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つぶ
496 名無しさん@ピンキー sage 2014/06/15(日) 21:02:59.36 ID:swM+aRJ3
蒸し暑い夜に滾って書いたもので8レス投下します。
この板は初めてなので不手際があったらすみません。
・第1章完(寄生完了まで)
・寄生描写を書ききった時点で賢者に襲われたため性描写がない不具合
・明日キャビアを食べる予定の人は読まないのが吉
よろしくお願いします。
497 つぶ(1/8) sage 2014/06/15(日) 21:03:44.99 ID:swM+aRJ3
ピピピ、ピピピ、と耳元で電子音が鳴る。
坂宮(さかみや)あずさは朦朧とする手で携帯を掴み、ぷち、とアラームを切った。
続いてベッドからゆっくりと身体を起こす。
ぼさぼさの髪と一緒に惰眠の誘惑を振り切るように、二度三度と頭を振った。
「あー……一限出るのだるいよ……」
呟きながらも足取りはきっちりユニットバスへと向かう。
この季節は湿度が高いうえ、日によっては夜中でも十分暑い。
着替える前にシャワーで一通り汗を流すのが、もはや欠かせない習慣だった。
ワンルームの狭い室内から、バスタオルを引っ掴んで五歩。
あずさは上下に隙間の空いたドアを開ける。
「……ん?」
バスタブの隅に、黒い塊があった。
「なに、あれ」
瞬時に警戒心が跳ね上がった。
カビ、にしてはこんもりと盛り上がっているし、安アパートといってもネズミなどの動物が入り込むほどボロくはない。
慎重に近付くと、その物体を覗きこみ――、
「ひ、っ……!!」
『それら』は多数の得体の知れない粒。
黒くてらてらと濡れた大小の粒が、びっしりと浴槽に張り付いている。
まるで無数の目に凝視されているように、あずさの全身に生理的な鳥肌が立った。
「~~! ~~~~!!」
あずさは声にならない悲鳴を上げながら、それでも必死に手を動かした。
壁に掛けてあるシャワーを掴み、お湯の方の蛇口を全開にする。
ブシャァッ!! と噴き出した熱いお湯を直に浴びせると、『それら』は白く濁っていくようだった。
流れない『それら』に泣きそうになりながらお湯を掛け続ける。
と、やがて表面を覆っていた粘液が洗われたからか、一粒一粒と滑り、排水溝へと消えていった。
498 つぶ(2/8) sage 2014/06/15(日) 21:04:31.45 ID:swM+aRJ3
「はぁ、はぁ……」
震える手で浴槽の栓を落とす。
『あれら』が熱で死滅したかは分からなかった。
カビの仲間なのか、なにかの卵なのか……。
「はぁ……お風呂、みのりに借りよ……」
息と精神を必死に落ち着かせながら、あずさは自分に言い聞かせた。
週一で掃除しているバスルームは清潔に見えるが、あんなものを見た直後に使う気にはならない。
排水溝に流れた『あれら』が万が一まだ生きている『なにか』で、栓を開けた瞬間這い出してきたらと思うとぞっとした。
それに講義には出なければならない。
『あれら』に関しては、帰宅してから水道の専門家に頼ろう……。
「みのり、起きてるといいけど……」
寮暮らしの親友にメールをするため、あずさはバスルームを出た。
洗面所もあの中だから、顔は流しで洗わないと。
おぞましさから目を逸らすためにわざと日常的な身支度の手順通りに身体を動かしていく。
――この春から大学に進学し、アパートで独り暮らしを始めた彼女は、相応に心臓が鍛えられていた。
当然のことだろう。
訪問販売も突風で飛んで行った網戸も、全ての家庭の敵である黒いお客様にだって、自分で判断し対処しなければならなかったのだから。
だからといって、起きるのが対処できる問題だけとは限らないのだが――。
499 つぶ(3/8) sage 2014/06/15(日) 21:05:10.08 ID:swM+aRJ3
------
「はー、今朝はありがとねー。ほんとにあれ何だったんだろう……」
「いいけど。食事中はその話しないでよ?」
