
プロローグ
「……本当に、どんどん汚くなってる」
「それもこれもみんな人間のせいなんだよな、やっぱり」
「許せない……」
私たち三人は、生まれ育ったこの海を今日も見て回る。全てを包み込む海……それゆえに、人間は何でもかんでも捨てる。
しかしそれは決して無に帰るわけではない。それなのに……彼ら人間は捨てる。そりゃ、海中に住んでいるわけではない彼らからしたらそれは大した問題ではないかもしれないけど……私達は違うのに……。
「ん? フィオ。あれ見て!」
「どれどれ……あら、可哀そうに……」
「……ふん」
海底の奥底で私たちが見つけたのは……若い人間の死体だった。近づいてみれば、着ている服の中に石が入っているのが分かった。
「どうする? フィオ。あの若さでまだ死んでから日も経ってないみたい。あれなら、魂も持ってると思うけど」
クロエの言葉に私は頭を回転させる。目の前の彼女の顔……やっぱりあの子達と似ている。
「……多分、この人は不幸を抱えたまま死んだんだと思う。だから……私達で慰めてあげられないかしら? うまくすれば、その……あれに付き合ってくれるかもしれないし」
「おお、面白そう!」
私の提案に次女、クロエが会心の笑みを浮かべる。しかしそれと対照的な反応をしたのは三女のニノンだ。
「そ、そんなフィオ姉さま! どうせなら、こいつも人形に!」
「ニノン……あなたが人間を恨む気持ちは分かるけど……今回だけは、ね?」
私はニノンの純粋な目を真っ直ぐに見る。
「そうだよ、ニノン。ニノンもたまには人形や、私たち以外ともやりたいでしょ?」
「お、お前と一緒にするな! この物好き女!」
「な、なにぃ~!? 姉に向かって何という口の利き方だぁ!」
クロエとニノンがもつれ合いを始め水中でぐるぐる回り始めた。はぁ……また始まった。
私はそんな二人を放っておき、足元に横たわっている女の子を改めて観察した。全体的に小柄な身体だが、閉じられた瞼の大きさから目は大きい少女のようだ。
ふと、まるで神にでも祈るように彼女が胸の上で組んでいた両手から、何かが見えていることに気付き私はそれを手に取った。
ペンダント、というやつであっただろうか。私は細い鎖にぶら下がっている丸い部分をくるくると触っていると、パカリとそれが開いた。
その中にあったのは……。
「……クロエ、ニノン。この子を復活させる。いいわね?」
私はそれを見て、いまだにケンカをしていた二人に私はいつになく真剣な口調で言った。すると二人ともそれを察してくれたみたいで、ピタリとケンカをやめてくれた。
「いたた……私はもちろん賛成。ふふ……たっぷりと可愛がってあげないと」
「……姉さまがそう言うなら……」
クロエは不敵に笑いながら、ニノンは不満が残っていそうだったが、二人とも私の言葉に賛成してくれた。
「ニノン……ありがとう」
私はニノンを抱き寄せると頭を撫でてあげる。やはりニノンはこれがとても大好きらしく、不満げな顔を吹き飛ばして嬉しそうな顔で私にもたれ掛かってくる。
「ちょ、ちょっとぉ! 私には?!」
「ご、ごめん! クロエもありがとうね」
「おまけみたいに言うな~!」
頬を膨らませて文句を言うクロエも私は抱き寄せて、その頭を撫でてあげる。するとやはり彼女もすぐに頬を緩ませて笑いかけてくれる。まったく、二人ともよく似ている。
私はそんな二人と共に海底に横たわる少女を見る。彼女が握っていたこれを見る限り、私達に悪さをするような悪い人間には見えない。
問題は……私たちを受け入れてくれるか。でも、その決定権は彼女にある。無理強いはしない。
改めて愛する二人の妹の顔を確かめるように見てから、私はゆっくりと少女を持ち上げて小さな彼女の唇に……そっとキスをした。
第一章 目覚め
寒い……というほどではないが、私の身体を冷たいものが包んでいる。天国というのはイメージとして暖かいところ、というイメージがあるわたしにとってそれは意外だった。
それともやはり、自殺した人間が天国に招待されることはないのだろうか。しかし後悔したところでもう遅いだろう。
何故なら、命はたった一つしかないのだから。
でも……気のせいだろうか。何故だか身体の奥底が、ドンドンと暖かくなっている気がする。まるで、止まっているはずの心臓が再び鼓動を始めたかの如く。
やはりここは天国なのだろうか。私はそれを確かめたくて目を開こうとすると、以外にもあっけなく開いた。
途端にある女の子の姿が目に入った。くりくりとした目が私の顔を見て硬直している。いや、多分私も同じような表情をしているんだと思う……。
でもとっさに声っていうのはやっぱり出ないもので、数秒の間お互いの目を私たちは見合っていた。
「う、うわあっ!」
「きゃあっ!」
短い均衡を破って私とその女の子は、ほぼ同時に小さな悲鳴を上げながら飛び退いた。しかし、段々と女の子の顔がまるでカブトムシを見つけた少年のように輝き始めた。
「クロエ? どうし……あっ起きた!?」
尻餅をついている女の子の後ろの薄い暗闇から、彼女より少しだけ大人びた女の子が出てきた。見た目的には高校生ぐらいかしら。
「身体は動きますか? あっ、でもまだ死から引き戻されたばっかりですから、あまり無理はしないで下さいね」
「は、はぁ……」
駆け足気味に私のところに駆け寄ってきた彼女はニコリと柔らかな笑みで私の顔を覗きこんだ。その後ろからクロエ、と呼ばれた先ほどの女の子も目を輝かせながら私を見ている。
「私は長女のフィオと申します。この子は次女のクロエ。あともう一人、三女のニノンがいます。あなたは……?」
「あっ、わ、私はひより。葛西 ひよりです」
「いい名前。よろしくね、ひよりさん。私はフィオでいいわ。この子もクロエって気軽に呼んで上げてね」
慈愛に満ちたような微笑みで差し出された手を私は握り返すと、その後ろにいたクロエさんも負けじと手を伸ばし、有無を言わさず私の手を掴んだ。
「私のことはクロエ様と呼びなさいよ?! いいか、ひより?!」
「は、はい!」
その剣幕に押されて私は反射的に返事をしてしまった。すると、フィオがクロエさんの頭を掌で軽く叩いた。
「こらぁ! 馬鹿な事と言うんじゃないの! まったくもう……」
「くうぅぅ……じょ、冗談だよぉ……。ひより、訂正。クロエって呼んで。じゃないとフィオに頭ヘコませられちゃうから」
「は、はぁ……」
二人のテンポに押されっぱなしの私の頭はほとんど混乱状態だった。ふと、その時彼女達の後ろからこちらをちらちらと見る、これまた小さな女の子の姿があった。
「あっ、ニノン。ちょうど目が覚めたところよ。こっちに来て挨拶をして」
私の視線に気付いたフィオが彼女を呼び寄せる。どうやらあの子が三女のニノンさんであるらしい。それにしても、二人の姉に比べると大分小さな子供に見える。小学生かそこらへんだろうか?