現在、昼休み。
ごった返す学食で向かい合わせの席を確保し、あずさと穣はトレイをテーブルに置いた。
運よく起きていた友人にシャワーを借りた見返りとして、昼食のデザート一品を奢ることになったのだ。
「うー、ごめん」
「不動産屋に言って水道屋を呼べば大丈夫でしょ。ね、ご飯食べよ」
さっさと思考を切り替えてフォークにミートソーススパゲッティを絡める親友をあずさは頼もしく思う。
真木穣(まき みのり)。
そこそこ色を抜いたセミショートの髪はきれいに外に跳ねている。
すっと通った鼻筋と涼しげな目元は女子高なら王子様になれそうで、遊んでいる風にも見える髪色の印象を引き締める。
キャミソールに羽織った薄青のブラウス、今はテーブルの下に隠れた細身のジーンズという服装は、自分の魅力を理解しているセレクトだろう。
熱心にスパゲティをほおばる姿はむしろ可愛い部類だったが。
彼女とは大学に入ってからの友人だった。
理知的な冷静さと、男らしさすら感じるさっぱりした性格が気持ちよくて絡んでいたら、二ヶ月で親友と呼べるほどの仲に急進展していたのだ。
性格と顔つきに反し小柄でメリハリの利いたボディラインについては秘かに嫉妬していたりもする。
そんな風だから男の人がちらちら見たりしていることもあるが、穣は男女ともに実際に付き合う友人が少ない。
キツい性格ではないのに外見と口数の少なさで近寄りがたい美人と思われているのかもしれなかった。
500 つぶ(4/8) sage 2014/06/15(日) 21:05:51.47 ID:swM+aRJ3
(みんな見る目がないよね)
やはり脳裏に朝の光景がちらつき、あずさは食事の手が進まない。
ポトフのジャガイモをスプーンでつつきながら関係のないことを考えて気を紛らわせている。
「あー……、やっぱり気分悪いよね。洗浄が済むまでシャワー貸すし、アパートにいるのも怖かったら私の部屋泊まれば?」
「みのりー! ありがとう愛してる!」
「現金。てか無理にでも食べないと午後の授業保たないよ」
本当に、性格までできた穣にアプローチする男性がいないのが、あずさには不思議だった。
(っていうか、みのりレベルでフリーなら私はどうなっちゃうの!)
心中でテーブルを叩き、あずさはヤケになって細かくなったジャガイモを口に含んだ。
嫌なことを忘れようとして親友のことを考えていたのに、どうしてこうなったのか。
あずさも穣と同じく小柄な方だ。
ただ、似ているのはそこだけ。
全体に幼い印象の顔。
始終きょとんとしたような目と低い鼻、丸い輪郭。
青味さえ帯びた黒髪――というとアニメかなにかのキャラクターのようだが、それくらい艶やかなセミロングの髪だけは気に入っている。
その髪はサイドで一部だけくくり、今日は紺色のリボンを結んでいた。
だが体型はよくいえばスレンダー、マニア向けにいえばつるぺたロリ体型である。
親友やサークルの友達には女として多少のコンプレックスを感じてしまう。
(みのりみたいにEカップ欲しいなんて贅沢は言わないからさ……せめてBになればいいのに)
ふんわりとしたキュロットに柄Tとレースの入った半袖パーカーを合わせた姿も、本人は『こういうのしか似合わないから』と思っている。
いわゆるキレイめや、カッコいいスタイルには気負いしてしまうのだ。
だが壁を作らない性格で男性とも気兼ねなく話すあずさは、実はあずかり知らぬところで男の話題に上ることが多い。
『小動物っぽくて和む』など、本人が望んだ方向性ではないにせよ。
501 つぶ(5/8) sage 2014/06/15(日) 21:06:26.90 ID:swM+aRJ3
------
その日はサークルも休み足早に帰宅した。
携帯や、講義の合間に計算室でネット検索したものの、『あれら』に似た生物などは見付からなかった。
ひとまず様子を見つつ不動産屋に連絡し、今日中に対処してもらえないのであれば穣の部屋に世話になることになっている。
「お風呂の栓開けてみなきゃダメかなぁー……」