ただ、フィオの隣にちょこんと座ったニノンさんは何故か私と目を合わせようとしなかった。人見知りする性格なのだろうか?
「この子が三女のニノンです。ニノン、この人はひよりさん」
フィオがそう説明してもニノンは私の方を見ようとしない。少しだけ困ったような表情をしたフィオを見て私のほうから口を開いた。
「あ、あの。私はひより。よろしくね、ニノンちゃん」
私がそう言った瞬間、ニノンさんが明らかな不快を示す睨みを私に向けて送った。
「私を気安く呼ぶな! この人間め!」
思わず私は、その恐ろしい剣幕にたじろいだ。すぐさまフィオがニノンさんを叱る。
「こ、こら、ニノン! 何て事を言うの!」
姉の怒りを向けられたニノンさんは悲しそうな目をしてフィオを見たが、もう一度私に睨みを聞かせるとその場から立ち上がり走って視界から消えてしまった。
「ま、待ちなさい、ニノン!」
フィオはそれを追おうと立ち上がろうとしたが、すぐに私のほうに向き直ると頭を下げた。
「ごめんなさい! 本当は優しい子なんだけど……」
「だ、大丈夫ですから……」
そうは言ってみたものの……実際はものすごく恐ろしかった。あんな子供が、まるで獣が獲物に向けて牙を剥くような視線を放っていたのだ。恐ろしいと同時に信じられないという気持ちもあった。
それから気まずい沈黙が続く。フィオは俯いていて、クロエは何か口に出そうかとしてはいるみたいだが、雰囲気がその口が開くのをためらわせているようだった。
「あ、あの……気になることがあるんですけど」
静かな沈黙を破ったのは私だった。それは目が覚めてからずっと気になっていることを聞くためだった。
「私は……死んだんですよね?」
フィオは言っていた。『死から引き戻された』、と。その意味がずっと気になってはいた。……色々あって言えなかったけど。
私の問いにフィオとクロエが目を合わせて、その視線で何かを会話しているように見えたが、フィオがやがてこう切り出した。
「はい。私たちが海底で見つけたときには、既に死んでいました。ただ、死んでからまだ1ヶ月も経ってないようですが」
「じゃ、じゃあなんで……私はここにいるんですか?」
少なくともここは天国にも地獄にも見えない。確かに薄暗くはあるが、肌寒さは感じるし、若干頭も痛い。それになにより心臓に手を当てれば、それは今もなお鼓動を続けているのだから。
「……勝手なことをしてごめんなさい。私たちの都合で……あなたを復活させました」
「ふっ、かつ?」
聞きなれない言葉。いや、人間に対して使うにはあまりに不適切な言葉だ。だって……だって人間は死んだら、生き返らない、でしょ……?
困惑する私を前に、フィオがゆっくりと立ち上がると身に着けていた衣服を脱ぎ始めた。その行為にだって驚くが、私にはそれを止めるような声さえ出ない。
やがて綺麗な四肢がどこでも見える状態になったフィオさんが、ゆっくりと深呼吸をすると……その細く長い足何かが……青い何かが浮き始めた。
その光景に私は目を奪われていた。目を閉じることさえ出来ない。ただ、人の足があったそれが、人の足ではなくなる過程をただただ見ていた。
「ふぅ……これが、私たちの本当の姿です」
一仕事終えたかのように息を吐いたフィオの下半身は……まるで魚を縦に半分に切り、その尾のほうの部分を貼り付けたかのように……変化していた。
「……人魚」
その光景を理解した瞬間に、私の頭の片隅に置いてあったその単語が口から勝手に出てきた。それは大当たりのようでフィオが頷いて肯定してくれた。
「やっぱり驚いてるね……当たり前だけど」
苦笑いをしながら肩を竦めるクロエ。フィオの『私たち』という言葉の意味が予想通りなら、彼女とおそらくニノンさんもフィオと同じなのだろう。
「そして私たち人魚には……死者を復活させる力があります。それを、使いました」
私は急に身体がまるで自分のものでないような感覚を感じた。この手も、この足も見慣れたもののはずなのに。
私は信じられなかった。だって、だってそんなことあるはずがない。だったら……だったら!
「ただ、私たちはただの人魚でもない」
謎解きをさせるような口調で言ったのはクロエだった。フィオとは違う、人間の二本足で私に近寄ってきた彼女は言った。
「人魚がこんな人間みたいな足を手に入れることは不可能。じゃあ、私たちはなんなのでしょう~か?」
目線を私に合わせたクロエが、ニヤニヤと笑いながら問題を出してきた。さも楽しそうな彼女には悪いが、当然ながら分かるわけがない。
「はい、時間切れ。正解は……寄生された人魚、でした!」
それと同時に、クロエは穿いていたジーンズのチャックを降ろして、そこから……ピンク色の触手を勢いよく飛び出させた。
……もう私が認識できる現実の範疇はとうに超えているその光景に、私は瞬きすら忘れてしまった。
「人魚は基本的に人間で言う女性しかいませんが、生殖器はついています」
そんなフィオの声にやっとクロエの触手から目を話すことができた私は、今度はフィオのそれに目を奪われた。
フィオは、その足が女性のままならばおそらく股の部分、その部分の鱗を横に開いて私にピンク色の穴を見せた。それは……私にもある穴とよく似ていた。
「普通ならば交尾のときに種を送り込む側は、ここから人間の男性器に似たものを出すことが出来ます。だけど私とクロエは……」
言葉を切ると同時にその穴からクロエと同じような触手が押し出されてきた。フィオはゆらゆらと揺れるそれを掴んで、私を見て続けた。
「これが出てきてしまうんです。これのせいで私たちには、子供を産むことはできなくなってしまいました。種を作るための器官が変化させられてしまったから」
「その代わりにここから私の体液と寄生体の卵が出てくる。本来ならこれを人魚とかに産み付けて私たちと同じ仲間にしなきゃいけないみたいだけど」
フィオの説明にクロエが付け足すが、彼女の口調はまるで他人事のようだ。しかし、その説明を聞いた私にはある嫌な予感が浮かんだ。
「……ま、まさか……その寄生体の卵が私の身体の中に……」
「い、いえ、そんなことはしていません。あくまで私がやったのは、人魚としての力であなたを復活させることだけです」
「まぁ、助けてもらったからには何か形としてご恩を返しなさいよ?」
チャックの中に触手を戻したクロエが私の前で仁王立ちをする。その隣のフィオも同じように身体の穴の中に触手を戻しながら、呆れたようにこう言う。
「……あなたは何もやってないでしょ。クロエ」
「何を!? ここまで運んだのは私だぞ!」
クロエの反論に対して、フィオが器用に飛び跳ねて彼女に近づくと、その頭を撫でつける。
「はいはい、よく頑張ったから。……ただ、ひより。あつかましいんだけど……一つだけお願いがあるの」
「な、なんですか?」
突然向けられたその言葉に私は思わず後ずさりしてしまう。やはり私に寄生体の卵を産ませてくれ、なんていうことを言うのだろうか?
「あ、あのね……その……」
フィオの頬が赤く染まり、続くはずの言葉が中々出てこない。まるで女性が男性に告白しようか迷っているみたいにもじもじとしている。
その様子を見かねたのか、クロエが肩を竦めながらも楽しそうな表情で私にこう言った。
「ずばり、私たちと交尾しなさい!」
「ちょ、ちょっとクロエ! 幾らなんでもストレートすぎ……」
「だってその通りでしょうが……ひより、いいでしょ?」
良いも悪いも意味が分からないって言ってるのに……交尾って、つまりあれだよね? ……で、でも私は人間で彼女達は人魚なわけで……。
「さっきの触手をあんたの身体の中でグニグニ動かしたいわけ。あっ、言っとくけど寄生体の卵はあらかじめ出しておくから安心しなさいよ?」
あ、あんなのを身体の中に入れられたらどうにかなっちゃうよ……。声を出してそう言いたいのに声が出ないのは……拒否したら無理矢理にでもそれをされてしまいそうな気がしたからだ。
「さっき見たけど処女じゃないんでしょ? だったら問題ないでしょ。ふっふっふ、私が最高に気持ちよくさせてあげるから、ドーンと任せちゃいなさいよ」
「ちょっとクロエ、いい加減にしなさい」
オタオタと様子を見ていたフィオが口調を強めた言葉をクロエに放った。クロエが押し黙るところを見ると、この姉妹の力関係がよくわかる。
いつの間にか足を人間のものに戻していたフィオが私の前で正座に座り、私の目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。
「混乱、してるよね? 当然だと思うけど……ただ、あなたが嫌がるなら私たちは何もしない。今すぐにここから出て行って人間のいる地上に戻っても構わない」
「え!? フィオ、話が違うぞ!?」
クロエがフィオの肩を掴んで揺さぶる。フィオはその手を握ると彼女のほうではなく私を見ながら続けた。
「ごめん、クロエ。最初からこう決めてたの。けどクロエだって……嫌がる人を無理矢理に、って趣味はないでしょ?」
「そ、それはそうだけどさぁ……」
不満そうに結った髪をくるくるとクロエはいじくるが、言い返す言葉はなかったらしくやがて深くため息を吐くと小さな声で零した。
「はぁ……勝手にしなさいよ……」
いかにも未練が残っていそうな口調でそう言葉を残し、クロエはニノンが出て行ったほうへと歩いていき、この空間から姿を消した。
それを黙って見送ったフィオも額に手をあて、深いため息を吐いた。私もフィオもお互いに言葉を出さずに沈黙が包み込む。や、やっぱりこれは……私が悪いのだろうか?