気分も重く三階まで上り、自室に入って。
「……? なんか匂う?」
靴を脱ぎながら、あずさは玄関の扉を閉めてしまった。
再び密閉された空間となった室内にはやはりなにかの臭気がこもっている。
鼻の奥がスースーするくせに生臭さがあるような、不思議な匂いだ。
首を傾げてユニットバスのドアの方に目をやった瞬間、
急に匂いが濃くなったような気がした。
「……っ、きゃぁぁっ!」
換気のための下側の隙間。
そこから、朝見たものと同じ黒い粒が、大量に、溢れ出している。
ひ、と腰が崩れ落ちそうになり、廊下に沿った流し台に手を付く。
同時にふらついた足が、ぐちゃりと生ぬるいなにかを踏んだ。
「なに? ……い、嫌ぁぁぁぁぁっ!!!」
足元にも同じような粒、粒、つぶ。
ここだけでない。
廊下のところどころに、粒の塊が溜まっている。
「え、足が、取れない!!!?」
上げようとした足は、何故か接着剤でくっつけたみたいに気持ち悪い感触の中に固定されていた。
無理に体勢を変えようとした反動で、最悪なことにあずさの身体はうつぶせに倒れこむ。
謎の物体が蔓延した床の上に――。
いや。
(なに、これ!? 身体が思うように動かない!!)
バランスうんぬん以前に、腕や足に力が入らなくなっている。
指先に触れた粒から逃れようとして手を引こうとしても、足のように接着はされていないのにゆっくりとしか動かない。
502 つぶ(6/8) sage 2014/06/15(日) 21:07:02.02 ID:swM+aRJ3
パニックを起こした彼女が気付くことはないが、これは感じていた匂いが原因だった。
末端から神経をマヒさせる即効性のガス。
廊下にある塊のいくつかが徐々にそれを分泌し、夕方まで掛けて部屋中に充満させていたのだ。
さらに。
わずかづつ動かしている指がおぞましい粒から解放されることはない。
遅々としたあずさの手と同じくらいの速さで、『それら』はあずさの身体に向けて移動している。
(舌も回らなくなって…………え?)
ず、ず、と。
体温を求めるように這いずってくる、粒。
(あ、や、)
なにか助けになるものを、と必死に見回した視界のなかで、あちらでも、こちらでも。
ず、ず、ず、ずるり……。
最初に踏んだ足も、徐々に覆われていくような感触がする。
ぼとり。
ドアの隙間から新たに塊が吐き出される――。
(いや……いやいやいやいやいやいややだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!! こないでこないでこないでこないでぇぇぇ!! きもちわるいしんじゃういやいやいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!)
ぐるり、と眼球が裏返る。
口の端からつぅとよだれを垂らし、嫌悪と恐怖に焼き切れたあずさの意識は暗闇へと沈んでいった。
503 つぶ(7/8) sage 2014/06/15(日) 21:07:33.74 ID:swM+aRJ3
------
ず、ず、と。
蠢く人間大の塊。
表面はぞわぞわと波打ち、何かを咀嚼するかのように見える。
あれから二時間後。
あずさの華奢な身体は黒い粒に覆われ、飲み込まれていた。
身体の下にまでつめかけた『それら』に持ち上げられ完全に粒でコーティングされた状態である。
しかし粒の動きは止まらない。
顔面に近い『それら』は半開きの口、鼻、耳などからあずさの体内に侵入していく。
下半身ではキュロットの隙間から細い脚を上り、ショーツを押しのけるように膣口に。
塊の中のそれを確認するものはいないが、膣はパンパンになって下腹部が膨れている。
あぶれた一部は後ろの穴に殺到し、さらには尿道にまで小さい粒が滑り込んでいく。
Tシャツの裾からはこれ幸いとへそに集まり、また1ミリに満たない極小の粒はつつましい胸の先端にある乳腺をこじ開けていった。
少しづつ内部に粒が溜まっているのだろう。
乳輪全体が薄い胸の中心でぷっくりと盛り上がってしまっている。