このまま時間が経てば経つほど口がどんどん重くなるだろうと思った私は勇気を出して口を開いた。
「あ、あの……私なんかとその……交尾、したいんですか?」
何かを考えるように目を閉じていたフィオがパッと目を開き、驚いたように目を丸くした。そしてまた、フィオは恥ずかしそうにもじもじとはしたものの、私の疑問には答えてくれた。
「え、ええ。そりゃもう……正直堪らない、かな。恥ずかしいんだけど……私たち人魚は、その……元々あれが大好きだから……」
「そ、そうなんですか」
自分から聞いといてなんだけど、フィオと同じぐらい私も恥ずかしい。お互いに困ったように顔を見合わせて笑いあって、また静けさが襲ってきそうになる。
でも今度はフィオが口を開くことでそれを防いでくれた。
「人間の女の人の……穴は、私たちのより何倍もその……気持ちいい、の……だから……ああっ!」
ついに恥ずかしさが限界に達したのか、フィオは顔を両手で覆って首を振った。……聞いてる私だって同じくらい恥ずかしいよ……。
これ以上聞くのはお互い恥ずかしくなりそうだから、私は一人現在の状況をまとめることにしてみた。
とりあえず、私は海に身投げをして死んで……それで人魚……寄生された人魚の三姉妹に助けられた、と。
それで彼女達は私と……交尾をしたいと。まぁ、三女のニノンさんは分からないけど。ううっ、彼女が怖くて頭の中でも呼び捨てにできない……。
結局私は死ねなかったってことだよね……。フィオは人間のところに戻っていいって言ったけど……もう、正直戻る気にはなれないよ、あんなとこ。
でも生き返らしてくれた手前、彼女達の前で死ぬなんてことはさすがに避けたいし……ただ、お礼の一つもできずに地上に戻るって言うのも……。
はぁ……死ぬときに痛くないようにってことで身投げ自殺にしたんだけど……まぁ、あれは苦しかったけど。彼女達は別に私をそうやって痛めつけようってわけじゃないよね……。
「一回、だけなら」
「えっ?」
小さく零した私の言葉にしっかりとフィオは反応してくれた。そのお陰で私も思い切って言い切ることにする。
「一回だけ、私を好きにしていいです。ただ、それが終わったら人間のいるところに帰させてもらえますか?」
「ほ、本当にいいの?」
フィオが驚きの眼差しの中に喜びの輝きを携えながら私に聞き返した。私は苦笑いしながら一つだけ付け足す。
「痛く、しないでくださいね」
「もちろん! 私が激しく気持ちよくさせてやる!」
その声の主は薄い暗闇の中からひょっこりと顔を出しているのはクロエだった。彼女はものすごい速さで駆け寄ってくると、私の背中に抱きついてきた。
「ありがとう、ひより」
ニコリと笑ったフィオが言う。背中のクロエも身体を前後に揺らしながら目を輝かしている。
だけど、更にその背後からちらちらと感じる視線は……その二人が私に向けているそれとは、明らかに正反対なもののような気がした。
第二章 姉妹達との食事
それから1時間ほど経って、私は三姉妹と一緒にご飯を食べていた。部屋の中央の床に、彼女達がとってきた魚が小さな山となるほど積まれていた。
「というわけで、ニノン。一回だけ私たちに付き合ってくれることになったから、ひよりに感謝してね?」
フィオがニノンさんに向かって言うが、それでも彼女は返事をせずに視線を彼女の脇の床に落としたままでいる。
その様子を見たフィオがもう一度口を開こうとしたが、隣に座っていた私がそれを手で制すると何とかとどまってくれた。
その代わり、クロエが口を開いてこんなことを言い出したけど。
「まったく、ニノンは。そんなんじゃ、せっかくひよりとやっても楽しさ半減になるぞ?」
「お前みたく、楽しければ何でもいいような色女と一緒にするな!」
「ニ、ニノン! 許さん! 今日という今日は絶対に許さん! こうしてやる!」
「なっ、いらららららら! このやろ~!」
クロエがニノンの頬を横に引き伸ばすと、ニノンもクロエの頬を同じように引き伸ばす。
「二人ともやめなさい」
フィオが静かな口調でそう言うだけで、二人は渋々とそれをやめてお互いにそっぽを向いて生の魚を頬張り始めた。
隣ではフィオがやれやれという感じにため息を吐くが、私には二人のケンカがとても微笑ましい光景に見えた。いや、おそらくフィオもあくまでしつけとして怒っているだけでその本心は私と同じだろう。
いや、微笑ましいだけじゃない……すごく、羨ましかった。
「じゃあ、このご飯食べ終わった後、ひよりに寄生させないように二人とも卵を出しておいてね?」
「フィ、フィオ。まさか三人一緒にやるつもりなのか?」
光物の魚を丸呑みしたクロエがフィオに言った。対するフィオがクロエに聞き返す。
「えっ、だめ?」
「フィオ……幾らなんでも私たち三人が休みもいれずに一気にやったら、本当にひよりが壊れちゃうと思うけど?」
フィオが笑いながら言ったその言葉に私は軽く鳥肌がたつほどの恐怖を感じた。こ、壊れる……?
「そっ、そうかな? じゃ、じゃあジャンケンで誰か一人に決める?」
「ふざけるなぁ~! そういう弱肉強食の理論を持ち込むなんてまったくもって平和的ではない!」
フィオの提案をクロエが却下をした。すると、静かに魚をちびちびと食べていたニノンさんがぽつりと喋り始めた。
「ジャンケンは単に運にしか左右されない。弱肉強食とは無関係だ。それに……ただ単におまえがジャンケン弱いからそう言ってるだけだろう?」
「なっ! そ、そんなことはないぞ!」
「ほぉ~、じゃあやるかぁ、クロエ?」
ニヤリと笑ったニノンさんがクロエに向かってグーの拳を見せると、クロエは動転しながらそれを拒否した。
「え!? きょ、今日は体調が悪いから……と、とにかく! ここは仲良く3人全員と付き合ってもらおう!」
そう言ってクロエは私の方へ身体を乗り出して続けた。
「ひより! そういうわけで、私たち三人とそれぞれ一夜ずつ一緒に過ごす、ってのにして! いいでしょ?!」
「つ、つまり私は三夜、別々の方と一緒にその……交尾をしなさいってことですよね?」
私の言葉にクロエは頷いて肯定する。ちらりとフィオを見れば不安そうな目で私を見ているが、ニノンさんにいたっては私の方を見ずにもくもくと食事を続けている。……彼女は本当に私との交尾を望んでいるのだろうか?
けど、今はそんなことより……クロエの提案を拒否して、もし彼女達をいっぺんに相手にすることになれば私の身体が壊れる可能性もある、と。とりあえず、彼女達の前で死ぬことはやめたほうがいいもんね。
「いいよ。じゃあ、一日交代で順番に相手をすればいいね?」
「さすがひより! やっさしい!」
クロエが指を鳴らして純粋に喜ぶ姿を見れば、私としてもやぶさかではない気持ちだった。「ひより、本当にいいの?」
フィオが私に心配そうな顔でこっそりと耳打ちをしてくるが、私はそれに笑って答えてあげる。
「うん。大丈夫だからそんなに心配そうな顔をしないで。ね?」
「……ありがとう、ひより。あとさ……その……食べられそう?」
私の手元にある魚を覗き込みながらフィオが聞いてきた。そうだよね……丸呑みできるあなた達からしたら私のこの行為は不可解なものだよねぇ……。
一応うろこは取り除いたけど……これから内蔵やらなにやらを包丁もなしに取り出すと考えると、目の前でそれらを丸呑みしている彼女達がとてもうらやましく、私も段々と下処理が面倒くさくなってきた。
だから私は思い切ってその魚の胴体にかぶりついた。歯で無理矢理に身を引きちぎり、思い切ってそれを噛むとやはり美味かった。
「美味しい!」
するとフィオは満足そうにニコリと、彼女もまた大きな魚を丸呑みした。
プロローグ
「……本当に、どんどん汚くなってる」
「それもこれもみんな人間のせいなんだよな、やっぱり」
「許せない……」
私たち三人は、生まれ育ったこの海を今日も見て回る。全てを包み込む海……それゆえに、人間は何でもかんでも捨てる。
しかしそれは決して無に帰るわけではない。それなのに……彼ら人間は捨てる。そりゃ、海中に住んでいるわけではない彼らからしたらそれは大した問題ではないかもしれないけど……私達は違うのに……。
「ん? フィオ。あれ見て!」
「どれどれ……あら、可哀そうに……」
「……ふん」
海底の奥底で私たちが見つけたのは……若い人間の死体だった。近づいてみれば、着ている服の中に石が入っているのが分かった。
「どうする? フィオ。あの若さでまだ死んでから日も経ってないみたい。あれなら、魂も持ってると思うけど」
クロエの言葉に私は頭を回転させる。目の前の彼女の顔……やっぱりあの子達と似ている。
「……多分、この人は不幸を抱えたまま死んだんだと思う。だから……私達で慰めてあげられないかしら? うまくすれば、その……あれに付き合ってくれるかもしれないし」
「おお、面白そう!」
私の提案に次女、クロエが会心の笑みを浮かべる。しかしそれと対照的な反応をしたのは三女のニノンだ。
「そ、そんなフィオ姉さま! どうせなら、こいつも人形に!」
「ニノン……あなたが人間を恨む気持ちは分かるけど……今回だけは、ね?」
私はニノンの純粋な目を真っ直ぐに見る。
「そうだよ、ニノン。ニノンもたまには人形や、私たち以外ともやりたいでしょ?」
「お、お前と一緒にするな! この物好き女!」
「な、なにぃ~!? 姉に向かって何という口の利き方だぁ!」
クロエとニノンがもつれ合いを始め水中でぐるぐる回り始めた。はぁ……また始まった。
私はそんな二人を放っておき、足元に横たわっている女の子を改めて観察した。全体的に小柄な身体だが、閉じられた瞼の大きさから目は大きい少女のようだ。
ふと、まるで神にでも祈るように彼女が胸の上で組んでいた両手から、何かが見えていることに気付き私はそれを手に取った。
ペンダント、というやつであっただろうか。私は細い鎖にぶら下がっている丸い部分をくるくると触っていると、パカリとそれが開いた。
その中にあったのは……。
「……クロエ、ニノン。この子を復活させる。いいわね?」
私はそれを見て、いまだにケンカをしていた二人に私はいつになく真剣な口調で言った。すると二人ともそれを察してくれたみたいで、ピタリとケンカをやめてくれた。
「いたた……私はもちろん賛成。ふふ……たっぷりと可愛がってあげないと」
「……姉さまがそう言うなら……」
クロエは不敵に笑いながら、ニノンは不満が残っていそうだったが、二人とも私の言葉に賛成してくれた。
「ニノン……ありがとう」
私はニノンを抱き寄せると頭を撫でてあげる。やはりニノンはこれがとても大好きらしく、不満げな顔を吹き飛ばして嬉しそうな顔で私にもたれ掛かってくる。
「ちょ、ちょっとぉ! 私には?!」
「ご、ごめん! クロエもありがとうね」
「おまけみたいに言うな~!」
頬を膨らませて文句を言うクロエも私は抱き寄せて、その頭を撫でてあげる。するとやはり彼女もすぐに頬を緩ませて笑いかけてくれる。まったく、二人ともよく似ている。
私はそんな二人と共に海底に横たわる少女を見る。彼女が握っていたこれを見る限り、私達に悪さをするような悪い人間には見えない。
問題は……私たちを受け入れてくれるか。でも、その決定権は彼女にある。無理強いはしない。
改めて愛する二人の妹の顔を確かめるように見てから、私はゆっくりと少女を持ち上げて小さな彼女の唇に……そっとキスをした。
第一章 目覚め
寒い……というほどではないが、私の身体を冷たいものが包んでいる。天国というのはイメージとして暖かいところ、というイメージがあるわたしにとってそれは意外だった。
それともやはり、自殺した人間が天国に招待されることはないのだろうか。しかし後悔したところでもう遅いだろう。
何故なら、命はたった一つしかないのだから。
でも……気のせいだろうか。何故だか身体の奥底が、ドンドンと暖かくなっている気がする。まるで、止まっているはずの心臓が再び鼓動を始めたかの如く。
やはりここは天国なのだろうか。私はそれを確かめたくて目を開こうとすると、以外にもあっけなく開いた。
途端にある女の子の姿が目に入った。くりくりとした目が私の顔を見て硬直している。いや、多分私も同じような表情をしているんだと思う……。
でもとっさに声っていうのはやっぱり出ないもので、数秒の間お互いの目を私たちは見合っていた。
「う、うわあっ!」
「きゃあっ!」
短い均衡を破って私とその女の子は、ほぼ同時に小さな悲鳴を上げながら飛び退いた。しかし、段々と女の子の顔がまるでカブトムシを見つけた少年のように輝き始めた。
「クロエ? どうし……あっ起きた!?」
尻餅をついている女の子の後ろの薄い暗闇から、彼女より少しだけ大人びた女の子が出てきた。見た目的には高校生ぐらいかしら。
「身体は動きますか? あっ、でもまだ死から引き戻されたばっかりですから、あまり無理はしないで下さいね」
「は、はぁ……」
駆け足気味に私のところに駆け寄ってきた彼女はニコリと柔らかな笑みで私の顔を覗きこんだ。その後ろからクロエ、と呼ばれた先ほどの女の子も目を輝かせながら私を見ている。
「私は長女のフィオと申します。この子は次女のクロエ。あともう一人、三女のニノンがいます。あなたは……?」
「あっ、わ、私はひより。葛西 ひよりです」
「いい名前。よろしくね、ひよりさん。私はフィオでいいわ。この子もクロエって気軽に呼んで上げてね」
慈愛に満ちたような微笑みで差し出された手を私は握り返すと、その後ろにいたクロエさんも負けじと手を伸ばし、有無を言わさず私の手を掴んだ。
「私のことはクロエ様と呼びなさいよ?! いいか、ひより?!」
「は、はい!」
その剣幕に押されて私は反射的に返事をしてしまった。すると、フィオがクロエさんの頭を掌で軽く叩いた。
「こらぁ! 馬鹿な事と言うんじゃないの! まったくもう……」
「くうぅぅ……じょ、冗談だよぉ……。ひより、訂正。クロエって呼んで。じゃないとフィオに頭ヘコませられちゃうから」
「は、はぁ……」
二人のテンポに押されっぱなしの私の頭はほとんど混乱状態だった。ふと、その時彼女達の後ろからこちらをちらちらと見る、これまた小さな女の子の姿があった。
「あっ、ニノン。ちょうど目が覚めたところよ。こっちに来て挨拶をして」
私の視線に気付いたフィオが彼女を呼び寄せる。どうやらあの子が三女のニノンさんであるらしい。それにしても、二人の姉に比べると大分小さな子供に見える。小学生かそこらへんだろうか?