粒にとって、よりよい環境への移住は生物としての本能であり、神経ガスなどは遺伝子に刻み込まれた機能だった。
時折びくんと身体が強張る。
痛みや、自分自身でも慰めたことのない性感ではない、もっと決定的ななにかがあずさを引き攣らせている。
膣内では純潔を示す膜に少しづつ圧力が加わり、ついにそれを突き破って子宮内を、卵巣までを凌辱する。
侵入した粒の他にも、最高の環境を得て体内で爆発的に粒が生まれていた。
それだけではない。
もともとなにかが出入りするための穴だけでなく、あずさの体内では無理やり体組織そのものへの侵食が始まっていた。
ある粒は口内に溶け込むようにその身を同化させる。
ある粒は乳腺を押し広げながら血管に逆流する。
ある粒は小腸の内側を溶かし他の臓器に潜り込む。
ある粒は膣壁を破り筋繊維にめり込む。
あずさの人としての身体を食い散らす動きは、まるで全身を粒で置き換えようとしているようだった。
だが、それでも、あずさが痛みに覚醒することはない。
欠片ほどの異物感さえ感じることはない。
他の全ての器官の前に――真っ先に冒されていたのは脳だった。
505 つぶ(8/8) sage 2014/06/15(日) 21:10:31.05 ID:swM+aRJ3
耳から次々に侵入した粒は脳に食い込むと、周囲の組織を脳細胞を貪り始める。
それは養分としてだけでなく、遺伝子情報を取り込んでいるのだ。
生命の設計図を得た粒は急激に機能を分化、高度化させ、『その部位に必要な役割』を果たせるように細胞の欠損を補っていく。
そのサイクルがあまりに早すぎ、あずさの精神は死を迎えぬままに、宿る物質をすげ替えられていた。
今あずさの頭蓋骨の中にはシナプスを帯びた細胞と神経ではなく、元の脳と過不足ない能力を持った粒の集合が詰まっている。
同時に身体の各部位の入れ替わりも進む。
ある程度侵食が進んだ器官の粒は異形の『脳』に統括されさらに活動が活性化する。
そう、今やあずさの脳を模した機能を使い、主体的に身体改造を行う知性を獲得していた。
生命の設計図から身体の各機能や本能を読み取った粒はいち早く脳の感覚受容を遮断し、痛みや不快感を除いている。
心臓や肺の侵食により多くの粒をあてるなど、作業に優先順位までつけていた。
各所の筋肉は粘液によって強く結合した粒が膨張と伸縮を行い、人間らしい動きができるように。
肺胞はほぼそのままの形で、その部分の粒自身が酸素と二酸化炭素を交換するようように。
胴の中間部には溶解液を自在に発する粒を配置し、口から取り込んだものを養分とするように。
卵巣部は分裂増殖に特化した粒が群がり、全身に新たな粒を供給するように。
人体本来の配置を残したままの改造だが血管だけは無くなっており、心臓にあたる部位が酸素や養分を乗せた分泌液を送り出すと、砂浜に染み込む海水のように全身に浸透するようになっていた。
ぼこぼこと歪んでいた皮膚がゆっくりと落ち着いていく。
それは粒の群体が、一通りの作業を終えた証し。
どろりと流れ出すように、あずさの全身を覆っていた黒い粒がはがれた。
誰かがこの姿を見たら、失神する直前に連想するのはカエルの卵だろう。
いまやあずさの身体組織は骨格、皮膚、眼球、髪、爪、そういった一部を残し完全に粒へと置き換わっている。
ヒトの形をした半透明の袋の中にぎっしりと黒いなにかが詰まっている――その無残な生命があずさのなれの果てだった。
506 名無しさん@ピンキー sage 2014/06/15(日) 21:12:34.75 ID:swM+aRJ3
以上です。お付き合いありがとうございました。
>>504は連投避けです。
精神を保存したまま肉体を全取り替えされるのが書きたかったんです。
この後は適当な相手(隣人とかサークル仲間とか)で小手調べしつつ親友に魔手を伸ばす予定でしたが力尽きました。
おかげで昼食シーンが完全に未回収に……。
いつか続き落とすことがあったらまた読んでくれるとうれしいです。
所謂よその子を了解をとってお借りしたのですが、こんなエグい目に合っているとは想像するまい。