ただ、フィオの隣にちょこんと座ったニノンさんは何故か私と目を合わせようとしなかった。人見知りする性格なのだろうか?
「この子が三女のニノンです。ニノン、この人はひよりさん」
フィオがそう説明してもニノンは私の方を見ようとしない。少しだけ困ったような表情をしたフィオを見て私のほうから口を開いた。
「あ、あの。私はひより。よろしくね、ニノンちゃん」
私がそう言った瞬間、ニノンさんが明らかな不快を示す睨みを私に向けて送った。
「私を気安く呼ぶな! この人間め!」
思わず私は、その恐ろしい剣幕にたじろいだ。すぐさまフィオがニノンさんを叱る。
「こ、こら、ニノン! 何て事を言うの!」
姉の怒りを向けられたニノンさんは悲しそうな目をしてフィオを見たが、もう一度私に睨みを聞かせるとその場から立ち上がり走って視界から消えてしまった。
「ま、待ちなさい、ニノン!」
フィオはそれを追おうと立ち上がろうとしたが、すぐに私のほうに向き直ると頭を下げた。
「ごめんなさい! 本当は優しい子なんだけど……」
「だ、大丈夫ですから……」
そうは言ってみたものの……実際はものすごく恐ろしかった。あんな子供が、まるで獣が獲物に向けて牙を剥くような視線を放っていたのだ。恐ろしいと同時に信じられないという気持ちもあった。
それから気まずい沈黙が続く。フィオは俯いていて、クロエは何か口に出そうかとしてはいるみたいだが、雰囲気がその口が開くのをためらわせているようだった。
「あ、あの……気になることがあるんですけど」
静かな沈黙を破ったのは私だった。それは目が覚めてからずっと気になっていることを聞くためだった。
「私は……死んだんですよね?」
フィオは言っていた。『死から引き戻された』、と。その意味がずっと気になってはいた。……色々あって言えなかったけど。
私の問いにフィオとクロエが目を合わせて、その視線で何かを会話しているように見えたが、フィオがやがてこう切り出した。
「はい。私たちが海底で見つけたときには、既に死んでいました。ただ、死んでからまだ1ヶ月も経ってないようですが」
「じゃ、じゃあなんで……私はここにいるんですか?」
少なくともここは天国にも地獄にも見えない。確かに薄暗くはあるが、肌寒さは感じるし、若干頭も痛い。それになにより心臓に手を当てれば、それは今もなお鼓動を続けているのだから。
「……勝手なことをしてごめんなさい。私たちの都合で……あなたを復活させました」
「ふっ、かつ?」
聞きなれない言葉。いや、人間に対して使うにはあまりに不適切な言葉だ。だって……だって人間は死んだら、生き返らない、でしょ……?
困惑する私を前に、フィオがゆっくりと立ち上がると身に着けていた衣服を脱ぎ始めた。その行為にだって驚くが、私にはそれを止めるような声さえ出ない。
やがて綺麗な四肢がどこでも見える状態になったフィオさんが、ゆっくりと深呼吸をすると……その細く長い足何かが……青い何かが浮き始めた。
その光景に私は目を奪われていた。目を閉じることさえ出来ない。ただ、人の足があったそれが、人の足ではなくなる過程をただただ見ていた。
「ふぅ……これが、私たちの本当の姿です」
一仕事終えたかのように息を吐いたフィオの下半身は……まるで魚を縦に半分に切り、その尾のほうの部分を貼り付けたかのように……変化していた。
「……人魚」
その光景を理解した瞬間に、私の頭の片隅に置いてあったその単語が口から勝手に出てきた。それは大当たりのようでフィオが頷いて肯定してくれた。
「やっぱり驚いてるね……当たり前だけど」
苦笑いをしながら肩を竦めるクロエ。フィオの『私たち』という言葉の意味が予想通りなら、彼女とおそらくニノンさんもフィオと同じなのだろう。
「そして私たち人魚には……死者を復活させる力があります。それを、使いました」
私は急に身体がまるで自分のものでないような感覚を感じた。この手も、この足も見慣れたもののはずなのに。
私は信じられなかった。だって、だってそんなことあるはずがない。だったら……だったら!