蒸し暑い夜に滾って書いたもので8レス投下します。
この板は初めてなので不手際があったらすみません。
・第1章完(寄生完了まで)
・寄生描写を書ききった時点で賢者に襲われたため性描写がない不具合
・明日キャビアを食べる予定の人は読まないのが吉
よろしくお願いします。
497 つぶ(1/8) sage 2014/06/15(日) 21:03:44.99 ID:swM+aRJ3
ピピピ、ピピピ、と耳元で電子音が鳴る。
坂宮(さかみや)あずさは朦朧とする手で携帯を掴み、ぷち、とアラームを切った。
続いてベッドからゆっくりと身体を起こす。
ぼさぼさの髪と一緒に惰眠の誘惑を振り切るように、二度三度と頭を振った。
「あー……一限出るのだるいよ……」
呟きながらも足取りはきっちりユニットバスへと向かう。
この季節は湿度が高いうえ、日によっては夜中でも十分暑い。
着替える前にシャワーで一通り汗を流すのが、もはや欠かせない習慣だった。
ワンルームの狭い室内から、バスタオルを引っ掴んで五歩。
あずさは上下に隙間の空いたドアを開ける。
「……ん?」
バスタブの隅に、黒い塊があった。
「なに、あれ」
瞬時に警戒心が跳ね上がった。
カビ、にしてはこんもりと盛り上がっているし、安アパートといってもネズミなどの動物が入り込むほどボロくはない。
慎重に近付くと、その物体を覗きこみ――、
「ひ、っ……!!」
『それら』は多数の得体の知れない粒。
黒くてらてらと濡れた大小の粒が、びっしりと浴槽に張り付いている。
まるで無数の目に凝視されているように、あずさの全身に生理的な鳥肌が立った。
「~~! ~~~~!!」
あずさは声にならない悲鳴を上げながら、それでも必死に手を動かした。
壁に掛けてあるシャワーを掴み、お湯の方の蛇口を全開にする。
ブシャァッ!! と噴き出した熱いお湯を直に浴びせると、『それら』は白く濁っていくようだった。
流れない『それら』に泣きそうになりながらお湯を掛け続ける。
と、やがて表面を覆っていた粘液が洗われたからか、一粒一粒と滑り、排水溝へと消えていった。
498 つぶ(2/8) sage 2014/06/15(日) 21:04:31.45 ID:swM+aRJ3
「はぁ、はぁ……」
震える手で浴槽の栓を落とす。
『あれら』が熱で死滅したかは分からなかった。
カビの仲間なのか、なにかの卵なのか……。
「はぁ……お風呂、みのりに借りよ……」
息と精神を必死に落ち着かせながら、あずさは自分に言い聞かせた。
週一で掃除しているバスルームは清潔に見えるが、あんなものを見た直後に使う気にはならない。
排水溝に流れた『あれら』が万が一まだ生きている『なにか』で、栓を開けた瞬間這い出してきたらと思うとぞっとした。
それに講義には出なければならない。
『あれら』に関しては、帰宅してから水道の専門家に頼ろう……。
「みのり、起きてるといいけど……」
寮暮らしの親友にメールをするため、あずさはバスルームを出た。
洗面所もあの中だから、顔は流しで洗わないと。
おぞましさから目を逸らすためにわざと日常的な身支度の手順通りに身体を動かしていく。
――この春から大学に進学し、アパートで独り暮らしを始めた彼女は、相応に心臓が鍛えられていた。
当然のことだろう。
訪問販売も突風で飛んで行った網戸も、全ての家庭の敵である黒いお客様にだって、自分で判断し対処しなければならなかったのだから。
だからといって、起きるのが対処できる問題だけとは限らないのだが――。
499 つぶ(3/8) sage 2014/06/15(日) 21:05:10.08 ID:swM+aRJ3
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「はー、今朝はありがとねー。ほんとにあれ何だったんだろう……」
「いいけど。食事中はその話しないでよ?」
現在、昼休み。
ごった返す学食で向かい合わせの席を確保し、あずさと穣はトレイをテーブルに置いた。
運よく起きていた友人にシャワーを借りた見返りとして、昼食のデザート一品を奢ることになったのだ。
「うー、ごめん」
「不動産屋に言って水道屋を呼べば大丈夫でしょ。ね、ご飯食べよ」
さっさと思考を切り替えてフォークにミートソーススパゲッティを絡める親友をあずさは頼もしく思う。
真木穣(まき みのり)。
そこそこ色を抜いたセミショートの髪はきれいに外に跳ねている。
すっと通った鼻筋と涼しげな目元は女子高なら王子様になれそうで、遊んでいる風にも見える髪色の印象を引き締める。
キャミソールに羽織った薄青のブラウス、今はテーブルの下に隠れた細身のジーンズという服装は、自分の魅力を理解しているセレクトだろう。
熱心にスパゲティをほおばる姿はむしろ可愛い部類だったが。
彼女とは大学に入ってからの友人だった。
理知的な冷静さと、男らしさすら感じるさっぱりした性格が気持ちよくて絡んでいたら、二ヶ月で親友と呼べるほどの仲に急進展していたのだ。
性格と顔つきに反し小柄でメリハリの利いたボディラインについては秘かに嫉妬していたりもする。
そんな風だから男の人がちらちら見たりしていることもあるが、穣は男女ともに実際に付き合う友人が少ない。
キツい性格ではないのに外見と口数の少なさで近寄りがたい美人と思われているのかもしれなかった。
500 つぶ(4/8) sage 2014/06/15(日) 21:05:51.47 ID:swM+aRJ3
(みんな見る目がないよね)
やはり脳裏に朝の光景がちらつき、あずさは食事の手が進まない。
ポトフのジャガイモをスプーンでつつきながら関係のないことを考えて気を紛らわせている。
「あー……、やっぱり気分悪いよね。洗浄が済むまでシャワー貸すし、アパートにいるのも怖かったら私の部屋泊まれば?」
「みのりー! ありがとう愛してる!」
「現金。てか無理にでも食べないと午後の授業保たないよ」
本当に、性格までできた穣にアプローチする男性がいないのが、あずさには不思議だった。
(っていうか、みのりレベルでフリーなら私はどうなっちゃうの!)
心中でテーブルを叩き、あずさはヤケになって細かくなったジャガイモを口に含んだ。
嫌なことを忘れようとして親友のことを考えていたのに、どうしてこうなったのか。
あずさも穣と同じく小柄な方だ。
ただ、似ているのはそこだけ。
全体に幼い印象の顔。
始終きょとんとしたような目と低い鼻、丸い輪郭。
青味さえ帯びた黒髪――というとアニメかなにかのキャラクターのようだが、それくらい艶やかなセミロングの髪だけは気に入っている。
その髪はサイドで一部だけくくり、今日は紺色のリボンを結んでいた。
だが体型はよくいえばスレンダー、マニア向けにいえばつるぺたロリ体型である。
親友やサークルの友達には女として多少のコンプレックスを感じてしまう。
(みのりみたいにEカップ欲しいなんて贅沢は言わないからさ……せめてBになればいいのに)
ふんわりとしたキュロットに柄Tとレースの入った半袖パーカーを合わせた姿も、本人は『こういうのしか似合わないから』と思っている。
いわゆるキレイめや、カッコいいスタイルには気負いしてしまうのだ。
だが壁を作らない性格で男性とも気兼ねなく話すあずさは、実はあずかり知らぬところで男の話題に上ることが多い。
『小動物っぽくて和む』など、本人が望んだ方向性ではないにせよ。
501 つぶ(5/8) sage 2014/06/15(日) 21:06:26.90 ID:swM+aRJ3
------
その日はサークルも休み足早に帰宅した。
携帯や、講義の合間に計算室でネット検索したものの、『あれら』に似た生物などは見付からなかった。
ひとまず様子を見つつ不動産屋に連絡し、今日中に対処してもらえないのであれば穣の部屋に世話になることになっている。
「お風呂の栓開けてみなきゃダメかなぁー……」
気分も重く三階まで上り、自室に入って。
「……? なんか匂う?」
靴を脱ぎながら、あずさは玄関の扉を閉めてしまった。