「ただ、私たちはただの人魚でもない」
謎解きをさせるような口調で言ったのはクロエだった。フィオとは違う、人間の二本足で私に近寄ってきた彼女は言った。
「人魚がこんな人間みたいな足を手に入れることは不可能。じゃあ、私たちはなんなのでしょう~か?」
目線を私に合わせたクロエが、ニヤニヤと笑いながら問題を出してきた。さも楽しそうな彼女には悪いが、当然ながら分かるわけがない。
「はい、時間切れ。正解は……寄生された人魚、でした!」
それと同時に、クロエは穿いていたジーンズのチャックを降ろして、そこから……ピンク色の触手を勢いよく飛び出させた。
……もう私が認識できる現実の範疇はとうに超えているその光景に、私は瞬きすら忘れてしまった。
「人魚は基本的に人間で言う女性しかいませんが、生殖器はついています」
そんなフィオの声にやっとクロエの触手から目を話すことができた私は、今度はフィオのそれに目を奪われた。
フィオは、その足が女性のままならばおそらく股の部分、その部分の鱗を横に開いて私にピンク色の穴を見せた。それは……私にもある穴とよく似ていた。
「普通ならば交尾のときに種を送り込む側は、ここから人間の男性器に似たものを出すことが出来ます。だけど私とクロエは……」
言葉を切ると同時にその穴からクロエと同じような触手が押し出されてきた。フィオはゆらゆらと揺れるそれを掴んで、私を見て続けた。
「これが出てきてしまうんです。これのせいで私たちには、子供を産むことはできなくなってしまいました。種を作るための器官が変化させられてしまったから」
「その代わりにここから私の体液と寄生体の卵が出てくる。本来ならこれを人魚とかに産み付けて私たちと同じ仲間にしなきゃいけないみたいだけど」
フィオの説明にクロエが付け足すが、彼女の口調はまるで他人事のようだ。しかし、その説明を聞いた私にはある嫌な予感が浮かんだ。
「……ま、まさか……その寄生体の卵が私の身体の中に……」
「い、いえ、そんなことはしていません。あくまで私がやったのは、人魚としての力であなたを復活させることだけです」
「まぁ、助けてもらったからには何か形としてご恩を返しなさいよ?」
チャックの中に触手を戻したクロエが私の前で仁王立ちをする。その隣のフィオも同じように身体の穴の中に触手を戻しながら、呆れたようにこう言う。
「……あなたは何もやってないでしょ。クロエ」
「何を!? ここまで運んだのは私だぞ!」
クロエの反論に対して、フィオが器用に飛び跳ねて彼女に近づくと、その頭を撫でつける。
「はいはい、よく頑張ったから。……ただ、ひより。あつかましいんだけど……一つだけお願いがあるの」
「な、なんですか?」
突然向けられたその言葉に私は思わず後ずさりしてしまう。やはり私に寄生体の卵を産ませてくれ、なんていうことを言うのだろうか?
「あ、あのね……その……」
フィオの頬が赤く染まり、続くはずの言葉が中々出てこない。まるで女性が男性に告白しようか迷っているみたいにもじもじとしている。
その様子を見かねたのか、クロエが肩を竦めながらも楽しそうな表情で私にこう言った。
「ずばり、私たちと交尾しなさい!」
「ちょ、ちょっとクロエ! 幾らなんでもストレートすぎ……」
「だってその通りでしょうが……ひより、いいでしょ?」
良いも悪いも意味が分からないって言ってるのに……交尾って、つまりあれだよね? ……で、でも私は人間で彼女達は人魚なわけで……。
「さっきの触手をあんたの身体の中でグニグニ動かしたいわけ。あっ、言っとくけど寄生体の卵はあらかじめ出しておくから安心しなさいよ?」
あ、あんなのを身体の中に入れられたらどうにかなっちゃうよ……。声を出してそう言いたいのに声が出ないのは……拒否したら無理矢理にでもそれをされてしまいそうな気がしたからだ。
「さっき見たけど処女じゃないんでしょ? だったら問題ないでしょ。ふっふっふ、私が最高に気持ちよくさせてあげるから、ドーンと任せちゃいなさいよ」
「ちょっとクロエ、いい加減にしなさい」
オタオタと様子を見ていたフィオが口調を強めた言葉をクロエに放った。クロエが押し黙るところを見ると、この姉妹の力関係がよくわかる。
いつの間にか足を人間のものに戻していたフィオが私の前で正座に座り、私の目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。
「混乱、してるよね? 当然だと思うけど……ただ、あなたが嫌がるなら私たちは何もしない。今すぐにここから出て行って人間のいる地上に戻っても構わない」
「え!? フィオ、話が違うぞ!?」
クロエがフィオの肩を掴んで揺さぶる。フィオはその手を握ると彼女のほうではなく私を見ながら続けた。
「ごめん、クロエ。最初からこう決めてたの。けどクロエだって……嫌がる人を無理矢理に、って趣味はないでしょ?」
「そ、それはそうだけどさぁ……」
不満そうに結った髪をくるくるとクロエはいじくるが、言い返す言葉はなかったらしくやがて深くため息を吐くと小さな声で零した。
「はぁ……勝手にしなさいよ……」
いかにも未練が残っていそうな口調でそう言葉を残し、クロエはニノンが出て行ったほうへと歩いていき、この空間から姿を消した。
それを黙って見送ったフィオも額に手をあて、深いため息を吐いた。私もフィオもお互いに言葉を出さずに沈黙が包み込む。や、やっぱりこれは……私が悪いのだろうか?