再び密閉された空間となった室内にはやはりなにかの臭気がこもっている。
鼻の奥がスースーするくせに生臭さがあるような、不思議な匂いだ。
首を傾げてユニットバスのドアの方に目をやった瞬間、
急に匂いが濃くなったような気がした。
「……っ、きゃぁぁっ!」
換気のための下側の隙間。
そこから、朝見たものと同じ黒い粒が、大量に、溢れ出している。
ひ、と腰が崩れ落ちそうになり、廊下に沿った流し台に手を付く。
同時にふらついた足が、ぐちゃりと生ぬるいなにかを踏んだ。
「なに? ……い、嫌ぁぁぁぁぁっ!!!」
足元にも同じような粒、粒、つぶ。
ここだけでない。
廊下のところどころに、粒の塊が溜まっている。
「え、足が、取れない!!!?」
上げようとした足は、何故か接着剤でくっつけたみたいに気持ち悪い感触の中に固定されていた。
無理に体勢を変えようとした反動で、最悪なことにあずさの身体はうつぶせに倒れこむ。
謎の物体が蔓延した床の上に――。
いや。
(なに、これ!? 身体が思うように動かない!!)
バランスうんぬん以前に、腕や足に力が入らなくなっている。
指先に触れた粒から逃れようとして手を引こうとしても、足のように接着はされていないのにゆっくりとしか動かない。
502 つぶ(6/8) sage 2014/06/15(日) 21:07:02.02 ID:swM+aRJ3
パニックを起こした彼女が気付くことはないが、これは感じていた匂いが原因だった。
末端から神経をマヒさせる即効性のガス。
廊下にある塊のいくつかが徐々にそれを分泌し、夕方まで掛けて部屋中に充満させていたのだ。
さらに。
わずかづつ動かしている指がおぞましい粒から解放されることはない。
遅々としたあずさの手と同じくらいの速さで、『それら』はあずさの身体に向けて移動している。
(舌も回らなくなって…………え?)
ず、ず、と。
体温を求めるように這いずってくる、粒。
(あ、や、)
なにか助けになるものを、と必死に見回した視界のなかで、あちらでも、こちらでも。
ず、ず、ず、ずるり……。
最初に踏んだ足も、徐々に覆われていくような感触がする。
ぼとり。
ドアの隙間から新たに塊が吐き出される――。
(いや……いやいやいやいやいやいややだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!! こないでこないでこないでこないでぇぇぇ!! きもちわるいしんじゃういやいやいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!!)
ぐるり、と眼球が裏返る。
口の端からつぅとよだれを垂らし、嫌悪と恐怖に焼き切れたあずさの意識は暗闇へと沈んでいった。
503 つぶ(7/8) sage 2014/06/15(日) 21:07:33.74 ID:swM+aRJ3
------
ず、ず、と。
蠢く人間大の塊。
表面はぞわぞわと波打ち、何かを咀嚼するかのように見える。
あれから二時間後。
あずさの華奢な身体は黒い粒に覆われ、飲み込まれていた。
身体の下にまでつめかけた『それら』に持ち上げられ完全に粒でコーティングされた状態である。
しかし粒の動きは止まらない。
顔面に近い『それら』は半開きの口、鼻、耳などからあずさの体内に侵入していく。
下半身ではキュロットの隙間から細い脚を上り、ショーツを押しのけるように膣口に。
塊の中のそれを確認するものはいないが、膣はパンパンになって下腹部が膨れている。
あぶれた一部は後ろの穴に殺到し、さらには尿道にまで小さい粒が滑り込んでいく。
Tシャツの裾からはこれ幸いとへそに集まり、また1ミリに満たない極小の粒はつつましい胸の先端にある乳腺をこじ開けていった。
少しづつ内部に粒が溜まっているのだろう。
乳輪全体が薄い胸の中心でぷっくりと盛り上がってしまっている。
粒にとって、よりよい環境への移住は生物としての本能であり、神経ガスなどは遺伝子に刻み込まれた機能だった。
時折びくんと身体が強張る。