このまま時間が経てば経つほど口がどんどん重くなるだろうと思った私は勇気を出して口を開いた。
「あ、あの……私なんかとその……交尾、したいんですか?」
何かを考えるように目を閉じていたフィオがパッと目を開き、驚いたように目を丸くした。そしてまた、フィオは恥ずかしそうにもじもじとはしたものの、私の疑問には答えてくれた。
「え、ええ。そりゃもう……正直堪らない、かな。恥ずかしいんだけど……私たち人魚は、その……元々あれが大好きだから……」
「そ、そうなんですか」
自分から聞いといてなんだけど、フィオと同じぐらい私も恥ずかしい。お互いに困ったように顔を見合わせて笑いあって、また静けさが襲ってきそうになる。
でも今度はフィオが口を開くことでそれを防いでくれた。
「人間の女の人の……穴は、私たちのより何倍もその……気持ちいい、の……だから……ああっ!」
ついに恥ずかしさが限界に達したのか、フィオは顔を両手で覆って首を振った。……聞いてる私だって同じくらい恥ずかしいよ……。
これ以上聞くのはお互い恥ずかしくなりそうだから、私は一人現在の状況をまとめることにしてみた。
とりあえず、私は海に身投げをして死んで……それで人魚……寄生された人魚の三姉妹に助けられた、と。
それで彼女達は私と……交尾をしたいと。まぁ、三女のニノンさんは分からないけど。ううっ、彼女が怖くて頭の中でも呼び捨てにできない……。
結局私は死ねなかったってことだよね……。フィオは人間のところに戻っていいって言ったけど……もう、正直戻る気にはなれないよ、あんなとこ。
でも生き返らしてくれた手前、彼女達の前で死ぬなんてことはさすがに避けたいし……ただ、お礼の一つもできずに地上に戻るって言うのも……。
はぁ……死ぬときに痛くないようにってことで身投げ自殺にしたんだけど……まぁ、あれは苦しかったけど。彼女達は別に私をそうやって痛めつけようってわけじゃないよね……。
「一回、だけなら」
「えっ?」
小さく零した私の言葉にしっかりとフィオは反応してくれた。そのお陰で私も思い切って言い切ることにする。
「一回だけ、私を好きにしていいです。ただ、それが終わったら人間のいるところに帰させてもらえますか?」
「ほ、本当にいいの?」
フィオが驚きの眼差しの中に喜びの輝きを携えながら私に聞き返した。私は苦笑いしながら一つだけ付け足す。
「痛く、しないでくださいね」
「もちろん! 私が激しく気持ちよくさせてやる!」
その声の主は薄い暗闇の中からひょっこりと顔を出しているのはクロエだった。彼女はものすごい速さで駆け寄ってくると、私の背中に抱きついてきた。
「ありがとう、ひより」
ニコリと笑ったフィオが言う。背中のクロエも身体を前後に揺らしながら目を輝かしている。
だけど、更にその背後からちらちらと感じる視線は……その二人が私に向けているそれとは、明らかに正反対なもののような気がした。
第二章 姉妹達との食事
それから1時間ほど経って、私は三姉妹と一緒にご飯を食べていた。部屋の中央の床に、彼女達がとってきた魚が小さな山となるほど積まれていた。
「というわけで、ニノン。一回だけ私たちに付き合ってくれることになったから、ひよりに感謝してね?」
フィオがニノンさんに向かって言うが、それでも彼女は返事をせずに視線を彼女の脇の床に落としたままでいる。
その様子を見たフィオがもう一度口を開こうとしたが、隣に座っていた私がそれを手で制すると何とかとどまってくれた。
その代わり、クロエが口を開いてこんなことを言い出したけど。
「まったく、ニノンは。そんなんじゃ、せっかくひよりとやっても楽しさ半減になるぞ?」
「お前みたく、楽しければ何でもいいような色女と一緒にするな!」
「ニ、ニノン! 許さん! 今日という今日は絶対に許さん! こうしてやる!」
「なっ、いらららららら! このやろ~!」
クロエがニノンの頬を横に引き伸ばすと、ニノンもクロエの頬を同じように引き伸ばす。
「二人ともやめなさい」
フィオが静かな口調でそう言うだけで、二人は渋々とそれをやめてお互いにそっぽを向いて生の魚を頬張り始めた。
隣ではフィオがやれやれという感じにため息を吐くが、私には二人のケンカがとても微笑ましい光景に見えた。いや、おそらくフィオもあくまでしつけとして怒っているだけでその本心は私と同じだろう。
いや、微笑ましいだけじゃない……すごく、羨ましかった。
「じゃあ、このご飯食べ終わった後、ひよりに寄生させないように二人とも卵を出しておいてね?」
「フィ、フィオ。まさか三人一緒にやるつもりなのか?」
光物の魚を丸呑みしたクロエがフィオに言った。対するフィオがクロエに聞き返す。
「えっ、だめ?」
「フィオ……幾らなんでも私たち三人が休みもいれずに一気にやったら、本当にひよりが壊れちゃうと思うけど?」
フィオが笑いながら言ったその言葉に私は軽く鳥肌がたつほどの恐怖を感じた。こ、壊れる……?
「そっ、そうかな? じゃ、じゃあジャンケンで誰か一人に決める?」
「ふざけるなぁ~! そういう弱肉強食の理論を持ち込むなんてまったくもって平和的ではない!」
フィオの提案をクロエが却下をした。すると、静かに魚をちびちびと食べていたニノンさんがぽつりと喋り始めた。
「ジャンケンは単に運にしか左右されない。弱肉強食とは無関係だ。それに……ただ単におまえがジャンケン弱いからそう言ってるだけだろう?」
「なっ! そ、そんなことはないぞ!」
「ほぉ~、じゃあやるかぁ、クロエ?」
ニヤリと笑ったニノンさんがクロエに向かってグーの拳を見せると、クロエは動転しながらそれを拒否した。
「え!? きょ、今日は体調が悪いから……と、とにかく! ここは仲良く3人全員と付き合ってもらおう!」
そう言ってクロエは私の方へ身体を乗り出して続けた。
「ひより! そういうわけで、私たち三人とそれぞれ一夜ずつ一緒に過ごす、ってのにして! いいでしょ?!」
「つ、つまり私は三夜、別々の方と一緒にその……交尾をしなさいってことですよね?」
私の言葉にクロエは頷いて肯定する。ちらりとフィオを見れば不安そうな目で私を見ているが、ニノンさんにいたっては私の方を見ずにもくもくと食事を続けている。……彼女は本当に私との交尾を望んでいるのだろうか?
けど、今はそんなことより……クロエの提案を拒否して、もし彼女達をいっぺんに相手にすることになれば私の身体が壊れる可能性もある、と。とりあえず、彼女達の前で死ぬことはやめたほうがいいもんね。
「いいよ。じゃあ、一日交代で順番に相手をすればいいね?」
「さすがひより! やっさしい!」
クロエが指を鳴らして純粋に喜ぶ姿を見れば、私としてもやぶさかではない気持ちだった。「ひより、本当にいいの?」
フィオが私に心配そうな顔でこっそりと耳打ちをしてくるが、私はそれに笑って答えてあげる。
「うん。大丈夫だからそんなに心配そうな顔をしないで。ね?」
「……ありがとう、ひより。あとさ……その……食べられそう?」
私の手元にある魚を覗き込みながらフィオが聞いてきた。そうだよね……丸呑みできるあなた達からしたら私のこの行為は不可解なものだよねぇ……。
一応うろこは取り除いたけど……これから内蔵やらなにやらを包丁もなしに取り出すと考えると、目の前でそれらを丸呑みしている彼女達がとてもうらやましく、私も段々と下処理が面倒くさくなってきた。
だから私は思い切ってその魚の胴体にかぶりついた。歯で無理矢理に身を引きちぎり、思い切ってそれを噛むとやはり美味かった。
「美味しい!」
するとフィオは満足そうにニコリと、彼女もまた大きな魚を丸呑みした。
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