痛みや、自分自身でも慰めたことのない性感ではない、もっと決定的ななにかがあずさを引き攣らせている。
膣内では純潔を示す膜に少しづつ圧力が加わり、ついにそれを突き破って子宮内を、卵巣までを凌辱する。
侵入した粒の他にも、最高の環境を得て体内で爆発的に粒が生まれていた。
それだけではない。
もともとなにかが出入りするための穴だけでなく、あずさの体内では無理やり体組織そのものへの侵食が始まっていた。
ある粒は口内に溶け込むようにその身を同化させる。
ある粒は乳腺を押し広げながら血管に逆流する。
ある粒は小腸の内側を溶かし他の臓器に潜り込む。
ある粒は膣壁を破り筋繊維にめり込む。
あずさの人としての身体を食い散らす動きは、まるで全身を粒で置き換えようとしているようだった。
だが、それでも、あずさが痛みに覚醒することはない。
欠片ほどの異物感さえ感じることはない。
他の全ての器官の前に――真っ先に冒されていたのは脳だった。
505 つぶ(8/8) sage 2014/06/15(日) 21:10:31.05 ID:swM+aRJ3
耳から次々に侵入した粒は脳に食い込むと、周囲の組織を脳細胞を貪り始める。
それは養分としてだけでなく、遺伝子情報を取り込んでいるのだ。
生命の設計図を得た粒は急激に機能を分化、高度化させ、『その部位に必要な役割』を果たせるように細胞の欠損を補っていく。
そのサイクルがあまりに早すぎ、あずさの精神は死を迎えぬままに、宿る物質をすげ替えられていた。
今あずさの頭蓋骨の中にはシナプスを帯びた細胞と神経ではなく、元の脳と過不足ない能力を持った粒の集合が詰まっている。
同時に身体の各部位の入れ替わりも進む。
ある程度侵食が進んだ器官の粒は異形の『脳』に統括されさらに活動が活性化する。
そう、今やあずさの脳を模した機能を使い、主体的に身体改造を行う知性を獲得していた。
生命の設計図から身体の各機能や本能を読み取った粒はいち早く脳の感覚受容を遮断し、痛みや不快感を除いている。
心臓や肺の侵食により多くの粒をあてるなど、作業に優先順位までつけていた。
各所の筋肉は粘液によって強く結合した粒が膨張と伸縮を行い、人間らしい動きができるように。
肺胞はほぼそのままの形で、その部分の粒自身が酸素と二酸化炭素を交換するようように。
胴の中間部には溶解液を自在に発する粒を配置し、口から取り込んだものを養分とするように。
卵巣部は分裂増殖に特化した粒が群がり、全身に新たな粒を供給するように。
人体本来の配置を残したままの改造だが血管だけは無くなっており、心臓にあたる部位が酸素や養分を乗せた分泌液を送り出すと、砂浜に染み込む海水のように全身に浸透するようになっていた。
ぼこぼこと歪んでいた皮膚がゆっくりと落ち着いていく。
それは粒の群体が、一通りの作業を終えた証し。
どろりと流れ出すように、あずさの全身を覆っていた黒い粒がはがれた。
誰かがこの姿を見たら、失神する直前に連想するのはカエルの卵だろう。
いまやあずさの身体組織は骨格、皮膚、眼球、髪、爪、そういった一部を残し完全に粒へと置き換わっている。
ヒトの形をした半透明の袋の中にぎっしりと黒いなにかが詰まっている――その無残な生命があずさのなれの果てだった。
506 名無しさん@ピンキー sage 2014/06/15(日) 21:12:34.75 ID:swM+aRJ3
以上です。お付き合いありがとうございました。
>>504は連投避けです。
精神を保存したまま肉体を全取り替えされるのが書きたかったんです。
この後は適当な相手(隣人とかサークル仲間とか)で小手調べしつつ親友に魔手を伸ばす予定でしたが力尽きました。
おかげで昼食シーンが完全に未回収に……。
いつか続き落とすことがあったらまた読んでくれるとうれしいです。
所謂よその子を了解をとってお借りしたのですが、こんなエグい目に合っているとは想像するまい。
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